恋情を乞う

乙人

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愛憎

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『恋情程、恐ろしい物は無いだろうよ。』
 昔、父が言っていた。

 何故、愛した人を、後宮に押し込めていたのだろう、心労は重なるだろうに。
 彼の人の母は、太后の圧力もあって、自害してしまった。父は暫く臥せっていた。
『あの人は、月に帰ってしまったのだろうか。姮娥の通り。』
 恋情を乞う相手を間違えてしまったのだろうか、と嘆いていた。
 父だけではない、自分とてそうだ。
 父妟纛は義母を、旲瑓は叔母を愛してしまった。
 その結末は、哀しい物だと分かっている。
 父だってそうだ。永寧大長公主を産んだ櫖淑妃は自害した。母がいない永寧大長公主は、幼い頃から孤独だった。
(あぁ、もう、知らなかったことにしてしまいたい。無知は、時に幸せだ。)

 旲瑓は榮氏の宮に居た。
 永寧大長公主の元にずっといるのは外聞が良くないと思ったのだ。そのため、妃の中では一番気にいっている榮氏を訪ねた。
 後宮の、どの妃を選んでも、政治がついてくる。だが、身内がこの世界にいない榮氏は、最も付き合うのが楽なのだ。
 そして、彼女を選ぶ理由として、最もなのは、言ってはならないことだ。本人が壊れてしまうかもしれない。

(この人の心は、何処ぞ。)
 分からない。分かってしまったら、心が苦しくなってしまう気がする。知らない方が、幸せな気がする。
 そろそろ重くなる腹を必死に隠して、いつもと変わらぬ様に接する。
『鬼灯を採ってきて。』
 侍女に言った。
『畏れ多く御座います。』
 わけが分かったのだろう、否定された。
 この人は何を思うだろうか。
(辛い。)
 泣いてしまいたい。
 心を強く持たなければ、駄目になってしまう。この身は我が身であり、我が身でない。身一つで後宮に入った身だ、今のうちに、己の地位を確立しておかないと、後々後悔するだろう。
 花は、実を結ばねば、たんなる徒花だ。

 永寧大長公主は、悩んでいた。
 今まで旲瑓の宮に住んでいたが、出た方が良いのではないかと思った。お妃方が哀れだ。
 だが、今は住む場所がない。元住んでいた永寧宮は、承香宮と呼ばれ、魖氏が住んでいる。離宮は危険なので、戻れない。
 本当ならば、後宮から出て、公主府など持てば良いのだろうが、許可が出る訳でもなし。だからと言って、部屋住みなのもどうかと思う。
 多分、承香宮は返ってくる。だが、それは、自分の死後だろうと。
 ふと、不思議に思うのは、魖氏は大した家柄でもないのに、後宮で一番広大な承香宮を与えられていることだ。榮氏や圓氏でさえ、そこそこなのに。
 太后の力は強い。仮にも皇族の端くれである永寧大長公主を下女に仕立てる様な女だ。不敬罪で訴えてやろうか。ああ、でも、あの女は姻戚で身内なのか。嫌な話だ。
(まともな人間いないな。)
 まあ、自分もまともではないか、と。
 四六時中、寝台に寝転がって過ごしている。このまま歳を食っていくだけなのかと考えると、悲しくなる。
(闉黤、だっけ?)
 嫌な名前だ。忘れたいあの女、櫖淑妃と似ている。見た目も少し似ている気がする。だから、嫌悪しているのだろうか。はたまた、櫖家の血なのか。
 そう言う意味では、旲瑓を愛する理由が分からなくなる。あの人は魖家縁だ。
 人の心程分かりにくい物は無い。正直に言うと、永寧が旲瑓を愛する理屈も説明出来ない。
(まあ、そんな物なのだろうけれど。)

 衝動と言うのは、突然に。
 血が欲しい。魂が欲しい。
 何て狂った己だこと。でも、忘れられないのだから、仕方がない。
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