恋情を乞う

乙人

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「勝手なことを、なさるな!」
 女は人を叩く。

『わたくしめの……』
 圓准后の名で贈られた錦の反物は、溜息をつく程に見事な物だった。
 侍女はそれに見とれていた。だが、己はそれを不快に思った。
(あの時の衣裳に似ている。)
 死去した際、つまり、売られた際に着ていた、舞衣裳だった。勿論、その時着ていた衣裳は、錦なんて上等の物ではない。だが、色や紋様といった物が似ていたのだ。

「榮皇后様のお目にかかります。」
 その日、承香宮に参ったのは、圓准后と俐氏だった。
「この度は、誠に図々しいとは存じますが、一つ、お頼み申し上げたいことが御座いました故参りました。」
 そう言い、准后は立ち上がる。榮氏は侍女に目配せをし、例の反物を持たせた。
「これは、我が父からの物だと存じます。」
「どうして、わかるの?」
「残り香です。」
 榮氏は反物の匂いを嗅ぐ。確かに、嗅いだことがある。
「そこで、皇后様にお願いしたいことがあります。」
 今度は俐氏が立ち上がった。
「協力しては、頂けませぬか?」

「何故、皇后様が准后様と充媛様に協力しなければならぬのですか!」
 侍女が声を荒げる。
「待ちなさい。」
 小声で榮氏が注意する。
「これは、貴女様に関わることですもの。」

 准后は反物を指さす。俐氏がそれを持ち、榮氏に見せる。
「これは、わたくしめにも、見事な錦であると思われますわ。でも、貴女様にお贈りするには、少し障りがありますね。」
 侍女はぽかんとしている。榮氏はそれをじっと聞いていた。
「これは、貴女様が下界より昇ってこられた際にお召であった御衣裳にそっくり。貴女様にとっては、思い出したくもないものを思い出させてしまう。」
 そのとおり。榮氏が不快になったことを、准后は見抜いていた。
「贈り主………我が父は知らなかったようですが。」
「仕方がないわね。やたら後宮に入れるわけでもないものね。」
「そう。ですが、貴女様が皇后におなりなのは、誰もが知っていること。格下のわたくしめが貴女様に品をお贈りすることに、誰も疑うことは無かったでしょう。」
 確かに、贈り物の錦は、真っ直ぐ榮氏の所まで運ばれた。多少、お付きが調べたりはしたかもしれないが、榮氏に害の無い『圓准后』の名で贈られた為、管理も甘かったろう。
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