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決断 弐
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(もし、私が、普通の人間として人生を送れたならば…………。)
後宮では、妃嬪達が、ひそひそと耳打ちしあっている。女の園だ、噂好きが多いのだろう。
「魖家が、謀反ですって?」
「まぁ。」
「太后様は、どうなってしまわれるの?」
「別にいいんじゃない?太后が消えてくれた方が、わたくし達にとっては、得じゃない。」
「そうね。」
口汚く太后を罵っては、くすくすと嘲笑っている。
(そうよね。)
太后を愛してくれる人間はいない。母が最後だったのかもしれない。そして、この母は龗家の郡主だ…………
(私は、逃げない。)
逃げれない。それを、彼女の自尊心が、赦してはくれない。
(それに…………)
母が生まれ育ったこの後宮で、人生を終えてしまいたいと、思ってしまう。後宮は、母の象徴だったから。
「東宮様!」
明麗郡主は、永寧大長公主の元へ駆けてきた。今年二十歳になる、美しい女だ。
「お前、大丈夫だったの!?」
「わたくしは、何とか。でも、父上が………わたくしを逃がして下さったのです。だから、逃げ遅れてしまった。」
永寧大長公主に抱きつく。
「わたくしは、どうすればいいの?」
涙を流す明麗郡主。
「東宮様、ごめんなさい、東宮様!」
何を謝っているのだろう。全ては、太后のせいなのに。
東宮。
あぁ、そうだ。昔、そう呼ばれていた。だが、それも、四年ほど前まで。既に、位は廃されている。
幽閉大長公主に、この、無力な大長公主に、何が出来るのだろう。何をしてやれるのだろう。
そして、決意した。
「もう一度、東宮に戻りたい?」
向かった先は、旲瑓の父、永寧大長公主の兄の妟纛だった。
「今は、空位になっておりましょう。」
この龗家には、東宮に相応しい歳頃の人間はいない。だが、次期東宮はいる。
「魖家のことが済むまでで御座います。もう、廃位された人間が言うべきことではないでしょう。ですか、もし、願いを聞いて下さるならば…………」
無理を通した。だが、緊急事態だ、仕方なかろう。璡姚女帝の力を借り、永寧大長公主は一時的に、東宮に返り咲いた。
(旲瑓の手を、汚したくない。)
それならば、自分の手が、いくら汚れても、構わない。この人を守れるならば、死ねど、本望だ。
「太后様。」
一番中立的な立場を持つ、圓寳闐が太后の元を訪れる。圓家と魖家は、そこまで仲は悪くない。
「どうかしましたか、徳妃。」
「ご機嫌伺いですわ。」
そう、丁寧に拝礼する。
「後宮は今日も大荒れにて御座います。」
「私は何もしていないけれどね。」
「そのようですね。私もそうも思いますわ。」
そう言えば、と太后は口を開こうとする。
「貴女様は、確かに龗家を恨んでいるように存じます。ですが、それは、家のためではありませんでしょう?そして、貴女のためではない。貴女の、大切な人のため。」
見透かす様な瞳。永寧大長公主にそっくりだった。
「私の母は、郡主でした。私は、その人のために、愛する人のために、今、此処におります。」
太后は目を見開く。そうだ。確か、名前は………
「七寚郡主と、申しました。」
「まさか!」
「そして、七寚郡主は、毒で殺されてしまいました。私を産むためだけに降嫁させられたようでした。孤独に、死んでしまった。死なせてしまった。」
太后は立ち上がる。
「よく聞いて。」
太后はそろりと圓氏に寄る。
「私の母も、郡主だったの。」
瞼を閉じる、そして、開いた。口は、重かった。
「巡鳳郡主、と呼ばれていたみたい。」
圓氏には、心当たりがあった。
「歳の離れた妹がいたそうでね、名を…………」
圓氏はごくりと息を呑む。
「七寚郡主と云ったそうよ。」
圓氏は吃驚した様だ。目を大きく見開き、震えている。
「つまり、私と太后様は………」
「従姉妹ということね。」
衝撃的だったろう。だが、圓氏はそれを受け止めたのだろうか。こくりと頷いた。
「多くの人は、貴女を、誤解していたみたいです。」
真意を、此処に魖菫児が太后として存在する真意を、圓氏は汲み取ったらしい。
「だが、私は違う。」
圓氏は悲しそうだ。
「貴女は、思慮深い方だ。」
普段、理性等なく、感情のままに生きていると思われがちな魖太后。
「私は、貴女様の魖家の謀反を、肯定するつもりはありません。悪は悪なのですから。」
ただ…………と。
「私には、貴女様か、不憫に思ってならないのです。無礼でしょう。鞭打ちにしても、構いませぬよ。」
いつもの太后ならば、鞭で打たせただろう。だが、それが、出来なかった。
後宮では、妃嬪達が、ひそひそと耳打ちしあっている。女の園だ、噂好きが多いのだろう。
「魖家が、謀反ですって?」
「まぁ。」
「太后様は、どうなってしまわれるの?」
「別にいいんじゃない?太后が消えてくれた方が、わたくし達にとっては、得じゃない。」
「そうね。」
口汚く太后を罵っては、くすくすと嘲笑っている。
(そうよね。)
太后を愛してくれる人間はいない。母が最後だったのかもしれない。そして、この母は龗家の郡主だ…………
(私は、逃げない。)
逃げれない。それを、彼女の自尊心が、赦してはくれない。
(それに…………)
母が生まれ育ったこの後宮で、人生を終えてしまいたいと、思ってしまう。後宮は、母の象徴だったから。
「東宮様!」
明麗郡主は、永寧大長公主の元へ駆けてきた。今年二十歳になる、美しい女だ。
「お前、大丈夫だったの!?」
「わたくしは、何とか。でも、父上が………わたくしを逃がして下さったのです。だから、逃げ遅れてしまった。」
永寧大長公主に抱きつく。
「わたくしは、どうすればいいの?」
涙を流す明麗郡主。
「東宮様、ごめんなさい、東宮様!」
何を謝っているのだろう。全ては、太后のせいなのに。
東宮。
あぁ、そうだ。昔、そう呼ばれていた。だが、それも、四年ほど前まで。既に、位は廃されている。
幽閉大長公主に、この、無力な大長公主に、何が出来るのだろう。何をしてやれるのだろう。
そして、決意した。
「もう一度、東宮に戻りたい?」
向かった先は、旲瑓の父、永寧大長公主の兄の妟纛だった。
「今は、空位になっておりましょう。」
この龗家には、東宮に相応しい歳頃の人間はいない。だが、次期東宮はいる。
「魖家のことが済むまでで御座います。もう、廃位された人間が言うべきことではないでしょう。ですか、もし、願いを聞いて下さるならば…………」
無理を通した。だが、緊急事態だ、仕方なかろう。璡姚女帝の力を借り、永寧大長公主は一時的に、東宮に返り咲いた。
(旲瑓の手を、汚したくない。)
それならば、自分の手が、いくら汚れても、構わない。この人を守れるならば、死ねど、本望だ。
「太后様。」
一番中立的な立場を持つ、圓寳闐が太后の元を訪れる。圓家と魖家は、そこまで仲は悪くない。
「どうかしましたか、徳妃。」
「ご機嫌伺いですわ。」
そう、丁寧に拝礼する。
「後宮は今日も大荒れにて御座います。」
「私は何もしていないけれどね。」
「そのようですね。私もそうも思いますわ。」
そう言えば、と太后は口を開こうとする。
「貴女様は、確かに龗家を恨んでいるように存じます。ですが、それは、家のためではありませんでしょう?そして、貴女のためではない。貴女の、大切な人のため。」
見透かす様な瞳。永寧大長公主にそっくりだった。
「私の母は、郡主でした。私は、その人のために、愛する人のために、今、此処におります。」
太后は目を見開く。そうだ。確か、名前は………
「七寚郡主と、申しました。」
「まさか!」
「そして、七寚郡主は、毒で殺されてしまいました。私を産むためだけに降嫁させられたようでした。孤独に、死んでしまった。死なせてしまった。」
太后は立ち上がる。
「よく聞いて。」
太后はそろりと圓氏に寄る。
「私の母も、郡主だったの。」
瞼を閉じる、そして、開いた。口は、重かった。
「巡鳳郡主、と呼ばれていたみたい。」
圓氏には、心当たりがあった。
「歳の離れた妹がいたそうでね、名を…………」
圓氏はごくりと息を呑む。
「七寚郡主と云ったそうよ。」
圓氏は吃驚した様だ。目を大きく見開き、震えている。
「つまり、私と太后様は………」
「従姉妹ということね。」
衝撃的だったろう。だが、圓氏はそれを受け止めたのだろうか。こくりと頷いた。
「多くの人は、貴女を、誤解していたみたいです。」
真意を、此処に魖菫児が太后として存在する真意を、圓氏は汲み取ったらしい。
「だが、私は違う。」
圓氏は悲しそうだ。
「貴女は、思慮深い方だ。」
普段、理性等なく、感情のままに生きていると思われがちな魖太后。
「私は、貴女様の魖家の謀反を、肯定するつもりはありません。悪は悪なのですから。」
ただ…………と。
「私には、貴女様か、不憫に思ってならないのです。無礼でしょう。鞭打ちにしても、構いませぬよ。」
いつもの太后ならば、鞭で打たせただろう。だが、それが、出来なかった。
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