恋情を乞う

乙人

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櫞葉公主

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「ごめんなさいね。別に、貴女が嫌いだとは思ってもなくてよ。」

 永寧の秘密裏の出産は無事に終了した。無事と言っても、彼女が無事なだけで、お付きは鏖にされていたのだが。
 女の子であった。名を、櫞葉エンヨウと付けた。
 公主の名は、基本、母が付ける。そして、その娘の諱(本名)は、父が決めるのが、この国の習慣だ。

「しかし、上手くつけたことだ。」
 この名を深読みすると、永寧大長公主か浮かび上がる。それが分かっていて付けたのだろう。
 櫞、という字には、檸檬なる物の意がある。黄色い果物だ。
 黄色は、実は下界の皇帝の衣裳に使われる色である。元は黄色ではなかったらしいが、ある者が用いてからは、庶民は畏れ多くて着れない、となり、やがて衣裳は黄色になっていったとか。
 葉は、そのまま植物の葉だろう。
 倭国に、常盤という色がある。深い緑だ。植物の葉の色らしい。その葉の色は季節が移れども変わらぬことから、「常盤」なのだが、その言葉は、「永久」を連想させなくもない。
 皇族で、永の字を持つ女となれば、今のところは、永寧しかいない。
「倭国の色のことなんて、誰も知らないだろうなぁ。」
 流石である。永寧は倭国に行きたいと言っていたことがあったので、その為に勉強したのかもしれない。でなければ、中華かぶれのこの国で、倭国の衣裳なんて着ないだろう。

櫖娵雎リョ シュウショ
 それが、櫞葉公主に、父である旲瑓が付けた名だった。
 名の通り、皇族ではない。つまり、降らせるつもりなのだろう。
 名家に降ろされるのだから、苦労はしないだろう。皇族、公主様として生きられなくても、名門のお嬢様としては生きられる。得はしないが、損もしないと思われる。
「櫞葉は、臣籍降下させるの?」
 臣籍降下と言うのは、皇族が臣下に降りることを指す。後ろ盾があまり期待出来ない者がする。
 臣籍降下したら、皇族に絶対に戻れないわけではないが、あまり外聞は良くなさそうだ。
「違うよ。臣籍降下はさせない。ただ、預けるだけだ。時が来れば、公主として呼び戻すし、あちらにも、公主として、扱う様に伝えるつもりだよ。」
 公主、郡主の大半が嫁いてゆく家。それくらいの扱いはなれているだろう。成程。これ以上の家はなさそうだ。


「櫞葉公主?そう。確かにそう仰るのね?」
 准后は、女に尋ねた。
 圓家は、現在、妃を輩出した家の中では、最も格上。父や稜鸞は沢山の密偵を放っている。それは例外でもなく、永寧大長公主の離宮にもいた。
 離宮でお付きが小明とやらを除いて、鏖にされたこと。こっそりと公主を産んだこと。そして、その公主を櫞葉と名付けたこと。
「大義であった。決して、漏らさぬようにな。」
 密偵は恭しく頭を下げて、去った。
「はぁ。」
 准后は溜め息をつく。
(榮皇后様は御存知かしら。)
 あの嫉妬深い榮氏のことだ。もし知っていたら、癇癪を起こしていただろう。何もないのは、まだ知らないことだ。
(皇后には知らせない方が良いだろう。)
 知ってしまえば、確実に病んでしまう。永寧大長公主を殺すくらい考えそうだ。親さえ躊躇く殺せる、あの化物は。
「どうすれば良いやら。」
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