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霛塋公主
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「可愛い子だね。」
旲瑓はにこやかに我が子を抱えている。微笑ましい光景なのに、榮氏は憎かった。
「名は、何と付けたのかい?」
旲瑓は問うた。
「レイエイと。」
不吉なので、字は教えなかった。旲瑓は考え込んで、そして、紙に「灵鷖」と書いた。読みは同じだった。多分、公では、「灵鷖公主」なのだろう。ただ、榮氏の中では、「霛塋公主」だった。
霛塋公主のことと、今までのお詫びも兼ねて、榮氏の位は上げられた。貴妃。后に次ぐ、最高位だ。これより、榮氏は榮淑妃ではなく、榮貴妃と呼ばれる。
承香宮-魖氏が住まうている-は、元々、高位の妃が住むべきだ。魖氏は四夫人とはいえ、その最下位なので、別の宮に移させた。太后は不満がありそうだったが、妟纛が何とか言いくるめてくれただろう。
貴妃。榮氏以前にその位が贈られたのは、彼の櫖姮殷だ。妟纛が十八で即位して、淑妃になった。だが、その八年前、永寧大長公主が生まれてすぐに、櫖淑妃は死んでいる。
どういうわけか、お分かりだろうか。
ようは、後から贈られたのだ。この国ではよくある話である。
(妾も貴妃。)
榮氏は悲しかった。
(また、恨まれるのだろうな。)
「可愛いなぁ、ほぉら、霛塋。」
隣で旲瑓が霛塋公主をあやしている。慣れていないからか、かなり危なっかしいが。旲瑓は満面の笑みを浮かべて霛塋を見つめている。
霛塋公主。龗燕。旲瑓の可愛い愛子だ。とても、そっくり、瓜二つ。くりくりとした紅い瞳に、茶毛。丸くて柔らかい顔。旲瑓が頬ずりしている。
榮氏とは似ていない霛塋は、可愛らしい姫になるだろう。よく似た父旲瑓は、可愛らしく、幼い顔立ちをしている。
「この娘はつり目なんだね、莉鸞とそっくりだ。」
「あら、そうかしら。お父上にそっくりですわ。愛らしい顔は、貴方譲りでしょうね。」
旲瑓は霛塋の頬をつついている。キャッキャと笑う霛塋を見て、「爸爸が分かるか、賢い子だなぁ」と言っている。親バカだ。
旲瑓はお付に呼ばれ、帰ってしまった。
入れ違いに、永寧大長公主が宮にやって来た。
「旲瑓に似てるのね、この娘。」
三十に近い、行き遅れの大長公主は、大姪を優しい眼差しで見つめている。仕草が旲瑓にそっくりで、何だかイライラした。
「貸してくださる?」
永寧大長公主は霛塋公主を抱えた。旲瑓の世話もしていたと聞く。なかなか手つきは慣れていて、赤子も泣くことがなかった。優しい優しい大叔母様だと、感じたのだろうか。
一瞬、大長公主は悲しげな顔をしていた。この人は、珞燁なのだろうか、永寧大長公主なのだろうか。たまに、分からなくなる。
我が子と思って慈しんできた旲瑓の娘だ。きっと、彼女は猫可愛がりするだろう。だが、この娘は己の娘ではない。あくまで、他人の子なのだ。
大長公主であるせいで、誰とも結婚出来なかった永寧。もし、ただの珞燁であったならば、こんな苦労はしなかったのだろう。
ただ、心を病んでいた榮氏は、それを哀れとは思わなかった。
親を殺して、処刑された過去を持つ。それに、己は夫を独り占め出来ない。余っ程不幸じゃないか。永寧など、比べ物にならない。
旲瑓が永寧大長公主を想っているのは、何となく、感じていた。永寧が死ねば良いのに、と思っていた。
好いた人に愛されている永寧大長公主が、羨ましかった。それを当たり前のようにしている永寧大長公主が、憎かった。
あぁ、醜い感情だ。これは、嫉妬だ、分かっている。認めたくないのだ、劣等感に、襲われるから。
その日、誰もいなかった。
霛塋公主は、小さな寝台で、すやすやと夢の中だ。
コツコツと靴の音がする。榮氏だ。
その手には、一枚の薄い布があり、そこには本当に小さく、何かが書いてあった。
霛塋の顔にそれは被せられ、後ろで紐をくくって固定した。
多分取れない。
呪詛よ、榮氏は言った。
旲瑓はにこやかに我が子を抱えている。微笑ましい光景なのに、榮氏は憎かった。
「名は、何と付けたのかい?」
旲瑓は問うた。
「レイエイと。」
不吉なので、字は教えなかった。旲瑓は考え込んで、そして、紙に「灵鷖」と書いた。読みは同じだった。多分、公では、「灵鷖公主」なのだろう。ただ、榮氏の中では、「霛塋公主」だった。
霛塋公主のことと、今までのお詫びも兼ねて、榮氏の位は上げられた。貴妃。后に次ぐ、最高位だ。これより、榮氏は榮淑妃ではなく、榮貴妃と呼ばれる。
承香宮-魖氏が住まうている-は、元々、高位の妃が住むべきだ。魖氏は四夫人とはいえ、その最下位なので、別の宮に移させた。太后は不満がありそうだったが、妟纛が何とか言いくるめてくれただろう。
貴妃。榮氏以前にその位が贈られたのは、彼の櫖姮殷だ。妟纛が十八で即位して、淑妃になった。だが、その八年前、永寧大長公主が生まれてすぐに、櫖淑妃は死んでいる。
どういうわけか、お分かりだろうか。
ようは、後から贈られたのだ。この国ではよくある話である。
(妾も貴妃。)
榮氏は悲しかった。
(また、恨まれるのだろうな。)
「可愛いなぁ、ほぉら、霛塋。」
隣で旲瑓が霛塋公主をあやしている。慣れていないからか、かなり危なっかしいが。旲瑓は満面の笑みを浮かべて霛塋を見つめている。
霛塋公主。龗燕。旲瑓の可愛い愛子だ。とても、そっくり、瓜二つ。くりくりとした紅い瞳に、茶毛。丸くて柔らかい顔。旲瑓が頬ずりしている。
榮氏とは似ていない霛塋は、可愛らしい姫になるだろう。よく似た父旲瑓は、可愛らしく、幼い顔立ちをしている。
「この娘はつり目なんだね、莉鸞とそっくりだ。」
「あら、そうかしら。お父上にそっくりですわ。愛らしい顔は、貴方譲りでしょうね。」
旲瑓は霛塋の頬をつついている。キャッキャと笑う霛塋を見て、「爸爸が分かるか、賢い子だなぁ」と言っている。親バカだ。
旲瑓はお付に呼ばれ、帰ってしまった。
入れ違いに、永寧大長公主が宮にやって来た。
「旲瑓に似てるのね、この娘。」
三十に近い、行き遅れの大長公主は、大姪を優しい眼差しで見つめている。仕草が旲瑓にそっくりで、何だかイライラした。
「貸してくださる?」
永寧大長公主は霛塋公主を抱えた。旲瑓の世話もしていたと聞く。なかなか手つきは慣れていて、赤子も泣くことがなかった。優しい優しい大叔母様だと、感じたのだろうか。
一瞬、大長公主は悲しげな顔をしていた。この人は、珞燁なのだろうか、永寧大長公主なのだろうか。たまに、分からなくなる。
我が子と思って慈しんできた旲瑓の娘だ。きっと、彼女は猫可愛がりするだろう。だが、この娘は己の娘ではない。あくまで、他人の子なのだ。
大長公主であるせいで、誰とも結婚出来なかった永寧。もし、ただの珞燁であったならば、こんな苦労はしなかったのだろう。
ただ、心を病んでいた榮氏は、それを哀れとは思わなかった。
親を殺して、処刑された過去を持つ。それに、己は夫を独り占め出来ない。余っ程不幸じゃないか。永寧など、比べ物にならない。
旲瑓が永寧大長公主を想っているのは、何となく、感じていた。永寧が死ねば良いのに、と思っていた。
好いた人に愛されている永寧大長公主が、羨ましかった。それを当たり前のようにしている永寧大長公主が、憎かった。
あぁ、醜い感情だ。これは、嫉妬だ、分かっている。認めたくないのだ、劣等感に、襲われるから。
その日、誰もいなかった。
霛塋公主は、小さな寝台で、すやすやと夢の中だ。
コツコツと靴の音がする。榮氏だ。
その手には、一枚の薄い布があり、そこには本当に小さく、何かが書いてあった。
霛塋の顔にそれは被せられ、後ろで紐をくくって固定した。
多分取れない。
呪詛よ、榮氏は言った。
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