恋情を乞う

乙人

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「廃后が、死んだの。」
 璡姚は背を向けた。

 廃后は、妟纛の目の前で毒をあおったらしい。小瓶の中身を全て飲み干したのなら、確実に死亡しただろう。それだけ毒性が強いのだ、砒素は。
「廃后は死亡致しました。」
 小明はそう言っている。あまり、鄙びた台詞を言わなくなった。元々は、リー家のお嬢様だらしい。ただし、母親と共に家を追い出されている。そのために、貧民だった。貧しいわりに洗練されたところもあったが、元令嬢ならば、分かる。
「お前、魖領地に住んでいたのよね。」
「えぇ、まぁ。」
「魖家について、どう、思ってたの?」
 貧民街は、この国には、魖領地にしかいない。負の場所だ。
「税だ税だと申し、お偉方が取り立てることしかね、分からないですよ。」
 お偉方とは、多分、魖家当主-廃后の兄弟だったか-のことだろうか。それとも、他の人間か。それは、分からない。正直、どっちでも良い。何故か?殺すからだ。死刑になるからだ。それを、廃后な見せられなかったのが、いささか残念だ。

『死んでしまいましたの。』
 か細い女の声で、妟纛は目を覚ます。
『姮殷…………?』
 そこに居たのは、初恋の君、櫖姮殷。永寧大長公主の母。
 白い死装束に、唇にだけ、紅い紅をさしていた。髪は軽く結って、白い花が飾られていた。
菫児キンジは、死にましたのね。』
 廃后は、医官が診て、死が確定した。やはり、砒素を口にしたことが、死因だ。また、寝台に横たわっていた廃賢妃はまだ死んでいなかった。ただ、とても衰弱している。
『人の生命は、軽くて脆い。』
 姮殷はそっと、視線を外す。
『貴方様は、悲しんでいらっしゃいましたわね。菫児は、だからかしら。』
 その言葉が、胸に刺さる。
『所詮、あたくしはだから。それに、貴方の妃ではなかったしね。貴方が菫児を心配なさるのも、分からないでもないわ。』
 -もう、ゆうれいなのだ、この人は。何を求めたって、しょうがない。それなのに。
「違う、私は…………」
 其処には、美しい女がいた。でも、それは、初恋の君でも、淑妃でも、貴妃でもなかった。
『あたくしは、純粋に貴方を愛したかった。でも、それは、出来ない。此処は後宮だから。』
 廃后と、同じ、愛に飢えた表情だ。
『もし、来世というものが存在するならば、賭けてみようと思ったのよ。もう一度、貴方と出逢い、そして、普通の恋人に-夫婦になれたら、と。でも、それも、無理そうだわ。』
 義母と義子。皇帝と淑妃。夫と妾。
『あたくし達の、関係は、複雑すぎたのね。』
 はっきりと、夫婦には、なれなかった。それだけ、禁忌を犯すだけの覚悟が、出来なかったのかもしれない。
『貴方は、菫児とも、約束しておしまいになりました。』
 皇后と、前貴妃淑妃。正妻と、妾。
『あたくしは、もう、貴方と逢う事も、なくなるのでしょう。』
 姮殷が、泣いている様に見えた。
『安心なさって。』
 -嗚呼。きっと、自分は情けない顔をしているだろう。
『永寧大長公主は、あと一年もしないうちに、死にます。あたくしの裏切りの証拠は、消えてなくなります。もう、貴方は、それを、見なくても済む。』
 どういうことだ。永寧大長公主が、あと一年も生きられないだなんて。
『あの娘は、禁忌を犯してしまいました。』
 あたくし達にはなかった覚悟が、あの娘には、あったのよ。と。
『図々しいわね。でも、最後に一つだけ。-あたくしのことは忘れて、幸せに、生きて………』
 夜明けが来る。亡霊は消えて逝く。日が、きらきらしく、それでいてぼやけて目に映る。
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