恋情を乞う

乙人

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愛 壱

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「愛されたいのは、どうして?」

 淑景北宮にやっと見つかった榮氏は、ぐったりとしていて、意識もなかった。
 手足は縛られ、磔にされている。
(これは、まずい!)
 旲瑓は永寧大長公主から預かった剣で、縄を切ってやった。
 磔というのは、脱臼等の原因から首が圧迫され、呼吸困難に陥り、死んでしまう、と言う様な話を聞いたことがある。
 榮氏は息をしていた。ほっと胸をなでおろす。
(また死んでしまったら、確実に堕獄していただろう。本当に間に合って良かった。)

「大丈夫ですよ、永寧大長公主。此処に来て下さったのですもの。貴女の大切なものは、お返し致します。莉鸞が来た後にね。」
 凌氏は美しい衣裳を紅く染めていた。
「誰か、殺したのね?」
「莉鸞を淑景宮に連れて来るのを、見られてしまいましたの。でも、安心です。それは奴婢でしたので。」
 ―似ている。榮氏と凌氏はそっくりだ。二人とも、血に染められた美しい女だ。そして、狂っている。
「奴婢、なんて虐げる様な言葉、お前、使うのね。貴妃は言っていたわ。『あるはずのない自由や平等を追い求める、愚かな女』だと。」

「莉鸞!莉鸞!起きろ!起きてくれ!」
 榮氏はまだ、意識を取り戻さない。顔は青く、身体はとても冷え切っていた。
(此処は、無慈悲な世界だな。)
 此処は、本来、普通の人間がいるべきではない。何故なら………

「私ね、莉鸞のこと、嫌いだったの。」
 ここまで実子を恨む母親を、永寧は見たことがなかった。いや、自分の母親だってそうだったのか。赤子の永寧の手の腱を切ったのだから。
「だって私、お妃様になりたかったの。」
 金持ちとは言え、所詮は成金。身分なんて、どうすることも出来ない。
「夫は優しかったわ。でも、それだけだった。優しいだけの、能無しだったの。だから、結婚生活は単純で、とてもつまらないものだったわ。」
 榮家は古く、良い家柄だったが、既に没落していた。だが、それを、凌氏の父が、金銭的な援助をすると言うことで、結婚が成り立ったのだ。
 榮家は凌家の財産、凌家は榮家の身分、家柄が目当てだった。
 これくらいの政略結婚、よくある話だといい聞かされていた。耳にタコができるくらいに。
「莉鸞はね、私に似ていた。でも、あの小娘は、私が持っていないもの、どんなに望んでも手に入れられなかったものを、普通に持っていた。だから、憎たらしかった。」
 家柄のことだろう。金がなくても、身分さえあれば、後宮には入れる。
「優しすぎて、ボンボンな夫にも、嫌気がさしていたの。」
「だから、殺したのね?」
「ええ。ちっとも悲しくなかったわ。だって、私にはもう、愛する人がいたから。莉鸞も懍懍も、生意気だったけど、お嬢サマの莉鸞に比べて、懍懍は可愛げがあった。」
 榮莉鸞は、とても舞踊が得意だった。ならば、それを売り飛ばしてしまえば良いと、安易に考えた。金が欲しかった。再婚相手は、貧民だったからか、金などなかった。
「それで、戻って来た、怒り狂った貴妃に殺されたわけね。」
「そうです。」
「それでは、一概に、何方が悪いかは、分からないわ。親を殺した榮氏にも罪はある。だが、娘を売り飛ばしたのも、貴方の罪じゃ、なくて?」

 榮氏。凌氏。分かりあえない二人は、同じで台詞を口にした。
『愛されたいのは、どうして?』
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