恋情を乞う

乙人

文字の大きさ
上 下
46 / 126

霛塋公主

しおりを挟む
「可愛い子だね。」
 旲瑓はにこやかに我が子を抱えている。微笑ましい光景なのに、榮氏は憎かった。
「名は、何と付けたのかい?」
 旲瑓は問うた。
「レイエイと。」
 不吉なので、字は教えなかった。旲瑓は考え込んで、そして、紙に「灵鷖」と書いた。読みは同じだった。多分、公では、「灵鷖公主」なのだろう。ただ、榮氏の中では、「霛塋公主」だった。
 霛塋公主のことと、今までのお詫びも兼ねて、榮氏の位は上げられた。貴妃。后に次ぐ、最高位だ。これより、榮氏は榮淑妃ではなく、榮貴妃と呼ばれる。
 承香宮-魖氏が住まうている-は、元々、高位の妃が住むべきだ。魖氏は四夫人とはいえ、その最下位なので、別の宮に移させた。太后は不満がありそうだったが、妟纛が何とか言いくるめてくれただろう。

 貴妃。榮氏以前にその位が贈られたのは、彼の櫖姮殷だ。妟纛が十八で即位して、淑妃になった。だが、その八年前、永寧大長公主が生まれてすぐに、櫖淑妃は死んでいる。
 どういうわけか、お分かりだろうか。
 ようは、後から贈られたのだ。この国ではよくある話である。
(妾も貴妃。)
 榮氏は悲しかった。
(また、恨まれるのだろうな。)

「可愛いなぁ、ほぉら、霛塋。」
 隣で旲瑓が霛塋公主をあやしている。慣れていないからか、かなり危なっかしいが。旲瑓は満面の笑みを浮かべて霛塋を見つめている。
 霛塋公主。龗エン。旲瑓の可愛い愛子だ。とても、そっくり、瓜二つ。くりくりとした紅い瞳に、茶毛。丸くて柔らかい顔。旲瑓が頬ずりしている。
 榮氏とは似ていない霛塋は、可愛らしい姫になるだろう。よく似た父旲瑓は、可愛らしく、幼い顔立ちをしている。
「この娘はつり目なんだね、莉鸞とそっくりだ。」
「あら、そうかしら。お父上にそっくりですわ。愛らしい顔は、貴方譲りでしょうね。」
 旲瑓は霛塋の頬をつついている。キャッキャと笑う霛塋を見て、「爸爸とうさまが分かるか、賢い子だなぁ」と言っている。親バカだ。

 旲瑓はお付に呼ばれ、帰ってしまった。
 入れ違いに、永寧大長公主が宮にやって来た。
「旲瑓に似てるのね、この娘。」
 三十に近い、行き遅れの大長公主は、大姪を優しい眼差しで見つめている。仕草が旲瑓にそっくりで、何だかイライラした。
「貸してくださる?」
 永寧大長公主は霛塋公主を抱えた。旲瑓の世話もしていたと聞く。なかなか手つきは慣れていて、赤子も泣くことがなかった。優しい優しい大叔母様だと、感じたのだろうか。
 一瞬、大長公主は悲しげな顔をしていた。この人は、珞燁なのだろうか、永寧大長公主なのだろうか。たまに、分からなくなる。
 我が子と思って慈しんできた旲瑓の娘だ。きっと、彼女は猫可愛がりするだろう。だが、この娘は己の娘ではない。あくまで、他人の子なのだ。
 大長公主であるせいで、誰とも結婚出来なかった永寧。もし、ただの珞燁であったならば、こんな苦労はしなかったのだろう。
 ただ、心を病んでいた榮氏は、それを哀れとは思わなかった。
 親を殺して、処刑された過去を持つ。それに、己は夫を独り占め出来ない。余っ程不幸じゃないか。永寧など、比べ物にならない。
 旲瑓が永寧大長公主を想っているのは、何となく、感じていた。永寧が死ねば良いのに、と思っていた。
 好いた人に愛されている永寧大長公主が、羨ましかった。それを当たり前のようにしている永寧大長公主が、憎かった。
 あぁ、醜い感情だ。これは、嫉妬だ、分かっている。認めたくないのだ、劣等感に、襲われるから。

 その日、誰もいなかった。
 霛塋公主は、小さな寝台で、すやすやと夢の中だ。
 コツコツと靴の音がする。榮氏だ。
 その手には、一枚の薄い布があり、そこには本当に小さく、何かが書いてあった。
 霛塋の顔にそれは被せられ、後ろで紐をくくって固定した。
 多分取れない。
 呪詛よ、榮氏は言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...