恋情を乞う

乙人

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砒素

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『砒素ですよ?』
 赤い女官服の女は、そう言っていた。

(砒素、か。)
 まだ、旲瑓はそれを使っていない。小明がくれた。何処から手に入れたのかは、分からない。
(これを、母上に?)
 まだ、その覚悟が決まらない。旲瑓がそれを使うのは、簡単だ。廃后達に食事を持っていく女官を一人、寝返らせれば良い。あるいは、自分で毒を持っても構わない。どちらにしても、立場的に、それを揉み消すのは容易だ。
 肉親殺しは、大罪だ。かの榮氏は、母親やその再婚相手を殺したことで、死罪にされている。
 それだけの、罪なのだ。

 永寧大長公主は眠っていた。璡姚が介抱している。彼女はこの騒動のため、態々隠居していたが、呼ばれたのだ。
「ちょっと、お前。」
「誰ですか?」
 国で一番貴い御方と話しているのに、相変わらずである。
 永寧大長公主は、小明だけを連れてやって来た。この小明、とても美しかったので、お付として使っていても、まさか、貧民だとは思われなかった。
「もしかして、旲瑓が、珞燁の宮に来たりしなかったかしら。」
「名前は分かんないけど、茶色い髪で紅い瞳の美丈夫なら来ましたよぉ。」
 まさに、旲瑓のことである。旲瑓は端正な顔立ちの、上品な男なので、世間からしたら、充分、美丈夫だったろう。そして、永寧大長公主の宮にまで入るということは、やはり、旲瑓だ。
「珞燁は、まさか。」
「まぁ、何度も一緒にお休みですからねぇ。後は、知りませんよ。見張ってたわけじゃありませんで。」
 璡姚は頭を抱えている。如何しよう、と。
「そう言えば、廃后様はどうなるんですか?」
「魖廃后のことね。」
「そうですよ。皇族殺しをしたから、やっぱり、凌遅刑ですかね?」
 凌遅刑は、生きながらに肉をそがれる刑。しかも、見世物にされる。娯楽の少なかった時代、処刑というのは、人々に晒されたままに行われた。そして、切られた首は、市場に置かれていたりする。
「まぁ、それも仕方がない。でも、あとは、旲瑓次第だわ。あの子がどうするかよね。」
「恩情かけて、死なせないとか言い出したら、どうするんですか?」
「それは無い…………とは、言えないけれど。」
 暫くの沈黙の後、小明は懐から、小瓶を取り出す。
「主上様に渡して来ました。」
「何、それは。」
 嫌な予感がする。
「砒素ですよ。」
 砒素は毒性が強い。口にすれば、すぐに死んでしまうだろう。
「よく、そんなもの………」
「家に、あったんです。昔。」
 昔、に強調された、言葉。そこに込められた意味。
「お前、名は、何と申すの?」
「私ですか?」
 小明は一瞬、悲しそうな顔をしてから、璡姚を見つめる。
俐小明リー シャオミン、です。」

 小明は、俐才人の血縁だった。成程、世間は狭いらしい。
 そう言えば、後宮の、下級妃嬪は、随分と顔ぶれが変わった。
 永寧大長公主や旲瑓から可愛がられた黎貴人は、櫖家に下賜され、男の子を産んでいる。そして、その子の弟を、寗玻長公主が産んでいる。
 貴人が下賜されたのは、政治的な問題だった。世間知らずの長公主よりも、世間なれしている貴人を送り込んだ方が、都合がよかったのだ。
 魖家は櫖家に従っていた。そして、迫害された過去を持つ、魖家の見張りとして、貴人をあてがったのだ。
『魖家が、明麗郡主と関わっていると聞きましたわ。』
 数年前、そう知らせが来てから、覚悟はしていたのだが、まさか、人を殺すだなんて。

「お偉方にとって、私達の生命なんて、安いもんですからね。」
 それを聞いて、璡姚は衝撃を受けていた。この人も市井の出身だったが、長い月日の間に、忘れてしまったのだろう。そんなものだ。
「私の身内にね、俐才人がいてですねぇ、その兄が、圓家に殺されたんですよ。それから、墜ちて墜ちて、貧民にまでなったんですから。」
 まぁ、私達は迫害なんて、されなかったけど、と。
「もっと酷い魖家が、龗家を恨んでも、そりゃあ、仕方がないでしょうね。」
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