恋情を乞う

乙人

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母娘 壱

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『莉鸞、莉鸞。』
 頭の中で、ずっと痛い程に響いている。昔は、それを心地よい声だと思っていた。しかし、今は違う。
 ずっと、苦痛で仕方がなかった。
 だからと言って、何か出来るわけでもない。
如何どうすれば良いのかしら……」

「どうして、莉鸞ではなくて、永寧大長公主様にしたのよ、狙い。」
 懍懍は凌氏に聞いた。凌氏は呆れる。
「あのねぇ、拷問でもそうだけれど、もう、自分はどうなっても良いと思っている人間に何をしたって無駄なのよ。だから、その人間の、身の回りの人間に危害を加えるのね。そしたら、効果が上がるから。」
 なるほど、と手を叩く懍懍。
 元々、凌氏は賢しい女だ。だが、それ以上に嫉妬心や報復心が大きいため、それを行動に移してしまうのが、愚かだった。
「悲しむと良いわ、主上………旲瑓様。」

(何故、呼び出されたのかしら。)
 榮氏は不審に思っていた。宮に、こっそりと届けられていた文に、空いている宮まで来るように書いてあったのだ。
「誰かいるの?」
 しかも、誰も連れて来てはならないとあった。ますます恐ろしい。
 ギイッと音がして、扉が閉まった。真っ暗になる。もう、何も見えない。
「誰か、ある!?」
 さらりと、衣擦れの音。微かに、くすくすと笑っている声もする気がする。
「誰な…………」
「莉鸞。」
 背筋がぞくりとする。鳥肌もたった。恐る恐る、榮氏は声のする方を見る。
「ご機嫌麗しゅう、―榮莉鸞貴妃サマ。」
 わざとらしい声だ。榮氏を呼び捨てにするのは、ただ一人。
「凌貴人………お前……何故!」
「まさか、本当に来るとは思わなかった。莫迦なのね。」
「どういうことよ。」
「だって、身分卑しい者は、余計頭使わないと生きていけないわよ。それなのにまぁ、あんな投げ文だけで来ちゃってさぁ。あぁ、笑える。」
 懍懍は嘲笑っている。袖で口元を隠しているあたり、身振りも後宮に染まってきているのだろうが、何故か、それがとても憎たらしい。
「娘を売るような、屑ばかりだと言うのに。」
 小さな声で、つぶやいた。誰にも聞こえないように。

「主上様!」
 バタバタと音を立てて、女官が走って参る。実にはしたない。普段は落ち着いた者なのに。だが、これには、わけがあった。
「貴妃様が、貴人様に呼ばれ、淑景宮に行ってしまわれて。」
「呼ばれた?」
「投げ文があったらしいです。」
 旲瑓は不安に襲われる。淑景宮なんて、下級の妃の住まいだ。ここ何代かは、誰も使っていなかったはず。
 それに、榮貴妃と凌貴人という組み合わせが気になる。もしや、貴人が貴妃を貶めるのだったら………
「まずい、今すぐに行かなくては、莉鸞が危ない。」

「永寧大長公主様の離宮で、騒ぎがあったらしいのよね、それは、お前達なの!?」
「さあね。」
 いや、絶対に、凌貴人と懍懍だ、こんなことが出来るのは。
「どうしてつきまとうのよ、妾は死んだわ!お前達を殺したから。首を斬られたのよ!お陰で晒し首にされて、随分と恥をかいたわ!もう、それで十分じゃない!」
「十分なんかじゃないわ!」
 後ろから、にょきりと懍懍が現れて、榮氏を羽交い締めにする。
「ねぇ。私達を殺して、どう、思った?」
「し、死んで、良かったん、じゃ、ない、の?妾、それに対して、反省なんて、して、ない、わ。」
「そ。」
「だって、お前が悪いんじゃないの!妾を閉じ込めたりなんかするから、見内を鏖にしてまで、卑しき男等と遊びたかったのか。とんだ不貞女だな!」
「五月蠅い。」
 凌氏は榮氏の鼻をつまむ。そうすると、自然と口は開くわけで、そこに、無理矢理薬を突っ込む。
「ね。莉鸞。」
 凌氏は榮氏を睨みつける。記憶にある、優しい母親ではなく、猛禽類の目だ。
「私はね、単にあんたを恨んでいるわけじゃないのよ。」
 薬のせいで、立つことも難しくなっている榮氏の髪の毛を鷲掴みにして、頭をぐっと引き寄せる。
「私達が、地獄で味わったのと、同じくらいはねぇ、してほしいわよ。ねぇ?お前が、こんなとこで、幸せそうにやっているのを見て、本当、嫌だったわ。」
 笑う。
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