恋情を乞う

乙人

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小明

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「貴妃様大丈夫なんでしょうかねぇ。」
 部屋を片付けながら、何時ぞやに拾った下女、小明シャオミンは言った。
「榮妃がどうかしたの?」
 小明は永寧大長公主の遣いとして、たまに後宮まで参上する。そこで、何か噂話でも、耳にしたのだろうか。
「何でも、貴妃様、昏睡状態に陥っちまったらしいですよ。もう、かなりの間。」
(貴妃が?)
 永寧大長公主は不穏な何かを感じてしまった。そして、それから、三年が経つ。

 榮氏が目覚めるまでの三年間、色んなことがあった。
 まず、永寧大長公主が離宮から離れることは出来なくなった。榮氏が倒れたのを、太后から永寧大長公主の責任だと押し付けられ、それ良しとばかりに、閉じ込められた。幽閉だ。
 全ての話は、小明から聞いた話である。

 旲瑓の長女、霛塋公主とその母の榮氏は、永寧大長公主とは別の離宮に移されてしまった。太后の仕業だ。そして、霛塋公主も小さな部屋に幽閉された。これは、榮氏の意思であり、太后の意思でもある。ただ、旲瑓には知らされていない。
(可哀想な。)
 永寧大長公主は、霛塋公主と同じく幽閉の身だが、かなり自由だ。離宮の敷地からでなければ、散歩も出来る。
(霛塋はどうなのだろう。)
 無知は罪だ。そう思う。霛塋が閉じ込められているのを、旲瑓は知らない。榮氏が倒れた原因も、知らない。
(幸せなのは、幸せなのだろうけど。)
 知らない方が幸せなことは、この世に溢れかえっている。それを、知りすぎるほど知っている。

 小明は、霛塋公主について、たまに話を聞いていた。苦労知らずのお姫様だと思ったら、そうではなかった。
 そう言えば、一度だけ、見たことがあった。
 手入れのされていない茶髪に、虚ろな紅い瞳。痩けた頬。着ているのは、麻でできた襤褸の襖裙。
 ブツブツと何かを言っていた。五つの少女には、見えなかった。幻覚も見ているのだろう。また、情緒不安定なのか、途中で泣き出したりすることもあった。
 小明には、衝撃だった。最下層の人間と言っても、疑われない様な姿をしていた。貧しかった小明の方が、マシな生活をしていた。
 その後に見た、霛塋の妹弟は、宗室の人間らしく、豪奢な衣裳に袖を通し、沢山のお付きに囲まれて生活していた。顔色も良く、にこりと笑った顔、ふっくらとした頬に、笑窪が見えた。
(父は同じくして生まれたはずなのに。)
 霛塋公主はそれを知っているのだろうか。知っていても、知らなくても、何方にしても不幸なのだろう。

『霛塋公主には、キツい世界だわ。きっと。』
 永寧大長公主は言っていた。
『榮氏は下界の人間。この世界、この国には、後見してくれる人間はいない。後ろ盾が無い妃や公主は、マシな扱いをして貰えない。』
 永寧大長公主は宗室龗家に次ぐ名家の櫖家の後ろ楯を持っていた。それは、不幸中の幸いだったと言う。
『霛塋には、それさえない。適当に何処かに片付けられて、終いだわ。所詮、そんな下らない人生しか、送れない。』
 永寧大長公主は空を仰いだ。
『私はそうはならなかったけれど、本当は、そうなるべきだったのかもしれないわね。私は腐っても、公主ですもの。』

 帳に映った影が、揺れた。
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