30 / 142
第一章 春 ~事の発端、すべての元凶~
その30 辞書
しおりを挟む「そうだ。鍵くん、これ」
と、部活中。先輩が何かを僕に渡してくる。ビニール袋に包まれたソレは分厚く、まるで本でも入っているかのような感触だった。
僕は恐る恐る先輩に尋ねてみた。
「これ、何ですか?」
「この間貸してもらった『英和辞典』だよ。いい加減返さないとと思ってさー」
なるほど。確かに、先日先輩に貸したものだ。何でも、授業で必要だと言い張り、路世先輩も授業で使用するためし難くなく、僕が先輩に貸したのだ。
しかし、何故ビニール袋になんて入れて返すのだろうか? 僕が貸した時は、ビニールになんか入れずにそのまま貸したハズだ。
「あぁ……。でも何でビニール袋なんですか?」
「さーてと、明日は数学があるね。ヨシューでもしよっかな、ヨシュー……」
何だかぎこちなさそうに先輩が、いきなり予習をし始める。僕は先輩のそのぎこちなさを不思議に思いながらも、どうしてビニール袋に入れて返したのか原因を探るべく、その袋を開けてみる。
「うっ……」
ビニール袋を開いてすぐに、異臭が僕の鼻をつつく。僕はすぐさま、ビニール袋をきつく縛る。……何か、腐れた魚みたいな臭いがした。しかも辞典はテープでぐるぐる巻きにされてて、辞書が取り出せない。
これは先輩に問い詰めないと、分からない状況だった。
「望子先輩……?」
「ごめん、鍵くん。今はヨシューで忙しいんだ。悪いけど、後にしてくれないかな?」
「先輩は普段、予習なんてしないでしょ?」
「うぐぅ……」
「これはどういう事ですか? ちゃんと説明してもらいましょう」
そう言って、先輩の目の前に英和辞典が入ったビニール袋を突き出す。先輩はそのビニール袋を拒絶するかのように、両手を前に出した。
「待って待って! ちゃんと説明するから、ソレをこっちに近づけないで!!」
確かに、コレを近づけられたら誰でも拒絶するだろう。僕はソレを一旦床に置くと、テーブルの前に正座し、先輩に問い詰めた。
「……で、これはどういう事ですか?」
「それがねー……借りてから、机の上に置いてたらさー……お弁当をこぼしちゃって……。それでああなっちゃったの……」
「えぇー……」
「それで辞書がね、『へるぷみー』って言うから、救出を試みたんだよ……。でも、辞書はもうすでに手遅れ。まさに、おー、まいごっど!」
「いやいやいや……、てか英和辞典だからって、なに上手い事言っているんですか……。しかも棒読みですし……」
先輩は片言英語で、その時の事情をぺらぺらと白状した。まぁ、誤ってこぼしてしまったのならば仕方ないが……せめて、事情を説明してから返してほしいものだ、と僕はしみじみ思った。
確かに、この状態で返されても僕は困る。が、それでもちゃんとその事情を説明してくれれば、僕は別に何とも言わない。何故ならそれは事故だからだ。僕が不満なのは、どうしてその事情を説明せずに返したのか、だった。
それでも先輩は、反省しているような感じはなく、いつもの軽い口調だった。
「ってことで、さんきゅー、みすたー鍵!」
「どうしてそう誇らしげなんですか、先輩」
「でもまぁ、これで借りは返したよ。しーゆーあげいん!」
「元通りに返してから言って欲しいですよ、もう……。それにまだ、部活の時間はありますから……」
恐らく先輩は、授業が終わり、うきうきのランチタイムと洒落込もうとしていたに違いない。そんな中、辞書を机の中に仕舞わずに、そのまま放置していた。そんな中、先輩は誤ってお弁当をこぼし、そしてこの辞書にこぼれてしまったまま、放置された。そんな感じだろう、きっと。
しかし…、これどうしよう…? 電子辞書もあるからゴミ出しにでも出しておくか、と僕はため息を吐いた。
その後日。先輩はブックオフで中古ではあるが、貸した辞書と変わらないタイプの英和辞典を僕にプレゼントするのだった。謝罪は軽い口調ではあるが、それでも悪い事はしっかり謝れるのが先輩の良い所だな、と僕はしみじみ思うのだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

アルファポリスで規約違反しないために気を付けていることメモ
youmery
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスで小説を投稿させてもらう中で、気を付けていることや気付いたことをメモしていきます。
小説を投稿しようとお考えの皆さんの参考になれば。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
へたくそ
MO
青春
野球が大好きなのに“へたくそ”な主人公、児玉良太。
チームメイトで野球センス抜群なキャッチャー、松島健介。
後輩マネージャーで児玉に想いを寄せる、町村早苗。
3人の視点から物語は進行していきます。
チームメイトたちとの友情と衝突。
それぞれの想い。
主人公の高校入学から卒業までの陵成高校野球部の姿を描いた物語。
この作品は
https://mo-magazines.com/(登場人物一覧も掲載しています)
小説家になろう/カクヨム/エブリスタ/NOVEL DAYS
にも掲載しています。

異世界でのんびり暮らしたい!?
日向墨虎
ファンタジー
前世は孫もいるおばちゃんが剣と魔法の異世界に転生した。しかも男の子。侯爵家の三男として成長していく。家族や周りの人たちが大好きでとても大切に思っている。家族も彼を溺愛している。なんにでも興味を持ち、改造したり創造したり、貴族社会の陰謀や事件に巻き込まれたりとやたらと忙しい。学校で仲間ができたり、冒険したりと本人はゆっくり暮らしたいのに・・・無理なのかなぁ?
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編をはじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる