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母娘 参
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旲瑓と永寧大長公主は淑景宮に居る。そこには誰もいなかった。
「おかしいわね………榮貴妃がいないわ。それに、凌貴人も………」
「いや、分からない。淑景宮は下級妃の住まう宮だ。何人も住むから、その分、広いんだ。幾つも室がある。」
「そうね。」
旲瑓に永寧は宝剣を渡した。
「私は、凌氏を探すわ。だから、貴方は、貴妃を探して。貴妃も、貴方が来た方が、安心するわ。きっと。」
永寧大長公主は、一つ一つ室を見て回る。
(此処が、最後よね。)
胸が騒ぐのを抑え、扉を開ける。
「いらっしゃいませ。大長公主。」
その声は、何度も聞いたことがあるものだった。そして、酷く、不快だった。
「お前、やはり、此処にいたのか、凌貴人。」
凌貴人は艶やかに笑った。何かに似ていた。
「そうです。やはり、来て下さったのね。嬉しいですわ。」
「いいえ、こうなるように、仕向けたのでしょう?」
永寧大長公主は懐から、一枚の紙を取り出して、凌氏に見せつける。
「これ。榮貴妃にお前が宛てた物よね。そして………」
その後の、言葉に詰まる。
「私が、貴女の夢に出て、貴女の大切なものを奪ったのも。このためだったかもしれない。」
凌氏は包み隠すことなく、話す。凌氏の生い立ち、榮氏のこと、再婚相手のこと、榮氏に殺されたこと。
そして、殺されたことに対し、強い憎しみの念を抱いていることも。
「私はあの小娘を養ってやっているのに、あの小娘は恩を仇で返しやがった。」
「おかしい………」
淑景宮の全ての室を探したにもか関わらず、榮氏はいなかった。
凌氏と永寧大長公主のいる室だけは避けた。だが、その室に、調度品は何一つなく、隠れることは出来ないのはずだ。
(待てよ。淑景宮にいない。でも、淑景宮にいる。どういうことだ?矛盾しているではないか。でも、全ての室は確認した。いなかった。つまり、この淑景宮には、莉鸞はいないわけだ。…………あ。)
「淑景北宮…………」
淑景北宮は淑景宮に附属している建物だ。確か、淑景宮が満室となり、宮が足りなくなった時に増設された。
(淑景宮と淑景北宮は繋がっている。後宮に来て日の浅い凌氏は、同じ建設物だと勘違いしたのだろう。ありえない話ではない。)
淑景北宮は淑景宮に比べて狭い。探すのは、簡単そうだった。
『莉鸞、此方だよ。』
先程からずっと、誰かに手をひかれ、光の方へ歩いている夢を見ていた。二人いた。
その光の方へ、早く行きたかった。凌氏がいる。それだけで、この世界は地獄でしかなかった。
『逃げるのね。』
光は消えた。其処に、誰かが立っていた。
見たことのない女だった。年の頃は榮氏と同じ。紅い瞳に茶色い髪の毛を持ち、旲瑓にそっくりな女だった。榮氏はそれを、知っている。
(霛塋公主…………)
『わたしを捨て置いて、自分だけ幸せになろうったって、そうはいかないわ。』
霛塋公主は、若竹の色の衣裳を着ていた。襤褸ではない。
『凌貴人が、わたしにくれたのよ?』
無駄なことを、榮氏は思った。
『凌貴人はわたしにも優しかったわ。母親にも見向きもされない小娘に、こんな物を贈ってくれたのですもの。』
霛塋が嫌いな理由が分かった気がした。顔は旲瑓にそっくりだったが、雰囲気は、凌氏そのものだ。
十にも満たない小娘だと分かっている。それなのに、時々、心臓が凍りつく様な顔をするのだ。
(淑景北宮は、ここ百年は使われていなかったはずだ。)
それ以下の淑景宮でも埃被っていたのだ。此処はどんな有様だろうか。
「榮莉鸞、いるか!私だ!凌貴人はいない!だから、安心して出てきてくれ!」
うぅ、うぅ、と何処からか、唸り声がする。人がいる。此処に住んでいる人間はいないはずだ。だったら………
「莉鸞!」
淑景北宮の、ことさら狭い室から、声がする。多分、榮氏だ。
「莉鸞!いるか!」
其処に、榮氏はいた。だが、意識はなかった。
「おかしいわね………榮貴妃がいないわ。それに、凌貴人も………」
「いや、分からない。淑景宮は下級妃の住まう宮だ。何人も住むから、その分、広いんだ。幾つも室がある。」
「そうね。」
旲瑓に永寧は宝剣を渡した。
「私は、凌氏を探すわ。だから、貴方は、貴妃を探して。貴妃も、貴方が来た方が、安心するわ。きっと。」
永寧大長公主は、一つ一つ室を見て回る。
(此処が、最後よね。)
胸が騒ぐのを抑え、扉を開ける。
「いらっしゃいませ。大長公主。」
その声は、何度も聞いたことがあるものだった。そして、酷く、不快だった。
「お前、やはり、此処にいたのか、凌貴人。」
凌貴人は艶やかに笑った。何かに似ていた。
「そうです。やはり、来て下さったのね。嬉しいですわ。」
「いいえ、こうなるように、仕向けたのでしょう?」
永寧大長公主は懐から、一枚の紙を取り出して、凌氏に見せつける。
「これ。榮貴妃にお前が宛てた物よね。そして………」
その後の、言葉に詰まる。
「私が、貴女の夢に出て、貴女の大切なものを奪ったのも。このためだったかもしれない。」
凌氏は包み隠すことなく、話す。凌氏の生い立ち、榮氏のこと、再婚相手のこと、榮氏に殺されたこと。
そして、殺されたことに対し、強い憎しみの念を抱いていることも。
「私はあの小娘を養ってやっているのに、あの小娘は恩を仇で返しやがった。」
「おかしい………」
淑景宮の全ての室を探したにもか関わらず、榮氏はいなかった。
凌氏と永寧大長公主のいる室だけは避けた。だが、その室に、調度品は何一つなく、隠れることは出来ないのはずだ。
(待てよ。淑景宮にいない。でも、淑景宮にいる。どういうことだ?矛盾しているではないか。でも、全ての室は確認した。いなかった。つまり、この淑景宮には、莉鸞はいないわけだ。…………あ。)
「淑景北宮…………」
淑景北宮は淑景宮に附属している建物だ。確か、淑景宮が満室となり、宮が足りなくなった時に増設された。
(淑景宮と淑景北宮は繋がっている。後宮に来て日の浅い凌氏は、同じ建設物だと勘違いしたのだろう。ありえない話ではない。)
淑景北宮は淑景宮に比べて狭い。探すのは、簡単そうだった。
『莉鸞、此方だよ。』
先程からずっと、誰かに手をひかれ、光の方へ歩いている夢を見ていた。二人いた。
その光の方へ、早く行きたかった。凌氏がいる。それだけで、この世界は地獄でしかなかった。
『逃げるのね。』
光は消えた。其処に、誰かが立っていた。
見たことのない女だった。年の頃は榮氏と同じ。紅い瞳に茶色い髪の毛を持ち、旲瑓にそっくりな女だった。榮氏はそれを、知っている。
(霛塋公主…………)
『わたしを捨て置いて、自分だけ幸せになろうったって、そうはいかないわ。』
霛塋公主は、若竹の色の衣裳を着ていた。襤褸ではない。
『凌貴人が、わたしにくれたのよ?』
無駄なことを、榮氏は思った。
『凌貴人はわたしにも優しかったわ。母親にも見向きもされない小娘に、こんな物を贈ってくれたのですもの。』
霛塋が嫌いな理由が分かった気がした。顔は旲瑓にそっくりだったが、雰囲気は、凌氏そのものだ。
十にも満たない小娘だと分かっている。それなのに、時々、心臓が凍りつく様な顔をするのだ。
(淑景北宮は、ここ百年は使われていなかったはずだ。)
それ以下の淑景宮でも埃被っていたのだ。此処はどんな有様だろうか。
「榮莉鸞、いるか!私だ!凌貴人はいない!だから、安心して出てきてくれ!」
うぅ、うぅ、と何処からか、唸り声がする。人がいる。此処に住んでいる人間はいないはずだ。だったら………
「莉鸞!」
淑景北宮の、ことさら狭い室から、声がする。多分、榮氏だ。
「莉鸞!いるか!」
其処に、榮氏はいた。だが、意識はなかった。
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