恋情を乞う

乙人

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 ある晴れた日のことだった。
 魖氏は後宮に入内した。
 魖氏は四夫人の最下位、賢妃につき、榮氏が格上の淑妃に上がった。圓氏も徳妃に昇格した。
(太后の差金か。)
 旲瑓は苦い思いをした。
 新しい妃の入内に、榮氏はかなり憤りをあらわにしていた。相変わらず、圓氏は冷静にそれを見つめていた。何も考えていなかったのかもしれないが、そこまでは分からない。
 魖賢妃は、元永寧大長公主の住まい、承香宮を与えられた。旲瑓からではなく、太后に。

「何よ!あの女!この前まで女官だったそうよ、何て図々しいの!?」
 九嬪の昭儀の位に着く、圓稜鸞ロウラン妃が菓子を食べながら、苛苛と話していた。
「仕方がないのではなくて?太后の命よ。」
 隣で優雅に茶を嗜んでいるのは、徳妃である圓寳闐ホウテン妃だ。このお妃は、昔に比べたら、前向きになったかもしれない。他の妃と話せるようになっていた。
「魖家はあまり力を持っていない筈よ。そこまで憤る必要は感じないわ。所詮、櫖家に属しているだけよ。太后だって、入内した際は貴人だったのですってね。」
 妃嬪は、貴妃、淑妃、徳妃、賢妃の四夫人と、その下にある九嬪が主。貴人は最下位で、品位も無い。他の妃から部屋を間借りして住まうため、宮を持たない。位が高いとはとても言えない位だ。
「魖氏は何故今頃入内したのかしらね。鬱陶しい。人を嘲笑う様な顔はなんとかならないの?」
 稜鸞に負けず劣らず怒りを見せるのは、後宮で一番位の高い妃、榮莉鸞レイラン妃だ。
「落ち着きなさい、稜鸞。前東宮の永寧大長公主様は魖氏を認めないと声明を出されているの。何でも、魖氏が妃になったのは、櫖家にせっつかれたかららしいわ。櫖家には現在、妙齢の娘は居ないと聞いたことがあるのよ。」
 永寧大長公主様は、櫖家と魖家がお嫌いだから、と。
「それに、魖太后は義理の父である先の先の主上様にお怒りを買われたから。」
 如何してなの、と稜鸞。
「永寧大長公主様が大長公主の位を落され、暫く、太后の…………下女をさせられていたの。珞燁ラクユウと言っていたわ。私も見たことがあるの。髪を切られて、顔に傷もあられたわ。」
 憐れな、と寳闐が言う。この御仁もそこそこ憐れなお方なのだが。似たような点があるからこそ、永寧大長公主に同情するのだろう。

 後宮では、二日に一度、最上級の妃の御機嫌伺いを兼ね、朝礼を行う。
 最上級の妃は榮氏なので、榮氏の宮に向かう。
 最下級である黎貴人から、上級の圓寳闐徳妃と、順に榮淑妃に挨拶をする。
 昭儀である稜鸞までは順調に回ったが、その次である、魖賢妃が居ない。
 榮氏は不審に思って、侍女を一人遣り、飛ばして寳闐徳妃の番だった。
 その時だった。ぎい、と戸が開く音がした。そこには、お付きを伴った魖氏が居た。
 榮氏やその他の妃嬪達は顔を顰めた。あからさまに、榮氏を莫迦にする格好をしている。
 後宮では、妃達が顔を合わせる機会には、上位の妃と衣裳の色が被らない様に気を使う。
 主に、榮淑妃が紅、寳闐徳妃が白、稜鸞昭儀は桃色を召す。青は、永寧大長公主が召すので、避ける。そうやって、誰一人被ることなく、各々の美しい姿を魅せるのが通常だ。その筈なのだが。
(莫迦にしているわ。)
 魖賢妃が着ているのは、紅い衣裳。赤い宝玉の飾られた冠を頭に抱く格好も、まるっきり榮氏と被っていた。
『賢妃。その格好、如何したの?』
 榮氏が落ち着いて問う。
『あたくしに似合うと思いまして。やはり、あたくしは一番紅が似合うのですわ。』
 と笑っていた。榮氏に、『似合わないわね』と言っている様なものだ。
『あまり賢くない選択だわね、魖賢妃。お前はまだ後宮に入ったばかりで知らないかもしれないので、今回はお咎めは無しにします。ただ、次からは気をつけなさい。』
 諭す様にそう言って、その日は終えた。
 次の朝礼では白を、その次は青を着ていた。それを好む圓氏と永寧大長公主は、珍しい、下界の倭の國の物を多少身につけているのに、それさえも真似された。
 圓氏は何も言わなかったが、不快そうだった。永寧大長公主は魖氏を酷く嫌っていたので、魖氏の所有する青の衣裳を全て略奪させた。

 それぞれの思惑は違えど、魖氏が気に入らないのは、共通しているらしい。

「嫌な予感がするわね。妹妹メイメイ。」
 圓氏の宮には、リー才人が来ていた。
小姐ねえさま、どうかなさったのですか?」
「………魖氏のことよ。貴女はどう思う?妹妹。」
 そうですね、と俐才人は考えた。
「莫迦にしているようにしか見えませんでしたわ!しかも、小姐の!」
 俐才人は怒りを露にしている。
「そうね。でもね。」
 圓氏はふうっ、と溜め息をついて、言葉を繋げた。
「嫌な予感がするの。それも、とてつもなく嫌な、ね。」
 圓氏は何処か遥か遠くを眺めていた。
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