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第一章 春 ~事の発端、すべての元凶~
その65 酔いどれ
しおりを挟む「それじゃ、今日はこれくらいにしようか」
望子先輩のその一言で、今日の練習はお開きとなった。
予選一回戦まで残り僅かとなり、僕らはますますやる気に満ち溢れ、時間があるだけ練習をこなしていた。
すべてはこの予選一回戦を超えるために。どこまで進めるかは知らないが、それでも一回戦だけはどうにか超えないといけないと僕は思った。
「あ、そうだ」
と、不意に路世先輩が声をあげ、自身の通学バックをまさぐる。一体どうしたのだろうか?
「どうしたんですか、路世さん」
「いや、親父のお土産があるんだよ。良かったらみんなで食べないかと思ってさ」
「いいねぇ! どうせあと少し時間はあるんだし」
まだチャイムは鳴っていないので、まだまだ時間は残っていた。
残りわずかの時間、路世先輩の持ってきたお土産でも食べようとみんな思った。
最近練習ばかりで疲れていたので、こういう休息も重要だ。
「で、どこのお土産なんですか?」
「シンガポールだったかな……。お、あったあった」
と、路世先輩が取り出したのはチョコレートのようだった。
「チョコレートですか?」
「あぁ。親父のヤツ、俺にと思って買ってきたらしいけど、こういうのはやっぱり大人数で食べたほうがいいからな」
「じゃあ、僕、飲み物買ってきますね」
「あ、お願いねー」
僕はそのまま部室を飛び出し、自販機のほうへと向かった。
こういう時はやはり、飲み物は必須だろう。今回だけ僕は、自分からおつかいを名乗り出たのだった。
シンガポールのお土産でチョコレートか……なんて思いながら、僕は階段を一段ずつ飛ばして降りていく。
自販機で人数分の飲み物を購入し、急いで部室へと戻っていく。
「お待たせしましたー……って」
僕が部室に入った途端、なんだか部室の中が妙な雰囲気で満たされているような気がした。
「……あ、ケン後輩!」
と、僕が部室へと帰ってきたことに気づいた路世先輩が僕の元へと駆け寄ってくる。
路世先輩の表情はいつもの冷静さを失っており、完全に焦っているいる様子だった。……僕がいなくなった後に何が起きたのだろうか?
「どうしたんですか、路世先輩?」
「いや、実はだな……」
「あ、鍵くん。やっと帰ってきたぁ~」
と、そこへ寄ってくる望子先輩。頬は少し赤くなっているような気がし、いつもの先輩とは違う雰囲気だった。
「なにがあったんですか……って、酒臭っ!」
望子先輩が僕に寄って来るなり、望子先輩はアルコールの匂いを漂わせていたのだ。
まさか、と思い、僕はテーブルに置いてあった路世先輩のお土産を見る。……ビンゴだったようだ。
「……これ」
「そうなんだ……。ウイスキー入りのチョコレートだったとは、俺も気づかなかったよ……」
「えぇ……」
望子先輩から漂うお酒の匂いは、路世先輩のお土産のチョコレートが原因だったようだ。
路世先輩自身も気づかなかったらしく、完全に盲点だったらしい。
「すまん! これは俺の不注意のせいだ! 本当に悪かった!」
「謝ってる暇があったら、先輩の酔いを覚まさせましょう。ちなみにちぃはどこに?」
「ちぃか? ちぃなら、望子とともにチョコレートを食べてすぐに寝てしまったぞ……」
と、路世先輩の指さす方向にはちぃが、ソファの上ですやすやと熟睡していた。
酔っ払いが一人増えなくて安心しながら僕は、路世先輩とともに望子先輩の酔いを覚まさせることにした。
それ以来、路世先輩は例え近くのスーパーで買ったものでも、ウィスキー入りのチョコレートでないかを確認するようになったのだった。
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