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後悔
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「もうすぐ、何もかも、終わるわ。」
榮氏が皇后になる。とてもめでたいことだ。やっとあの子も妻を持ったのだ。喜ばしいはずだった。
(え?)
笑った。だけれど、頬から、生温かいものがつたった。涙。泣いていた。
(もう、あの子は、私の者じゃない。いや、そもそも、元々私の者じゃないわ。)
―旲瑓は、榮皇后の者よ……
「ご機嫌麗しゅう、榮皇后様。」
あれ以来、皆から拝謁される。そうだ。後宮で、最高の位を手に入れることが出来たのだ。
「ご機嫌麗しゅう。榮皇后様。」
皆と変わらず、でも、少し嫌味を含んだ様な声だ。圓稜鸞だ。
自分がずっと昭儀なのに、着々と昇進してゆく榮氏に嫉妬しているのだろう。
「皇后になるのは、貴女だと思っていたわ。皇子がいらっしゃるのは、貴女だけだもの。」
「そう思っていましたわ。でもね、あの娘が賢妃なんだもの。当主と郡主様の娘だもの。勝てないわ。」
やれやれと首を振っている。
「幸運が貴女についてまわると良いわね。きっと、機会はあるわ。だって、下界上がりの妾が、皇后になったのだもの。」
「不思議ですね。後宮は、こんなに平和なものだとは、思ってもみなかったものです。」
俐氏は菓子をつまみながら、寳闐に話しかける。
「そうね。妹妹。きっと、この後宮の頂点におわす榮皇后様のおかげね。」
「皇后様は、下らないことで滅多に罰を与えたりなさらない。かの廃后とは大違いですわ。」
二人は毎日、二人だけの細やかな茶会を開く。今日の話題は、皇后となった榮氏についてだ。
「小姐や昭儀様がなられると思っておりました。驚きました。」
「でも、皇后の座に近かったのは、貴妃様よ。私は、後宮の寵愛争いなんぞに、付き合いたくはないわ。それに、圓家に関しては、稜鸞がいるもの。しかも、東宮の生母。」
寳闐はつまらなそうに茶の水面を見ている。
「せっかく、圓家が潰れてくれると思ったのにね。残念だわ。」
皇后になった。それは、自分の意思ではない。元々貴妃で、位も一番高かったのだから、不満もあまりなかった。
寵愛されている榮貴妃が、榮皇后に。それは、聞く分には良い。決して、お飾りの人形ではない。政治の駒でもない。
(妾は、幸せな女。)
そう、思いたいのに。
どうして、素直になれないのだろう。いつまでも意地を張って。なんと虚しいことか。
「榮莉鸞が、皇后になったのね。」
永寧大長公主は、煙管を吹いている。忙しかったからなのかもしれないが、随分と久しぶりな気がした。
ふと、紅い花嫁衣裳に身を包み、鳳凰の冠を頭に抱いた榮氏を頭に浮かべた。
(羨ましい。)
彼女は幸せだ。下界にある、ただの貧乏人だったくせに、成り上がって皇后にまで上り詰めた。まるで、御伽話のよう。あまりにも美しい。
(なのに、私は………)
結婚さえ出来ず、死のうにも死にきれず、ただ延々と生き続ける穀潰し。弟―甥に恋情を乞う、不徳者だ。
後宮は、世界の縮図だ。様々な女が、様々な思いを胸に秘める。喜劇もあれば、悲劇もある。後者の方が、圧倒的に多い。
(榮氏は、命を懸けたから、幸せを手にしたのかしら。)
親殺しという、最も重い罪を背負い、人の魂や命を喰らう悪鬼になったとしても。それでも生きたのは、執念だったのか。
釣り目。茶色味を帯びた髪色。五尺前後の背丈。声。
そっくり。何年も前から思っていた。
(榮皇后が私の身代わりだと思っていたわ。でも、もう、違う。勝てない、あの女には。)
「大長公主様、どうか、ご自愛下さいませ。」
小明は永寧を寝かせた。そして、薬湯を飲ませる。
(大長公主は、持病など、無かったはずよ。)
永寧が、榮氏の立后のため、離宮から後宮に戻っているとの情報を手に入れた俐才人は、こっそりと、永寧の仮の宮に忍び込んだ。
俐才人は、決して高い身分ではない。そのため、永寧に拝謁することは、あまりなかった。だが………いや、だからこそだろう。
(そう言えば、少し、ふくよかになった………?)
永寧はかなりの痩せ型だ。そして、召す物も、かなり細身の衣裳が多かった。それなのに、今、永寧の着ている裙は、かなりゆったりとした物だ。腹ではなく、胸のすぐ下で帯を締めるようになっている。
「ありがとうね、小明。」
そう言った永寧は窶れ気味で、顔も青かった。白粉で誤魔化しているようにも見える。
(まさか、永寧大長公主………)
榮氏が皇后になる。とてもめでたいことだ。やっとあの子も妻を持ったのだ。喜ばしいはずだった。
(え?)
笑った。だけれど、頬から、生温かいものがつたった。涙。泣いていた。
(もう、あの子は、私の者じゃない。いや、そもそも、元々私の者じゃないわ。)
―旲瑓は、榮皇后の者よ……
「ご機嫌麗しゅう、榮皇后様。」
あれ以来、皆から拝謁される。そうだ。後宮で、最高の位を手に入れることが出来たのだ。
「ご機嫌麗しゅう。榮皇后様。」
皆と変わらず、でも、少し嫌味を含んだ様な声だ。圓稜鸞だ。
自分がずっと昭儀なのに、着々と昇進してゆく榮氏に嫉妬しているのだろう。
「皇后になるのは、貴女だと思っていたわ。皇子がいらっしゃるのは、貴女だけだもの。」
「そう思っていましたわ。でもね、あの娘が賢妃なんだもの。当主と郡主様の娘だもの。勝てないわ。」
やれやれと首を振っている。
「幸運が貴女についてまわると良いわね。きっと、機会はあるわ。だって、下界上がりの妾が、皇后になったのだもの。」
「不思議ですね。後宮は、こんなに平和なものだとは、思ってもみなかったものです。」
俐氏は菓子をつまみながら、寳闐に話しかける。
「そうね。妹妹。きっと、この後宮の頂点におわす榮皇后様のおかげね。」
「皇后様は、下らないことで滅多に罰を与えたりなさらない。かの廃后とは大違いですわ。」
二人は毎日、二人だけの細やかな茶会を開く。今日の話題は、皇后となった榮氏についてだ。
「小姐や昭儀様がなられると思っておりました。驚きました。」
「でも、皇后の座に近かったのは、貴妃様よ。私は、後宮の寵愛争いなんぞに、付き合いたくはないわ。それに、圓家に関しては、稜鸞がいるもの。しかも、東宮の生母。」
寳闐はつまらなそうに茶の水面を見ている。
「せっかく、圓家が潰れてくれると思ったのにね。残念だわ。」
皇后になった。それは、自分の意思ではない。元々貴妃で、位も一番高かったのだから、不満もあまりなかった。
寵愛されている榮貴妃が、榮皇后に。それは、聞く分には良い。決して、お飾りの人形ではない。政治の駒でもない。
(妾は、幸せな女。)
そう、思いたいのに。
どうして、素直になれないのだろう。いつまでも意地を張って。なんと虚しいことか。
「榮莉鸞が、皇后になったのね。」
永寧大長公主は、煙管を吹いている。忙しかったからなのかもしれないが、随分と久しぶりな気がした。
ふと、紅い花嫁衣裳に身を包み、鳳凰の冠を頭に抱いた榮氏を頭に浮かべた。
(羨ましい。)
彼女は幸せだ。下界にある、ただの貧乏人だったくせに、成り上がって皇后にまで上り詰めた。まるで、御伽話のよう。あまりにも美しい。
(なのに、私は………)
結婚さえ出来ず、死のうにも死にきれず、ただ延々と生き続ける穀潰し。弟―甥に恋情を乞う、不徳者だ。
後宮は、世界の縮図だ。様々な女が、様々な思いを胸に秘める。喜劇もあれば、悲劇もある。後者の方が、圧倒的に多い。
(榮氏は、命を懸けたから、幸せを手にしたのかしら。)
親殺しという、最も重い罪を背負い、人の魂や命を喰らう悪鬼になったとしても。それでも生きたのは、執念だったのか。
釣り目。茶色味を帯びた髪色。五尺前後の背丈。声。
そっくり。何年も前から思っていた。
(榮皇后が私の身代わりだと思っていたわ。でも、もう、違う。勝てない、あの女には。)
「大長公主様、どうか、ご自愛下さいませ。」
小明は永寧を寝かせた。そして、薬湯を飲ませる。
(大長公主は、持病など、無かったはずよ。)
永寧が、榮氏の立后のため、離宮から後宮に戻っているとの情報を手に入れた俐才人は、こっそりと、永寧の仮の宮に忍び込んだ。
俐才人は、決して高い身分ではない。そのため、永寧に拝謁することは、あまりなかった。だが………いや、だからこそだろう。
(そう言えば、少し、ふくよかになった………?)
永寧はかなりの痩せ型だ。そして、召す物も、かなり細身の衣裳が多かった。それなのに、今、永寧の着ている裙は、かなりゆったりとした物だ。腹ではなく、胸のすぐ下で帯を締めるようになっている。
「ありがとうね、小明。」
そう言った永寧は窶れ気味で、顔も青かった。白粉で誤魔化しているようにも見える。
(まさか、永寧大長公主………)
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