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哀愁
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「本当に、これで、良かったのだろうか………」
夜。寂しい程に静かである。今宵の旲瑓は何処の妃の元へも行かず、一人、酒をあおる。
「やはり、一人で酒を飲むのは、少し、寂しいなぁ。」
そう言って、空を見上げる。
永寧も櫞葉もいない。彼女等は、後宮にはいてはいけない人物だ。
「あと、一年………か。」
残された、永寧の寿命。そして、彼が、愛おしい人と過ごすことが許される時間。
もう、あまり残っていない。
それを、悲しく思った。
『こんにちは、小瑓』
若い女に見下されている。誰だろう。あぁ、そうか。
『どちらの御方で……』
『貴方の、姉よ。』
彼これ二十年近く経つのだろう。初めて会ったのは、まだ、物心つかない頃だった。まだ永寧も少女の域を脱しておらず、でも、年の割に大人びていし、この世の気だるさを感じた。
美しい娘だった。
母には嫌われており、父親も知られずに、ただ、穀潰しの公主だと散々な言われようをされ、刺客も送られ、それでも生きていた。
彼女は強い。己を何度も守ってくれた。
その彼女が、もうすぐ、九泉に逝く。
もう彼女なしでも生きられるだろう。それだけの力は持っている。でも、そうは出来ない。
永寧がいなくては、生きてゆけない。
いつの間にか、依存していたのだ。心の何処かで。ずっと生きていると、永遠に己の横に居てくれるのだと、信じたかったのだ。
「莫迦な話だよなぁ。」
自嘲気味に、笑った。
綺羅びやかな衣裳。困らぬ衣食住。永遠の生命。金。身分。名誉。地位。容姿。
全部ある。人が羨む物は、全て持っている。
当たり前なのに、当たり前ではない。
真実の愛。真心。
皆が平等に持つべき物は、全て無いのに。
「皇族になんて、かぁ………」
一人の公主が言った。それは、確かになぁと、旲瑓は呟いた。
「主上。」
侍女が声をあげる。普段は物静かな女なのに。何だね、と聞くと、手に持っている物を指差した。
「御身体に、毒です。」
煙管のことを言いたいのだろう。
確かに身体に良い物ではない。だが、毎日のように大量にふかしている訳でもないし、別に良いではないか、と不貞腐れる。
「姉さんもお持ちでいらっしゃるけれど、今でもお元気だよ。」
大長公主は煙管の他、阿片も吸っていた様だ。だが、彼女にとって、それは無くてはならない薬であり、やましい気で所持はしていなかった。
それでも侍女がじっと見てくるので、仕方がなくそれを離す。
旲瑓の煙管は、永寧の持つ煙管と対になっている。永寧が持っているのを見た彼がそれをねだり、永寧から贈られた物だった。
永寧の煙管は曼珠沙華の彫り。旲瑓のは月下美人の花だ。彫られた花に意味がかあるのだと彼女は言っていたが、意味までは教えてくれなかった。ただ、彼女が少しだけ、悲しそうな顔をしていたのは今でも覚えている。
「主上、今宵は、誰を……」
見せられた札を突き返し、旲瑓は首を振る。今日も、誰の処へも行かない。
札には、后妃の名が書かれてある。それを引けば、その妃の元へ行くことになる。
「暫く、独りでいたいのだよ。」
お付きの者は、良い顔をしない。旲瑓は眉間に皺を寄せる。全く、面倒臭い。
『己が愛す女は、己が決めてはならぬものか。』それは、赦されないが。分かっている。
この世で一番愛す者。愛しては、ならない者。
此処にいると、人を信じることが出来なくなりそうだ。
人は簡単に嘘をつく。後宮で発される台詞の幾つに、真実があるのだろう。
考えたって無駄だ。
偽りの愛人に、偽りの愛を囁く。
此処に真実なぞ無い。全てが張りぼてで、仮染の物だ。
豪華な宮には、豪奢な衣裳をお召の、美しいお人形様達がいらっしゃる。
そんなものか。そんなものだ。
ならば、何も考えない者が勝つ。
こんな処で、愛を知るなど、憐れでしか、ならない。それだけで、不幸だと言うのだから。
夜。寂しい程に静かである。今宵の旲瑓は何処の妃の元へも行かず、一人、酒をあおる。
「やはり、一人で酒を飲むのは、少し、寂しいなぁ。」
そう言って、空を見上げる。
永寧も櫞葉もいない。彼女等は、後宮にはいてはいけない人物だ。
「あと、一年………か。」
残された、永寧の寿命。そして、彼が、愛おしい人と過ごすことが許される時間。
もう、あまり残っていない。
それを、悲しく思った。
『こんにちは、小瑓』
若い女に見下されている。誰だろう。あぁ、そうか。
『どちらの御方で……』
『貴方の、姉よ。』
彼これ二十年近く経つのだろう。初めて会ったのは、まだ、物心つかない頃だった。まだ永寧も少女の域を脱しておらず、でも、年の割に大人びていし、この世の気だるさを感じた。
美しい娘だった。
母には嫌われており、父親も知られずに、ただ、穀潰しの公主だと散々な言われようをされ、刺客も送られ、それでも生きていた。
彼女は強い。己を何度も守ってくれた。
その彼女が、もうすぐ、九泉に逝く。
もう彼女なしでも生きられるだろう。それだけの力は持っている。でも、そうは出来ない。
永寧がいなくては、生きてゆけない。
いつの間にか、依存していたのだ。心の何処かで。ずっと生きていると、永遠に己の横に居てくれるのだと、信じたかったのだ。
「莫迦な話だよなぁ。」
自嘲気味に、笑った。
綺羅びやかな衣裳。困らぬ衣食住。永遠の生命。金。身分。名誉。地位。容姿。
全部ある。人が羨む物は、全て持っている。
当たり前なのに、当たり前ではない。
真実の愛。真心。
皆が平等に持つべき物は、全て無いのに。
「皇族になんて、かぁ………」
一人の公主が言った。それは、確かになぁと、旲瑓は呟いた。
「主上。」
侍女が声をあげる。普段は物静かな女なのに。何だね、と聞くと、手に持っている物を指差した。
「御身体に、毒です。」
煙管のことを言いたいのだろう。
確かに身体に良い物ではない。だが、毎日のように大量にふかしている訳でもないし、別に良いではないか、と不貞腐れる。
「姉さんもお持ちでいらっしゃるけれど、今でもお元気だよ。」
大長公主は煙管の他、阿片も吸っていた様だ。だが、彼女にとって、それは無くてはならない薬であり、やましい気で所持はしていなかった。
それでも侍女がじっと見てくるので、仕方がなくそれを離す。
旲瑓の煙管は、永寧の持つ煙管と対になっている。永寧が持っているのを見た彼がそれをねだり、永寧から贈られた物だった。
永寧の煙管は曼珠沙華の彫り。旲瑓のは月下美人の花だ。彫られた花に意味がかあるのだと彼女は言っていたが、意味までは教えてくれなかった。ただ、彼女が少しだけ、悲しそうな顔をしていたのは今でも覚えている。
「主上、今宵は、誰を……」
見せられた札を突き返し、旲瑓は首を振る。今日も、誰の処へも行かない。
札には、后妃の名が書かれてある。それを引けば、その妃の元へ行くことになる。
「暫く、独りでいたいのだよ。」
お付きの者は、良い顔をしない。旲瑓は眉間に皺を寄せる。全く、面倒臭い。
『己が愛す女は、己が決めてはならぬものか。』それは、赦されないが。分かっている。
この世で一番愛す者。愛しては、ならない者。
此処にいると、人を信じることが出来なくなりそうだ。
人は簡単に嘘をつく。後宮で発される台詞の幾つに、真実があるのだろう。
考えたって無駄だ。
偽りの愛人に、偽りの愛を囁く。
此処に真実なぞ無い。全てが張りぼてで、仮染の物だ。
豪華な宮には、豪奢な衣裳をお召の、美しいお人形様達がいらっしゃる。
そんなものか。そんなものだ。
ならば、何も考えない者が勝つ。
こんな処で、愛を知るなど、憐れでしか、ならない。それだけで、不幸だと言うのだから。
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