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憎悪、略奪 参
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「大長公主様、お気を確かになさって!」
小明は呆然としている永寧を揺さぶっている。反応がない。
(そうよね、それくらいなっても、仕方がないわ………)
「何があったんですか、大長公主様!」
いきなりこうなったわけはない。つまり、なにか、理由があるはずだ。
(どうしようかしら、旲瑓に言った方が良いの?いいえ、言わない方が、なかったことに出来るわ………)
永寧大長公主は頭を抱えている。隣では、小明が、旲瑓に人を遣ろうかと悩んでいた。
「大長公主様、主上(旲瑓)に御文を出されては如何でしょうか。一人で悩むより、良いやもしれませんよ。」
そう言いながら、小明は紙と筆を手渡した。
「待ちなさい、それを、しまって。まだ、文を出そうとは、して、ない、わ。」
どこかたどたどしく台詞を言う永寧大長公主。それに、小明は不安を覚えた。
「此方です、主上様。」
永寧大長公主は寝所で休んでいる。今のうちなら、こっそりと旲瑓を呼ぶことが出来ると踏んだのだ。
「此処にいらっしゃったことは、誰も知らないのですか。」
「あまり知られない方が、姉さんのためになると思ったからね。お付きは最低限しか連れて来てはいないし、外で待たせている。」
永寧大長公主は旲瑓の叔母なのだが、今でも姉さんと呼んでいるらしい。親しい身内どうしが会うというのは、変ではないが、一応、手短に済ませたいのが実際のところだ。
「寝所は………」
「此方だよな。」
他の侍女―特に、口が軽い者―は、特別に許しをやり、早く休ませた。旲瑓が来たことがわ分かれば、大騒ぎになること間違いなしだからだ。
「慰めて差し上げて下さい………大長公主様、とても落ち込んでいらっしゃいますから………」
足音がする。永寧は怖くなった。もし襲われても、昔の様に応戦することが出来ない。しかし、此処には、誰もいない。永寧一人だ。
(誰なのよ!)
寝台の帷をきつく握りしめる。どうか、どうか、誰も来ないでくれ。頼む。
「……さん。」
声がした。小明ではない。だが、懐かしい声だ。心の奥底から、ほっこりと温かくなる。こんな感情を抱けるのは、たった、一人。
「旲瑓!」
永寧は旲瑓に勢い良く抱きついた。旲瑓は少しよろけながらも、永寧を抱きとめる。
「会いたかった、会いたかった。」
永寧はそれだけを繰り返しながら、彼の胸で泣く。
誰も、それを、咎めない。
「如何したのさ、俐小明から急ぎの文が参ってね。誰にも知られないようにして、此処まで来たのさ。」
「榮貴妃には、何も、言ってないの?」
「莉鸞に?いや、言ってない。」
旲瑓の妃で、一番嫉妬深い榮莉鸞は、嫉妬だけで、人を殺せそうだ。
因みに、誰も知っていることではないが、榮氏は嫉妬心から、娘を閉じ込めている。それは、小明や永寧は知っていたが、真実は誰の口からも話されなかった。
「大丈夫なのかい………あぁ、随分と窶れてしまったね。」
「平気よ」とは言えなかった。永寧大長公主の心の内は、それどころではなかった。
(大丈夫かしら、大長公主様。)
寝所には、永寧大長公主と旲瑓の二人きりだ。小明は遠慮して、外に控えている。
(大長公主様を、慰めて差し上げて下さいって、言ったのに。)
小明にとって、永寧大長公主は恩人だ。彼女は洛陽と名乗って、小明を拾ってくれた。そして、貧民街に住んでいたはずだったのに、いつの間にか、大長公主と云う貴なる方の侍女に成り上がった。
だから、この度、永寧大長公主を救うのは、恩返しだと思っている。永寧と旲瑓との仲を取り持つ。それくらい、容易いはずだ。
「姉さ………」
永寧を引き離そうとした時に、永寧の腹に触れた。
(え?)
少し前まで、それは大きく膨らんでいたはずだ。なのに、それがない。
「どうしたの、姉さん。」
永寧は泣いている。
「罰なのかしら。」
やっと口に出た声は、か細く、弱々しかった。
「夢に、凌氏が現れて、私の腹から何かを持って行ってしまったの。それで、起きて見れば、こうなっていたのよ。」
(凌氏………)
なんとなく、凌氏は怪しいと思っていた。
稜鸞に、凌氏が、『旲瑓が一番大切に想っている者』を尋ねたらしい。そこに、稜鸞は、『永寧大長公主様』と答えたという。
「姉さん!」
いきなり大声を出した旲瑓に、永寧大長公主は吃驚している。
「凌氏だ!」
「………でも、私、凌氏に恨まれることなんて、したかしら。まだ、声も掛けたことないのよ?」
いいや、と旲瑓は首を降る。
「榮莉鸞だ。」
「榮………貴妃…………」
暫く、永寧の頭は思考を停止していた。だが、後に考えると分かった。
榮氏は旲瑓を愛している。そして、その旲瑓が愛しているのは、永寧大長公主。
凌氏は榮氏を憎んでいる。そして、それに対する報復として、榮氏の大切な人を傷つけようとしているのだろう。
(厄介なことになりそうだ。)
小明は呆然としている永寧を揺さぶっている。反応がない。
(そうよね、それくらいなっても、仕方がないわ………)
「何があったんですか、大長公主様!」
いきなりこうなったわけはない。つまり、なにか、理由があるはずだ。
(どうしようかしら、旲瑓に言った方が良いの?いいえ、言わない方が、なかったことに出来るわ………)
永寧大長公主は頭を抱えている。隣では、小明が、旲瑓に人を遣ろうかと悩んでいた。
「大長公主様、主上(旲瑓)に御文を出されては如何でしょうか。一人で悩むより、良いやもしれませんよ。」
そう言いながら、小明は紙と筆を手渡した。
「待ちなさい、それを、しまって。まだ、文を出そうとは、して、ない、わ。」
どこかたどたどしく台詞を言う永寧大長公主。それに、小明は不安を覚えた。
「此方です、主上様。」
永寧大長公主は寝所で休んでいる。今のうちなら、こっそりと旲瑓を呼ぶことが出来ると踏んだのだ。
「此処にいらっしゃったことは、誰も知らないのですか。」
「あまり知られない方が、姉さんのためになると思ったからね。お付きは最低限しか連れて来てはいないし、外で待たせている。」
永寧大長公主は旲瑓の叔母なのだが、今でも姉さんと呼んでいるらしい。親しい身内どうしが会うというのは、変ではないが、一応、手短に済ませたいのが実際のところだ。
「寝所は………」
「此方だよな。」
他の侍女―特に、口が軽い者―は、特別に許しをやり、早く休ませた。旲瑓が来たことがわ分かれば、大騒ぎになること間違いなしだからだ。
「慰めて差し上げて下さい………大長公主様、とても落ち込んでいらっしゃいますから………」
足音がする。永寧は怖くなった。もし襲われても、昔の様に応戦することが出来ない。しかし、此処には、誰もいない。永寧一人だ。
(誰なのよ!)
寝台の帷をきつく握りしめる。どうか、どうか、誰も来ないでくれ。頼む。
「……さん。」
声がした。小明ではない。だが、懐かしい声だ。心の奥底から、ほっこりと温かくなる。こんな感情を抱けるのは、たった、一人。
「旲瑓!」
永寧は旲瑓に勢い良く抱きついた。旲瑓は少しよろけながらも、永寧を抱きとめる。
「会いたかった、会いたかった。」
永寧はそれだけを繰り返しながら、彼の胸で泣く。
誰も、それを、咎めない。
「如何したのさ、俐小明から急ぎの文が参ってね。誰にも知られないようにして、此処まで来たのさ。」
「榮貴妃には、何も、言ってないの?」
「莉鸞に?いや、言ってない。」
旲瑓の妃で、一番嫉妬深い榮莉鸞は、嫉妬だけで、人を殺せそうだ。
因みに、誰も知っていることではないが、榮氏は嫉妬心から、娘を閉じ込めている。それは、小明や永寧は知っていたが、真実は誰の口からも話されなかった。
「大丈夫なのかい………あぁ、随分と窶れてしまったね。」
「平気よ」とは言えなかった。永寧大長公主の心の内は、それどころではなかった。
(大丈夫かしら、大長公主様。)
寝所には、永寧大長公主と旲瑓の二人きりだ。小明は遠慮して、外に控えている。
(大長公主様を、慰めて差し上げて下さいって、言ったのに。)
小明にとって、永寧大長公主は恩人だ。彼女は洛陽と名乗って、小明を拾ってくれた。そして、貧民街に住んでいたはずだったのに、いつの間にか、大長公主と云う貴なる方の侍女に成り上がった。
だから、この度、永寧大長公主を救うのは、恩返しだと思っている。永寧と旲瑓との仲を取り持つ。それくらい、容易いはずだ。
「姉さ………」
永寧を引き離そうとした時に、永寧の腹に触れた。
(え?)
少し前まで、それは大きく膨らんでいたはずだ。なのに、それがない。
「どうしたの、姉さん。」
永寧は泣いている。
「罰なのかしら。」
やっと口に出た声は、か細く、弱々しかった。
「夢に、凌氏が現れて、私の腹から何かを持って行ってしまったの。それで、起きて見れば、こうなっていたのよ。」
(凌氏………)
なんとなく、凌氏は怪しいと思っていた。
稜鸞に、凌氏が、『旲瑓が一番大切に想っている者』を尋ねたらしい。そこに、稜鸞は、『永寧大長公主様』と答えたという。
「姉さん!」
いきなり大声を出した旲瑓に、永寧大長公主は吃驚している。
「凌氏だ!」
「………でも、私、凌氏に恨まれることなんて、したかしら。まだ、声も掛けたことないのよ?」
いいや、と旲瑓は首を降る。
「榮莉鸞だ。」
「榮………貴妃…………」
暫く、永寧の頭は思考を停止していた。だが、後に考えると分かった。
榮氏は旲瑓を愛している。そして、その旲瑓が愛しているのは、永寧大長公主。
凌氏は榮氏を憎んでいる。そして、それに対する報復として、榮氏の大切な人を傷つけようとしているのだろう。
(厄介なことになりそうだ。)
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