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魖領
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「何故知らせなかったの、櫖家の当主は私の従姉弟なのに!」
永寧大長公主は激怒した。櫖家からの文を見せた。
「我々龗家の一大事じゃない!」
旲瑓はオロオロとしていた。若く、こういった経験は無いのだろう。
「良いわ、私、見てくる。」
そう言われたのは、つい、数日前だ。
「大長公主様、見つかったら、まずいですよ。」
「ええ、だから、こんな格好なんじゃない。」
永寧大長公主は普段より質素な衣裳を召していた。
「くれぐれも、永寧大長公主と呼んでは駄目よ。」
「なら、何と?」
永寧大長公主は唸って、暫くしてから、そうだ、と手を叩いた。
「洛陽で。」
「分かりました。洛陽小姐。」
「この歳で小姐は無理があるでしょう。私二十六だから。普通でいいわよ。」
結局、洛陽様で落ち着いた。龗家の印である茶毛は一時的に黒く染めた。
「此処が魖家の領地なのね~。」
永寧大長公主はほぼ初めて出る市井にきらきらと目を輝かせている。
(足元に、尸が転がってるけど………)
護衛を兼ねた従者は苦笑した。
「ねぇ、瑜?」
「どうか致しましたか?」
「此処は、本当に魖家の領地かしら?」
「そう、で、御座いますが、如何がなさいました?」
瑜と呼ばれた従者は、どうでも良いが、後宮に居る瑜才人の弟だったりする。
「本来なら、此処は交易による財で、豊かなはずたわ。なのに、何?これは。」
永寧大長公主が聴いたこの地は、露店が建ち並び、人々の行き交う、そんな場所だ。
(如何したのかしら………)
永寧大長公主は頭を抱えていた。
「何してんだ、こんなんじゃ、足りねぇよ。何考えとんのか?」
若い女が、店から追い出された。襤褸を纏った、十四五の娘だ。
娘は、米が買いたかったらしい。だが、この頃高騰して、見てみるも、庶民には手の届かない額にまでなっていた。
「酷い、うちの弟が飢えちまう!」
娘は反論をしていたが、金が無いのは事実で、何も出来ず、俯いた。
さあ、出ていきな、と店の亭主に追い出されていた。
「如何したのかい?」
永寧大長公主は娘に声を掛けた。従者はそれを止めようとしていた。
「誰だい、見ない顔だね。」
娘は羨ましそうに永寧大長公主の衣裳を見つめている。
「魖家のお家に勤めてんのか?身なりが随分と良いねぇ。あーあ、こっちにもちっとで良いからお裾分けくんねぇかねぇ。」
「私は魖家には仕えてないが、縁の者だ。洛陽と云う。」
「ル、オヤン?」
「そう。魖領はとても豊かだと聴いたが、如何したんだね、ボロボロじゃないか。」
ずっと疑問に思っていた。
「御領主様が税だとか言って、毟り取ってくんだよ。うち、働き手いねえから、借金だらけで。それなのに、税は払えだ、土地代払えだじゃ、生きてけねぇよ。」
娘の家は、元は豪商だったらしい。俐家を彷彿とさせる。
「お国の偉いお方は何してんだろうねぇ。此処は終わりさぁ。一部の金持ちしか生きてけんよ。ほんと。」
娘は、夢にも思わないだろう。目の前で話している洛陽なる女こそ、永寧大長公主と云う、前東宮であること。お国の偉いお方、であること。
「お前の村はどうなのか?」
「金持ちに売られた。下女やって稼いでんだ。弟食わせなきゃなんねぇから。」
「そう、下女………」
下女と聴いて、哀愁漂う雰囲気の永寧大長公主。珞燁としての激務が思い出されたのだろう。
「隣の圓領はどうなんだ?」
圓領は名の通り、寳闐や稜鸞の実家である、圓家が管理している領地だ。
「人は流れてってるよ。だけど、うちらは無理さぁ。御主人は圓家が嫌いって。」
「じゃあ、櫖領は?」
魖家は櫖家に従っていた家だ。この国では、宗室龗家の次に力を持つ。中には、櫖家の傀儡になった御代もあった。
「櫖家なんて、族滅されれば良いってさ。櫖家は威張ってて嫌だって。」
永寧大長公主は何とも言わなかった。この人は櫖家縁の人だが、櫖家を毛嫌いしている。太后の出身、魖家も同様に。
「あまり、それを人の前で言うのは良くないやもしれないよ。誰が聴いているかなんて、分からないから。」
「そ、そうかい?」
「魖家はね、太后がいるからこそ威張れるんだよ。太后が后じゃなくなれば、無能だ。当主だって、胡麻すりしか出来ないのよ。」
永寧大長公主は冷たかった。
「嫌、魖家はなくなる。私が、廃后させてやる。あんな女狐は、龗家にいらない。」
どす黒い闇が、胸の内に広がった。
「あの、ルオヤンさん?」
ハッと我に返った永寧大長公主は、娘に小さな袋を渡した。
何これ、と娘が開こうとしたので、手を止めさせ、「秘密よ。それ」と口止めした。中身は金子だった。
「あんた、誰だい?今辺りで金持ってる奴多かねぇのに。」
永寧大長公主はくすりも笑った。
「珞燁って、云うのよ。私。」
永寧大長公主は激怒した。櫖家からの文を見せた。
「我々龗家の一大事じゃない!」
旲瑓はオロオロとしていた。若く、こういった経験は無いのだろう。
「良いわ、私、見てくる。」
そう言われたのは、つい、数日前だ。
「大長公主様、見つかったら、まずいですよ。」
「ええ、だから、こんな格好なんじゃない。」
永寧大長公主は普段より質素な衣裳を召していた。
「くれぐれも、永寧大長公主と呼んでは駄目よ。」
「なら、何と?」
永寧大長公主は唸って、暫くしてから、そうだ、と手を叩いた。
「洛陽で。」
「分かりました。洛陽小姐。」
「この歳で小姐は無理があるでしょう。私二十六だから。普通でいいわよ。」
結局、洛陽様で落ち着いた。龗家の印である茶毛は一時的に黒く染めた。
「此処が魖家の領地なのね~。」
永寧大長公主はほぼ初めて出る市井にきらきらと目を輝かせている。
(足元に、尸が転がってるけど………)
護衛を兼ねた従者は苦笑した。
「ねぇ、瑜?」
「どうか致しましたか?」
「此処は、本当に魖家の領地かしら?」
「そう、で、御座いますが、如何がなさいました?」
瑜と呼ばれた従者は、どうでも良いが、後宮に居る瑜才人の弟だったりする。
「本来なら、此処は交易による財で、豊かなはずたわ。なのに、何?これは。」
永寧大長公主が聴いたこの地は、露店が建ち並び、人々の行き交う、そんな場所だ。
(如何したのかしら………)
永寧大長公主は頭を抱えていた。
「何してんだ、こんなんじゃ、足りねぇよ。何考えとんのか?」
若い女が、店から追い出された。襤褸を纏った、十四五の娘だ。
娘は、米が買いたかったらしい。だが、この頃高騰して、見てみるも、庶民には手の届かない額にまでなっていた。
「酷い、うちの弟が飢えちまう!」
娘は反論をしていたが、金が無いのは事実で、何も出来ず、俯いた。
さあ、出ていきな、と店の亭主に追い出されていた。
「如何したのかい?」
永寧大長公主は娘に声を掛けた。従者はそれを止めようとしていた。
「誰だい、見ない顔だね。」
娘は羨ましそうに永寧大長公主の衣裳を見つめている。
「魖家のお家に勤めてんのか?身なりが随分と良いねぇ。あーあ、こっちにもちっとで良いからお裾分けくんねぇかねぇ。」
「私は魖家には仕えてないが、縁の者だ。洛陽と云う。」
「ル、オヤン?」
「そう。魖領はとても豊かだと聴いたが、如何したんだね、ボロボロじゃないか。」
ずっと疑問に思っていた。
「御領主様が税だとか言って、毟り取ってくんだよ。うち、働き手いねえから、借金だらけで。それなのに、税は払えだ、土地代払えだじゃ、生きてけねぇよ。」
娘の家は、元は豪商だったらしい。俐家を彷彿とさせる。
「お国の偉いお方は何してんだろうねぇ。此処は終わりさぁ。一部の金持ちしか生きてけんよ。ほんと。」
娘は、夢にも思わないだろう。目の前で話している洛陽なる女こそ、永寧大長公主と云う、前東宮であること。お国の偉いお方、であること。
「お前の村はどうなのか?」
「金持ちに売られた。下女やって稼いでんだ。弟食わせなきゃなんねぇから。」
「そう、下女………」
下女と聴いて、哀愁漂う雰囲気の永寧大長公主。珞燁としての激務が思い出されたのだろう。
「隣の圓領はどうなんだ?」
圓領は名の通り、寳闐や稜鸞の実家である、圓家が管理している領地だ。
「人は流れてってるよ。だけど、うちらは無理さぁ。御主人は圓家が嫌いって。」
「じゃあ、櫖領は?」
魖家は櫖家に従っていた家だ。この国では、宗室龗家の次に力を持つ。中には、櫖家の傀儡になった御代もあった。
「櫖家なんて、族滅されれば良いってさ。櫖家は威張ってて嫌だって。」
永寧大長公主は何とも言わなかった。この人は櫖家縁の人だが、櫖家を毛嫌いしている。太后の出身、魖家も同様に。
「あまり、それを人の前で言うのは良くないやもしれないよ。誰が聴いているかなんて、分からないから。」
「そ、そうかい?」
「魖家はね、太后がいるからこそ威張れるんだよ。太后が后じゃなくなれば、無能だ。当主だって、胡麻すりしか出来ないのよ。」
永寧大長公主は冷たかった。
「嫌、魖家はなくなる。私が、廃后させてやる。あんな女狐は、龗家にいらない。」
どす黒い闇が、胸の内に広がった。
「あの、ルオヤンさん?」
ハッと我に返った永寧大長公主は、娘に小さな袋を渡した。
何これ、と娘が開こうとしたので、手を止めさせ、「秘密よ。それ」と口止めした。中身は金子だった。
「あんた、誰だい?今辺りで金持ってる奴多かねぇのに。」
永寧大長公主はくすりも笑った。
「珞燁って、云うのよ。私。」
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