恋情を乞う

乙人

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悋気

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「お前は、笑える程に、哀れだよ。」
 外道の女は笑っていた。

 夢を見ていた。
 冷たい、石畳の牢獄。閉じ込められているのは、罪人ではない。
 いや、罪人か。後に首を斬られたのだから。
(何も変わらない。)
 あの時から、変わっていない………
 愛する者は、何処かへ行ってしまって、独り、取り残される。
 其処が、粗末な部屋か、豪奢な宮殿か。それだけの違いだ。
(何の為に、此処に召されたの?)
 分からない。
 分かりたくもない。
(あぁ、莫迦な妾……)

 何か欲している。
 それは、何なのか。自分でさえ分からないのに、誰かがそれを、与えられる理由がない。
(血?魂?)
 七年。此処に来てから、それだけ経った。
 どうしてだろうか。
 たまに、本当に孤独で耐えられない時、それを欲してしまう。
(無理に決まっているじゃない………)
 それで繋ぎ留めてられやしない。
 外道は外道なのだ。ゆうれいになったからと言って、変わったりしない。

「莉鸞。」
 懐かしい、随分と聞かなかった声だ。何だか、後ろめたさを抱えている。
「これはまた、珍しい方がお出でですこと。」
 榮氏は、恨みを込めた声で言う。
「あれから幾許経ちましたかしら。妾はずっと、待っておりましたのに。」
 榮氏は、顔を絹団扇で隠したまま、そっぽを向いている。
「莉鸞……」
 勝手に皇后にしておいて、後宮のことは任せたまま。何処へ行ったか尋ねても、まともな答えはない。
「どうせ、永寧大長公主様の御所にお行きだったのでしょう?分かっております。」
 図星だ。
 なる程、准后が隠したかったのも、分かる気がする。
「どうして、そう思ったのかい……」
「准后が何か隠しておりましたの。あの人が何も知らないことはありませんのにね。だから分かったのです。あの人は、知っていたけれど、言わなかった。言えやしなかった。」
 妾のことを考えると、ね………。
 榮氏が立ち上がり、旲瑓の前に進む。
「貴方様に、一つ、お聞き申し上げたいことがあります。はぐらかさないで。」

 榮氏は本気だ。
 怒っている。きっと、そうだ。
 それもそのはず。夫はあちらこちら、帰って来てくれないのだから。
「貴方様は、何故、妾を拾ったのですか。」
 頭が真っ白になる。いつか、聞かれると思っていたこと。
「……思うのよ………。後宮で生活していると。」
 榮氏は俯く。
 あぁ、この憐れなひとは、知っているのかもしれない。勘付いているのかもしれない。ただ、それを口にしないだけで。
「どうして、なのですか?」
 声が震えている。
「どうして大長公主様の御所に行かれるの?」

「どうして?」
 榮氏は旲瑓の胸ぐらを掴む。
「貴方様は御存知ないでしょうね。後宮はね、愛する者がいないと、単なる牢獄なのです。衣食住には困らない、絢爛豪華な牢獄。」
 上目遣いに睨まれる。冷たい青い瞳が、今だけは紅く見えた。怖い。恐い。
「妾はどれだけ長い間、牢獄にいたと思います?生きていた時も、ずっと閉じ込められて!やっと開放されたら、今度は罪人として!」
 彼女は鳥だ。外を知らない、鳥籠にて生涯を終える、鳥。
「やっと、幸せになれたと思ったの。そうしたら、何?今度は後宮で?」
 閉じ込められて終わる人生。彼女はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
「貴方がいらっしゃったから……だから、此処に来たのに………それなのに、貴方は帰って来て下さらない。」
 手に持った団扇を振り上げる。
「もう嫌なの………妾の人生は、どうしてこうなの?」
 目尻には、涙が溜まっている。胸ぐらを掴む手の力も、強くなる。
「妾ばっかり!」
 振り下ろした手。避けなかった。団扇は顔に当たる。痛い。でも、それを避けなかった。
「あはははは………」
 笑う。狂っている。
「下界ではね、皇族に手を上げると、殺されます。一族郎党、鏖です。」
 聞いたことがある。
「せいせいするでしょう?妾は罪人。貴方の隣にはもういられない。」
 殴られた所から、血が流れている。怪我と言えるか分からないくらいの、小さな傷だ。
「さぁ、妾を冷宮(牢獄)にでも何でも連れて行って。」
 侍女も、お付きもいない。黙っていれば、許される。
「妾は気がついたの。貴方がいなければ、化物になっていた。今もそう。あぁ、貴方の魂はきっと美味しいのでしょう。」
 目を見張る。
「三年前、四年前だったかな。お前は、同じ様に、私の魂を喰おうとしていたね。」
 結局、その後、彼女は三年間眠り続けた。
「私のせいだ。だから、お前を冷宮になんて送らない。これは、私の罪なんだ。お前をほおって、何処かへふらりと出て行く。」
 彼女は笑う。

「妾をこうさせたのは、きっと、悋気(嫉妬)。」
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