恋情を乞う

乙人

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書庫

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 後宮には、書庫がある。後宮といっても、片隅にぽつりとあるだけなので、寂れている。滅多に人が立ち入ることはない。
「物の怪が荒らしているそうよ。」
「いやね、怖いわ。」
 そのため、何者かが立ち入ったことが分かると、物の怪かしら、と噂になる。

 書庫の蔵書は、主に歴史書だ。妃嬪や女官達が好きそうな、甘ったるい恋物語は置いてない。だからこそ、人気がない。だが、この国の歴史が全て分かるため、ごく稀に、人は来る。ただし、その多くはその知識を、悪用した。
 女が、書物を広げていた。
 随分と古い記録だ。手入れもされていない。虫に食われている。ところどころシミもある。
(あった、これだわ。)
 女が見ていたのは、歴代の宗室の記録だ。中には、ユー家のものもあった。そして、現在のリョウ家の記録は、比較的新しいはずなのに、一部散逸していた。
(抹消したい過去があるのかしら。)

 凌氏は、稜鸞の言葉がずっと心に引っかかっていた。
『主上の、一番大切な方は、誰なのでしょうか。』
『龗珞燁様。永寧大長公主様よ。』
 その永寧大長公主が、どんな人物なのか、過去を洗い出そうと思った。
 龗家の人間の記録の中に、永寧大長公主は、確かに存在した。だが、書き直された部分が多く、信憑性が低い。
「永寧大長公主。龗珞燁。父は龗妟纛。母は櫖姮殷。」
 その部分が墨塗りにされて、上に書きたされていた。
「父は龗綝瓈シンレイ。」
 不義の娘だったらしい。その綝瓈には、賷陰と云う后もいたのだ。櫖姮殷は、綝瓈と妟纛親子の双方の妃になっている。不徳だ。
「十になる前には、母親と死別していたのね。二十三で婚約。婚約者死亡。入水自殺未遂。二十六で東宮になる。」
 それより先には、何も書いてなかった。永寧大長公主は三十一。五年間何をしていたのだろう。まぁ、それを知ったところで、何もならないのだが。

 書庫に物の怪がいる、と妃嬪達が大騒ぎしている。
 二十年近く前にも、こんなことが起きた。書庫から、ごそごそと物音がしたり、明かりが灯っていたりした。犯人は永寧大長公主だった。
 彼女は親の愛情を受けることが出来なかった。必要最低限の教養さえ、身につけることを許されなかった。永寧大長公主は一人、書庫に通って、自主的に学んでいた。
 そして、棚に挟まっていた。
『吾、三十二にして、死す。』
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