恋情を乞う

乙人

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櫖淑妃

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 二十五年程前。ある女が後宮で死んだ。櫖淑妃と呼ばれており、二十五歳だった。
 夫は狼狽えた。
 部屋では、母を亡くした赤子が、ぎゃあぎゃあと泣いていた。

 櫖淑妃。
 永寧大長公主の母で、赤子の頃に自害した女だ。生きていれば、五十路になるだろうか。
 櫖淑妃は先の主上-永寧大長公主の兄-の妃であった。だが、元々はその父の妃であり、貴妃であった。
 この国では、父帝の妃を後宮にもう一度入れることは、多々あった。だが、妃は位を一つ落とさなければならなかった。よって、数年後に十八となった夫が即位した際、櫖貴妃は櫖淑妃となった。
 櫖淑妃は「夫の息子に嫁ぐなんて、不徳も甚だしい」と言われた。身内も望んでいた。義理の息子も望んだ。自分のせいではない。それなのに、避難の目を向けられた。

 ぶり返す、夢。
 永寧大長公主は目を覚ました。泣いていたのだろうか。ほんのりと、頬が湿っぽい。
「また、あの夢。」
 麻痺した左半身。太后のせいでもあり、櫖淑妃のせいでもある。
「忘れたかった。」
 目覚めが悪い。
 膝を抱えて、俯いた。

 櫖淑妃は死にたくなった。
 珞燁と名付けた吾子。だが、この吾子は夫の子ではない。嘗ての夫で、現在の夫の父の子。夫の妹にあたる子になる。
 櫖淑妃は珞燁を抱いて、泣いた。永寧と名を贈られた珞燁。生まれながらの長公主。
 生まれながらにして、永寧は負の過去を背負っていかなければならなくなった。
 永寧と夫の歳の差は、僅か十。勘が良い人間は気がついてしまう。
 だが、ふと、気がついた。母は櫖淑妃。二十五。問題はない。
 淑妃は嘗ての夫に、永寧長公主について相談した。
『櫖貴妃、よく聞け。その子は長公主としてではなく、公主として育てさせなさい。そして、道理が分かる年頃になってから、こっそり、本人にだけ教えなさい。いいね?』
 幸いしたのは、永寧が、皇族の、茶毛に紅い瞳を持っていたことだ。
『ごめんなさい、珞燁。』
 淑妃は小刀を振り下ろす。それは、永寧の左腕に傷をつけた。
『貴女のためなの。』
 こうすれば、この長公主は、表に出ずにすむ。そうすれば、この子が後ろめたい秘密を抱えなくてすむ。
 将来、それを知った永寧は恨むだろう。
 それが分かっているのに、赦しを乞うてしまうのは、何故なのだろうか。

 淑妃は死んだ。
 自害した。吾子のため、秘密を胸にそっと秘めて、それを守る為に果てた。
 死ぬ前日の夜。悲しい夢を見た。永寧についてのことだった。

 永寧は、三十二で死ぬ。東宮だった彼女は、顕光大長公主と諡を贈られる。
 奇しくも、永寧大長公主は母と同じ、自害で果てる。また、その理由も同じ。吾子を守る為だ。
『櫞葉公主』
 そう呼ばれた赤子は青年に抱えられて去った。茶毛の、紅い瞳だった。
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