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第一章 春 ~事の発端、すべての元凶~
その78 怒った?
しおりを挟む「ねー、鍵くん」
「なんですか、望子先輩」
練習の合間、唐突に望子先輩が僕を呼びつけた。
どうせいつもの他愛もない話をして、お茶を濁すのだろう。そう思いながら、返事を返す。
望子先輩が僕を呼びつける時は決まって、特に用もない時が多い。望子先輩は退屈を嫌っている子どもみたいな性格なので、大抵誰かと話したり身体を動かしていないとダメみたいだ。
「なんですか、急に呼びつけて」
「んーとね……なんだったっけ?」
「えぇ……」
いきなり呼び出されてそれは困る。
第一、用があるから呼び出したのは先輩のほうだ。それなのに、呼び出した張本人が用事を忘れてしまってはこっちもどうすればいいのか分からなくなってしまうではないか。
「あはは……。ごめんごめん、また思い出したら言うよ」
「頼みますよ……」
しぶしぶと自分の水筒を取りに、自分の荷物を置いているほうへと向かう。
これじゃ、ホントになんのために望子先輩のほうへ向かったのかワケが分からなくなる。
「まぁ、望子も忘れやすい性格だから許してやってくれよ、ケン後輩」
「……別に許すもなにも、怒ってはないですよ?」
路世先輩も少し呆れたような表情をしていたが、まぁ忘れることは誰だってあることだ。
別に僕もそんなに短気ではないので、これくらいのことで怒るような人間ではない。
「先輩は意外と気は長い方ですから、このくらいいじゃ怒りませんし、そもそも先輩が怒ったところなんて見たことないですよ」
と、水筒のフタを閉めながらちぃはそう告げた。
「そうなの? へー、意外だなー」
「いやいや、そうでもないですよ。朝トイレに行けなかったりすると、すぐにキレるほどですからそんなに気は長くはないです」
「ですが、私の前で怒ったことなんて一回もないじゃないですか?」
まぁ、確かに。ちぃの前で僕が怒ったことなんてない。なんでかは知らないけれど。
「まぁそれもまたまただよ。僕はこれでも気は短いですよ」
「そうですか……?」
ちぃに疑いの目を向けられながらも、僕はそう宣言した。
自分で気が長いというのもアレだし、そもそも些細なことでキレるのは僕にとっては日常茶飯事だからだ。
昨日は学校の掃除中にロッカーから箒が勢いよく飛んできただけでキレちゃったし……。
ちぃの言うように僕は、そんなに気が長いワケではないのだと自分から宣言するのだった。
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