恋情を乞う

乙人

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「お前は、無価値などでは、ないよ。」

(ん。)
 榮氏は目を覚ました。さすがに寝過ぎた。逆に疲れてしまっている。
(何よ、これ!)
 榮氏は己の衣裳に、開いた口が塞がらない。
 真っ赤な装束。鳳凰の紋様があしらわれている。花嫁衣裳だ。
(どうして妾が………?)
 榮氏は既に、妃になっている。つまり、既婚者だ。それなのに、花嫁衣裳を着ていた。訳が分からない。
「目が、覚めたかい?莉鸞。」
 後ろから、懐かしい声がする。それが、自分がどんなに焦がれたものかを、その声の主は知らない。
「何故、妾は此処におりますかしら。分かりませんわ。それに、この花嫁衣裳。妾はもう、妃ですのよ?」
「あぁ、それは知っている。少々訳があるのだ。」
 旲瑓は榮氏を寝台から起してやる。
「少し、おかしな話かもしれない。でも、どうか、聞いておくれよ。」

「莉鸞。お前の母上の姓は知っているね。」
「えぇ、凌、ですわ。」
「そう。それで、私達の姓は知っているかい?あまり名乗ったことはなかったけれど。」
 榮氏は少し首を傾げた。だが、意図はすぐに理解が出来た。
「凌………リョウ………」
 どちらも、読みは「リョウ」になる。
「私達の姓には、龍の字がある。下界では、不敬にあたるみたいだね。だから、仮に、凌と名乗っていたのだよ。」
(あぁ………そうなの…………)
 榮氏は溜息をついた。

 位に就いてから、何年経っただろうか。やっと、その隣に、后が立つことになる。
 名を、榮莉鸞。元貴妃。彼がまだ東宮だった頃からの妃だ。それからは、榮貴妃ではなく、榮皇后と呼ばれる。

 夢にも思わなかった。
 まさか、刺繍の凝った豪奢な衣裳に身を包み、人々は膝を折り、拝命をする。そんな人生が送れるなど、夢にも思わなかった。

「莉鸞。」
 女は低い声で呼んだ。榮氏は振り向く。
「どうだ。」
「……」
「どんな気分か?一番嫌悪する女のおかげで、皇后様になれて。」
「………」
あの方私の夫は言ったわね?お前が能無しで、役立たずだって。無価値だって。妾として売るはずだったのに。そんなことさえ出来ないのね。まぁ、何ということか。」
 二人の間には、格子がある。冷たい、格子。榮氏はそれに、覚えがあった。榮氏は、一息吸うと、それを掴んだ。
「無礼じゃない。お前との母娘の縁は切れました。気安く呼ぶな。」
 いいな、と釘を刺すと、静かに其処から去って行った。

「莉鸞。」
 榮氏は振り向いた。其処に居るのは、心を壊してしまう程に愛した人。
「旲瑓様………」
 旲瑓は黙って、榮氏の隣に座る。
「申し訳なかった。何も説明もせずに、后にしてしまって。」
「………」
「驚いたろう。」
「ええ。それはそれは。」
 榮氏は俯いて、ろくに旲瑓の顔を見ようとしない。
 暫く沈黙が続く。
 突然前が暗くなり、ふわりと香が薫る。人間の温かさも感じた。
「お前、凌氏の処へ、行っていたみたいだね。」
「…………」
「何を話していたかは、私は知らない。だけれどね。」
 腕に力がこもる。
「お前は、無価値では、ないよ。無能でも、役立たずでもない。凌氏はお前を確かに嫌っていたのかもしれない。だが、お前に好意を抱く人間もいる。」
 それだけは、覚えていてくれ、そう、耳に呟かれた。
 あぁ。泣きたい。縋りたい。でも、素直にそんなことをすることは、出来ないのだった。
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