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俐才人
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俐才人。圓寳闐の想い人、俐丁理の妹。圓家の当主の怒りを買って、没落した商家の出。金に困った両親により、後宮の下女として売られて来たが、己の美貌と才覚で昇ってきた。更に、圓氏のお陰で成り上がった。
「ふぅ………」
俐氏は溜め息をついた。
(兄様が死んでから、どれ位経つのだろう。)
俐氏の兄、俐丁理は、徳妃寳闐の父に殺された。それも、圓氏本人の前で。それを知った俐氏は、圓氏を強く恨んだ。
『貴女のせいで、貴女のせいで、わたくしの………わたくしの兄様が死んだのよ!』
後宮で再会した寳闐と俐氏。
其処で、俐氏は圓氏に剣を抜いた。
『賢妃様は、兄様の仇なのよ!あんたが居なければ!兄様は、死なずに済んだのに!』
圓氏はそれを見て、目を逸らすことも、逃げようともしなかった。
『ごめんなさい。』
ただ、頭を下げた。高貴な御方の行動に、皆、ド肝を抜かれた。
『私のせいね、貴女のお兄様が亡くなったのは。私のせい。私が居たからだわ。もう、謝ることしか私には出来ないの。』
ポタリポタリと、床に涙が落ちて、シミをつくってゆく。
『時は逆さまに、流れてくれないもの。』
俐氏は圓氏の服装を見て、ハッとした。白い衣裳。喪服。髪を結うこともせず、豪奢な衣裳を着るわけでもなく、質素な格好をしていた。
改めて思い知った。
兄、俐丁理が死んだのは、圓氏のせいではない。その父だ。二人は、幼すぎて、身分の違いを弁えなかった。それだけだ。
(それが逆鱗だったんだわ。)
圓氏は俐氏を引き上げてくれた。下女として売られて来た筈だった。貴人となり、気がつけば才人にまでなっていた。
正一品の圓氏と比べれば位は劣るが、俐氏を嘲笑っていた女官より、高い位を得ることが出来た。
『これが、私が貴女に出来る、精一杯よ。』
圓氏はそう言った。今でも、俐氏の兄の為に、独り、祈りを捧げているのを見かける。
もう、赦そう、この人を、赦そう。そう、思った。
圓氏と俐氏は義姉妹となり、俐氏は圓氏を『小姐』、圓氏は俐氏を『妹妹』と呼ぶようになった。
俐丁理を間に、義理の姉妹になるのが夢だった。それは叶うまいが、姉妹にはなれた。
兄はどうしているのだろうか、ふと、そんなことを考えながら歩いていた。
パンッと甲高い音がした。
(何かしら。)
振り向いた先には、手を挙げた魖氏、地に倒れ込んだ永寧大長公主。
「あたくしを愚弄するのですか!」
魖氏は声を荒らげた。
「珞燁、太后様を悪く言うのは、赦さないわ!あたくしの叔母様なのよ!あたくしも莫迦にしてるのと同じだわ!控えてくれないかしら?」
「何を言うのかしら。私は妃よりも高位です。仮にも、皇族の一員ですもの。」
永寧大長公主は紅くなった頬を手で隠している。隙間から、痛々しい傷が見えた。
「私の前から去りなさい。」
永寧大長公主は威厳のある声で、そう言った。
「太后は直に廃后になるでしょう。それを、私は哀れに思いません。寧ろ、そうなれば良いと思っています。」
な、と魖氏が狼狽えた。
「それに、私はお前を不敬罪で罰することも出来ます。」
魖氏は何も言わなかった。バツが悪そうに、背を向けて、そのまま行ってしまった。
太后の宮の侍女達が、不敬罪で処分された。魖氏への見せしめでもあり、珞燁として扱き使われた報復でもあるのだろう。
『嫌な予感がするの。』
我が姐はそう言っていた。悪寒がする。これから、何が起こるのだろうか。そして、ひとつ、気がついてしまった。
(魖氏は、何かを隠している。)
永寧大長公主に対する言動に、一瞬だけ、挙動不審なものが含まれていた。
『言わないでね、妹妹。』
しいっと唇に指を当てた仕草をした圓氏。
『魖氏について、調べてみたのよ。』
圓氏は鋭い。人の心を見透かした様なことを言うことがある。そして、圓氏の悪い予感が、外れたことは無い。
『というより、永寧大長公主様と主上様に、ついてだわね。』
恐ろしいことだ、と圓氏は言った。永寧大長公主はそれを知っているのだろうか。
『永寧大長公主様と主上様は、御姉弟ではない。それどころか、血もあまり繋がっていないと言えるかもしれないのよ。』
まさか、と思った。二人とも、同じ紅い瞳をしているではないか。
『この国では、主上様の五代先までは皇族と言えるでしょう。』
圓氏は口を噤んだ。
まさかと思った。
永寧大長公主と旲瑓は似ている。太后と旲瑓は似ていない。そして、先の主上と旲瑓もまた、似ていない。
知ってはいけない事を知ってしまったと思った。
魖氏は、何を隠したいのだろうか。
「ふぅ………」
俐氏は溜め息をついた。
(兄様が死んでから、どれ位経つのだろう。)
俐氏の兄、俐丁理は、徳妃寳闐の父に殺された。それも、圓氏本人の前で。それを知った俐氏は、圓氏を強く恨んだ。
『貴女のせいで、貴女のせいで、わたくしの………わたくしの兄様が死んだのよ!』
後宮で再会した寳闐と俐氏。
其処で、俐氏は圓氏に剣を抜いた。
『賢妃様は、兄様の仇なのよ!あんたが居なければ!兄様は、死なずに済んだのに!』
圓氏はそれを見て、目を逸らすことも、逃げようともしなかった。
『ごめんなさい。』
ただ、頭を下げた。高貴な御方の行動に、皆、ド肝を抜かれた。
『私のせいね、貴女のお兄様が亡くなったのは。私のせい。私が居たからだわ。もう、謝ることしか私には出来ないの。』
ポタリポタリと、床に涙が落ちて、シミをつくってゆく。
『時は逆さまに、流れてくれないもの。』
俐氏は圓氏の服装を見て、ハッとした。白い衣裳。喪服。髪を結うこともせず、豪奢な衣裳を着るわけでもなく、質素な格好をしていた。
改めて思い知った。
兄、俐丁理が死んだのは、圓氏のせいではない。その父だ。二人は、幼すぎて、身分の違いを弁えなかった。それだけだ。
(それが逆鱗だったんだわ。)
圓氏は俐氏を引き上げてくれた。下女として売られて来た筈だった。貴人となり、気がつけば才人にまでなっていた。
正一品の圓氏と比べれば位は劣るが、俐氏を嘲笑っていた女官より、高い位を得ることが出来た。
『これが、私が貴女に出来る、精一杯よ。』
圓氏はそう言った。今でも、俐氏の兄の為に、独り、祈りを捧げているのを見かける。
もう、赦そう、この人を、赦そう。そう、思った。
圓氏と俐氏は義姉妹となり、俐氏は圓氏を『小姐』、圓氏は俐氏を『妹妹』と呼ぶようになった。
俐丁理を間に、義理の姉妹になるのが夢だった。それは叶うまいが、姉妹にはなれた。
兄はどうしているのだろうか、ふと、そんなことを考えながら歩いていた。
パンッと甲高い音がした。
(何かしら。)
振り向いた先には、手を挙げた魖氏、地に倒れ込んだ永寧大長公主。
「あたくしを愚弄するのですか!」
魖氏は声を荒らげた。
「珞燁、太后様を悪く言うのは、赦さないわ!あたくしの叔母様なのよ!あたくしも莫迦にしてるのと同じだわ!控えてくれないかしら?」
「何を言うのかしら。私は妃よりも高位です。仮にも、皇族の一員ですもの。」
永寧大長公主は紅くなった頬を手で隠している。隙間から、痛々しい傷が見えた。
「私の前から去りなさい。」
永寧大長公主は威厳のある声で、そう言った。
「太后は直に廃后になるでしょう。それを、私は哀れに思いません。寧ろ、そうなれば良いと思っています。」
な、と魖氏が狼狽えた。
「それに、私はお前を不敬罪で罰することも出来ます。」
魖氏は何も言わなかった。バツが悪そうに、背を向けて、そのまま行ってしまった。
太后の宮の侍女達が、不敬罪で処分された。魖氏への見せしめでもあり、珞燁として扱き使われた報復でもあるのだろう。
『嫌な予感がするの。』
我が姐はそう言っていた。悪寒がする。これから、何が起こるのだろうか。そして、ひとつ、気がついてしまった。
(魖氏は、何かを隠している。)
永寧大長公主に対する言動に、一瞬だけ、挙動不審なものが含まれていた。
『言わないでね、妹妹。』
しいっと唇に指を当てた仕草をした圓氏。
『魖氏について、調べてみたのよ。』
圓氏は鋭い。人の心を見透かした様なことを言うことがある。そして、圓氏の悪い予感が、外れたことは無い。
『というより、永寧大長公主様と主上様に、ついてだわね。』
恐ろしいことだ、と圓氏は言った。永寧大長公主はそれを知っているのだろうか。
『永寧大長公主様と主上様は、御姉弟ではない。それどころか、血もあまり繋がっていないと言えるかもしれないのよ。』
まさか、と思った。二人とも、同じ紅い瞳をしているではないか。
『この国では、主上様の五代先までは皇族と言えるでしょう。』
圓氏は口を噤んだ。
まさかと思った。
永寧大長公主と旲瑓は似ている。太后と旲瑓は似ていない。そして、先の主上と旲瑓もまた、似ていない。
知ってはいけない事を知ってしまったと思った。
魖氏は、何を隠したいのだろうか。
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