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決断 参
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春になる。年が明ける。だが、それを望んだ者は、いなかった。
後宮、妃嬪達は春の陽気に誘われて、のんびりと過ごしている、わけにはいかなかった。この国の重要事態に、妃嬪達の親は、それぞれ、実家に帰ってくるように説得していた。巻き込まれぬよう、永寧大長公主も、それを促した。
(私も、三十一に…………)
感傷に浸りたくなる。
時は、逆さまに流れてくれない。そして、その、時が過ぎるという、当たり前のことにも、恐怖を感じるようになった。
寿命は、刻一刻と近づく。あと、一年しか生きられない。それを知っている永寧大長公主は、絶望していた。
(せめて、魖家のことだけは!生きているうちに、なんとか、しなくては!)
魖太后と魖賢妃は、後宮の一角に軟禁されている。実家と連絡をとった時点で、罪を疑われるだろう。
愚かな賢妃は、何が何だか分かっていないようで、不満をあらわにしている。太后は何やら、覚悟を決めたようだ。
「何で、閉じ込められなくちゃいけないのよ、婆!」
魖賢妃が、獣の様に威嚇している。婆とは、勿論、永寧大長公主を指すのだ。
「黙りなさい。」
賢妃はぽかんとしている。
「今上陛下、旲瑓様の御命令で御座います。」
そう、冷たく告げると、太后は衝撃を受けた様だった。あの棘のない息子が、如何して、と思っているのだろう。
「菫児。」
もう、太后と敬称で呼ばなくても、良いだろう。なんせ、謀反人の身内なのだから。
「旲瑓がこんなこと、出来るわけないと思っているのでしょう?」
ええ、と上目遣いに、睨みつけてくる。
「旲瑓だって、腹をくくらなくてはならない時だって、ある。優しいだけでは、帝はやってられないからね。」
本当は、優しいままであって欲しい。疑うことを知らない、そんな、純情な子供でいて欲しい、だが、それは、あくまで理想であり、不可能なのだ。
(私は、母上を罰する。)
旲瑓は、罪悪感に苛まれていた。
(謀反は、私の、不徳の致すところなのだろうか。)
母親を罰しなくてはならない。だが、それは、人の道に反するのではないか。謀反だ。極刑を言い渡さなければならない。
(いや、だが…………)
榮氏が脳裏に浮かんだ。
母親殺しをやってのけた女だ。そして、彼女は処刑されている。
やらなければならない時もある。そう、言われている様に感じた。彼女の存在自体が。
「誰か、ある!」
威厳のある声が響く。
息子が母親に与えるのでない。帝として、罪人に与えるのだ。
(すまない。)
旲瑓は頭を抱えた。
(旲瑓が、こんなこと、出来るわけ、ない、かぁ。)
永寧大長公主は帰る道中、そんなことをずっと考えていた。
(そうね、確かにそう。あの人は、人の嫌がることは、出来まい。だから、傀儡に使われそうになるのに、それを、知らないのね。)
愚かな人間と、思われているだろう。
(幸せ人間である。)
それくらい、言われも仕方が無い。だが、そんな人間に育ててしまったのは、太后であり、妟纛であり、永寧大長公主である。
(旲瑓は、けじめをつけようとしているんだ。)
空を仰いだ。
(天よ、どうか、旲瑓に、味方してくれますように。)
後宮、妃嬪達は春の陽気に誘われて、のんびりと過ごしている、わけにはいかなかった。この国の重要事態に、妃嬪達の親は、それぞれ、実家に帰ってくるように説得していた。巻き込まれぬよう、永寧大長公主も、それを促した。
(私も、三十一に…………)
感傷に浸りたくなる。
時は、逆さまに流れてくれない。そして、その、時が過ぎるという、当たり前のことにも、恐怖を感じるようになった。
寿命は、刻一刻と近づく。あと、一年しか生きられない。それを知っている永寧大長公主は、絶望していた。
(せめて、魖家のことだけは!生きているうちに、なんとか、しなくては!)
魖太后と魖賢妃は、後宮の一角に軟禁されている。実家と連絡をとった時点で、罪を疑われるだろう。
愚かな賢妃は、何が何だか分かっていないようで、不満をあらわにしている。太后は何やら、覚悟を決めたようだ。
「何で、閉じ込められなくちゃいけないのよ、婆!」
魖賢妃が、獣の様に威嚇している。婆とは、勿論、永寧大長公主を指すのだ。
「黙りなさい。」
賢妃はぽかんとしている。
「今上陛下、旲瑓様の御命令で御座います。」
そう、冷たく告げると、太后は衝撃を受けた様だった。あの棘のない息子が、如何して、と思っているのだろう。
「菫児。」
もう、太后と敬称で呼ばなくても、良いだろう。なんせ、謀反人の身内なのだから。
「旲瑓がこんなこと、出来るわけないと思っているのでしょう?」
ええ、と上目遣いに、睨みつけてくる。
「旲瑓だって、腹をくくらなくてはならない時だって、ある。優しいだけでは、帝はやってられないからね。」
本当は、優しいままであって欲しい。疑うことを知らない、そんな、純情な子供でいて欲しい、だが、それは、あくまで理想であり、不可能なのだ。
(私は、母上を罰する。)
旲瑓は、罪悪感に苛まれていた。
(謀反は、私の、不徳の致すところなのだろうか。)
母親を罰しなくてはならない。だが、それは、人の道に反するのではないか。謀反だ。極刑を言い渡さなければならない。
(いや、だが…………)
榮氏が脳裏に浮かんだ。
母親殺しをやってのけた女だ。そして、彼女は処刑されている。
やらなければならない時もある。そう、言われている様に感じた。彼女の存在自体が。
「誰か、ある!」
威厳のある声が響く。
息子が母親に与えるのでない。帝として、罪人に与えるのだ。
(すまない。)
旲瑓は頭を抱えた。
(旲瑓が、こんなこと、出来るわけ、ない、かぁ。)
永寧大長公主は帰る道中、そんなことをずっと考えていた。
(そうね、確かにそう。あの人は、人の嫌がることは、出来まい。だから、傀儡に使われそうになるのに、それを、知らないのね。)
愚かな人間と、思われているだろう。
(幸せ人間である。)
それくらい、言われも仕方が無い。だが、そんな人間に育ててしまったのは、太后であり、妟纛であり、永寧大長公主である。
(旲瑓は、けじめをつけようとしているんだ。)
空を仰いだ。
(天よ、どうか、旲瑓に、味方してくれますように。)
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