恋情を乞う

乙人

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嶷煢郡主

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(人には、どうにも出来ないことも、多いのだよね。)

『永寧を……』
 霧が濃くて、殆ど何も見えない。女の声がする。若い女だ。紫色の裙を着ている。
『永寧を、助けてやって………』
 一瞬だけ、顔が見えた。
 茶色い髪の毛に、紅い瞳の女だった。
「誰だ!待ってくれ!」
 そう、手を伸ばした頃、目を覚ました。

(誰だったんだ?)
 夢に出てきた女だ。茶色い髪や紅い瞳から、宗室の人間であることは分かった。
 永寧大長公主の名を知っていたと言うことは、面識があるのだろうか。
 だが、永寧と面識のある宗室の人間は多い。これといった特徴の無かった女なので、説明するのは難しい。

 旲瑓は書庫に居た。最近の宗室の人間を洗い出すつもりだった。
(肖像画を探せば、そこから誰か分かるかもしれない。)
 宗室の人間の肖像画から、自分の知っている人間を除外して探す。宗室の頂点に立つ旲瑓が知らない。つまり、彼が生まれる前に死んでしまっているか、余程末席に居るということだ。
(私が生まれる前に薨去なさった方……。誰がいるか?『永寧』と言っていた。歴代に、永寧なんて名前の宗室は、姉さんしかいない。と言うことは、永寧姉さんよりも早く生まれており、永寧姉さんと同じ時代を生きた女性……)
 条件は、旲瑓の生前に薨去していること。そして、永寧と面識があること。
 ようは、永寧が生まれる前に生まれ、旲瑓の生まれる前に死んだ、公主か郡主。
「あった。」
 『嶷煢ギョクケイ郡主』
 肖像画には、そう添えられていた。
(嶷煢郡主…………聞いたことがないな。)
 だが、彼女は旲瑓にとって、重要な女人であることは、まだ知らない。

「嶷煢郡主。十二歳で富豪に降嫁。十五で未亡人となる。その後は消息不明。既に薨去している可能性もある。」
 肖像画は、確かに夢の女だった。そして、着ていた裙も、紫色をしていた。

「姉さん。」
「ん?どうしたの?」
 嶷煢郡主は永寧大長公主のことを知っていた。もしかしたら、永寧は、彼女がどんな女人だったか、知っていたかもしれない。
「嶷煢郡主、って、知ってる?」
 永寧の顔が曇る。
「嶷煢郡主………」
 旲瑓がこくりと頷く。
「あぁ、嶷煢郡主ね。私の叔父上の、孫娘だったわ。私より年上だった。何度か、会ったわ。」
 やはり。
「未亡人になった後よ。確か、男好きだったとか聞いたわ。今はどうか分からないわよ?確か、もうすぐ、四十になるくらいかしらね。」
 もう、何度か会っていた永寧さえ、記憶が曖昧なのだ。覚えている人間は少ないだろう。

「危なかったわ。」
 旲瑓から嶷煢郡主の名が出てきた時は、とても驚いた。耳を疑った。
 彼は、その人について、何も知らないはずだ。話したこともなかった。
(どうして知ってるの?)
 まずいと思った。
 永寧と旲瑓は、姉弟でも、叔母甥でもない。同じ姓を名乗るだけという関係だと、知られてしまうのだろうか。
(恨むわ……郡主。)
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