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葛藤
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「お願い。この娘を、公主として生かさないで。」
櫞葉公主。
永寧には、その娘の行く末が心配でならなかった。
一応、他家に預けることには合意した。しかし、その後、皇族として生きることになるかが問題だ。
(櫞葉は、皇族として生きるには、負い目が有り過ぎる。)
親の不義にて生まれ、出自を隠していた永寧は、それが発覚した後、後ろ指を指されるようになった。それは耐え難く、辛いことだった。
夫と元妻。義父と義娘。当事者は同じで、立場が変わっただけなのに、それだけで。夫の息子に嫁ぐという、背徳的な行動。それも含め、不徳な女だとされた。
前者は同族(同姓)でなかったからまだ良かった。しかし、甥と叔母という関係に生まれた娘など、禁忌でしかない。
『公主なんかに、生まれるべぎではないわ。』
昔から、そんなことを考える。
行動。発言。感情。人間関係。それ等全て、他人の眼を伺っていなければならない。とても疲れる。
この身分に生まれて、幸いだったのは、食いっぱぐれることもなく、ひもじい思いもせずに生きることが出来たことである。
逆に言えば、それ以外は、無い。
「来たわよ。」
永寧が足を運んだのは、己の母の霊廟だった。
不徳な女と貶められた彼女は、夫であった兄等が折角建てた廟も、すっかり荒れ果ててしまっていた。もう、何年も人は訪れないのだろう。彼女を訪れる者なんて、もう、一人しか思いつかない。
「お前は、気に食わないでしょうけれどね。」
永寧はそっと床に腰を下ろす。
「お前と同じ人生でしかなかったわね。もうすぐ、私も死ぬのよ。嫌ね。お前の血。死にたくはないのに。」
霊廟の主は死んでいる。何か、返事をしてくれるわけではない。
それでも良かった。
それで、良かった。
「お願いしたいことがあるの。」
永寧は旲瑓を訪ねた。
「お願いしたいこと?」
「そう。一つよ。でも、聞いて欲しい。」
いつもに増して真剣な顔をしている永寧に、彼は何とも言えなかった。
「櫞葉を、どうか、皇族にしないで。」
「櫞葉を?」
永寧は無言でこくりと頷いた。
「それは………」
「私。」
ぽつり。一単語だけ口にした。
「不義の娘というのは、普段から拒絶する様な眼で見られる。汚らしいってね。」
旲瑓は口を閉ざした。彼女が母から散々な目に遭わされていたのを、知っていた。
「やっと自由になれた。もう、私を殺そうとする者はいない。いや、いるにはいるかしらね。でも、今は少なくとも平和。」
廃后のことを言いたいのだろう。
「つまり、櫞葉を、同じ目に遭わせたくない、ということだね。」
「そうね。」
暫しの沈黙。
「お願いするわ。」
「そうだね。」
「頼むわよ。」
「あぁ。」
にこりと微笑む。口角も上がっているのに、目元だけは寂しげで、今にも泣きそうな印象を抱いた。
「きっとよ……私が生きている間に…………」
『私ガ生キテイル間ニ…………』
彼女は余韻を引き摺りながら、背を向けた。聞いたことはある。だが、考えたくもなかった。
永寧は、来年、一年のうちに死ぬのだ。
本来、永遠に―縷縷として続く彼女の人生は、終わるのだ。
あぁ、知らなければよかった。
青年はそっと溜め息をついた。
櫞葉公主。
永寧には、その娘の行く末が心配でならなかった。
一応、他家に預けることには合意した。しかし、その後、皇族として生きることになるかが問題だ。
(櫞葉は、皇族として生きるには、負い目が有り過ぎる。)
親の不義にて生まれ、出自を隠していた永寧は、それが発覚した後、後ろ指を指されるようになった。それは耐え難く、辛いことだった。
夫と元妻。義父と義娘。当事者は同じで、立場が変わっただけなのに、それだけで。夫の息子に嫁ぐという、背徳的な行動。それも含め、不徳な女だとされた。
前者は同族(同姓)でなかったからまだ良かった。しかし、甥と叔母という関係に生まれた娘など、禁忌でしかない。
『公主なんかに、生まれるべぎではないわ。』
昔から、そんなことを考える。
行動。発言。感情。人間関係。それ等全て、他人の眼を伺っていなければならない。とても疲れる。
この身分に生まれて、幸いだったのは、食いっぱぐれることもなく、ひもじい思いもせずに生きることが出来たことである。
逆に言えば、それ以外は、無い。
「来たわよ。」
永寧が足を運んだのは、己の母の霊廟だった。
不徳な女と貶められた彼女は、夫であった兄等が折角建てた廟も、すっかり荒れ果ててしまっていた。もう、何年も人は訪れないのだろう。彼女を訪れる者なんて、もう、一人しか思いつかない。
「お前は、気に食わないでしょうけれどね。」
永寧はそっと床に腰を下ろす。
「お前と同じ人生でしかなかったわね。もうすぐ、私も死ぬのよ。嫌ね。お前の血。死にたくはないのに。」
霊廟の主は死んでいる。何か、返事をしてくれるわけではない。
それでも良かった。
それで、良かった。
「お願いしたいことがあるの。」
永寧は旲瑓を訪ねた。
「お願いしたいこと?」
「そう。一つよ。でも、聞いて欲しい。」
いつもに増して真剣な顔をしている永寧に、彼は何とも言えなかった。
「櫞葉を、どうか、皇族にしないで。」
「櫞葉を?」
永寧は無言でこくりと頷いた。
「それは………」
「私。」
ぽつり。一単語だけ口にした。
「不義の娘というのは、普段から拒絶する様な眼で見られる。汚らしいってね。」
旲瑓は口を閉ざした。彼女が母から散々な目に遭わされていたのを、知っていた。
「やっと自由になれた。もう、私を殺そうとする者はいない。いや、いるにはいるかしらね。でも、今は少なくとも平和。」
廃后のことを言いたいのだろう。
「つまり、櫞葉を、同じ目に遭わせたくない、ということだね。」
「そうね。」
暫しの沈黙。
「お願いするわ。」
「そうだね。」
「頼むわよ。」
「あぁ。」
にこりと微笑む。口角も上がっているのに、目元だけは寂しげで、今にも泣きそうな印象を抱いた。
「きっとよ……私が生きている間に…………」
『私ガ生キテイル間ニ…………』
彼女は余韻を引き摺りながら、背を向けた。聞いたことはある。だが、考えたくもなかった。
永寧は、来年、一年のうちに死ぬのだ。
本来、永遠に―縷縷として続く彼女の人生は、終わるのだ。
あぁ、知らなければよかった。
青年はそっと溜め息をついた。
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