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傷
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寝台の帳の隙間から、光が漏れ出ていた。朝が来たようだ。
そろそろ起きようかと身体を動かした。数日前に怪我をした腕に、痛みが走り、唸った。傷が疼いたのか、心配になる。
気を使っているのか、誰も起こしに来なかった。それと腕の痛みを理由に、また夢の中へと落ちていった。
「旲瑓!怪我は平気なの?」
永寧長公主が忙しさの合間を縫って、見舞いに来てくれた。
「あぁ………だが、まだ腕が痛むんだ。」
旲瑓は腕を摩って見せた。細い腕に包帯が巻かれていた。血が滲んでいた。
「痛いでしょうね。」
永寧は包帯を解き、薬を塗ってやった。包帯を巻く際、きつく締めすぎたのか、旲瑓に痛い、と言われてしまった。
「姉さんは平気なのかい、私を助けてくれたのに。」
「平気よ。この通り、無傷だわ。」
嘘である。湯浴みする際に、過擦り傷を見つけてしまった。腕を切られた彼と比べれば何でもなかったので、言わないでいた。
永寧は旲瑓の髪を撫でた。
「可哀想な旲瑓。」
頭の少し下で乱雑に切られていた。それを紙紐で結っていた。
「別に平気だよ。これくらい。」
髪が短いせいだろうか。それとも、彼が怪我を負っているせいなのか、分からない。ただ、彼がいつもよりずっと幼く見えた。
永寧は旲瑓の紙紐を解いた。
「私が合図するまで、目を瞑っていてね。瞼を開けちゃ駄目よ。」
旲瑓は素直に目を閉じた。
永寧は髪を解いて、懐の短刀で少し、裾を切った。そして、それを紙紐で結び、頭の頂で結い、簪を挿してやった。自分の髪を髢にしたのだ。
「目を開けて。」
目を開いて見たが、特に変化はなかった。だが、頭の天辺で髪が結えられているのに気がついた。そう言えば、永寧の髪が少しだけ短くなっている気がする。
「姉さん!まさか!」
「良いの良いの。どうせ切るつもりだったし。長すぎて、歩くの大変なのよね。」
頭を掻きながら、永寧長公主は笑った。
月見の宴の前夜、永寧長公主が太后の宮の前で倒れているのを発見した。
身包み剥がされて、衣一枚、また、髪も乱れて簪も抜かれていた。金物は総て奪われて、息も絶え絶えに。
すぐに自分の宮に運んで、医官に診させた。毒を盛られていたらしい。幸いなのは、長公主自身が気がついて、直ぐに吐き出したことだった。
流石に怒って、太后に言った。「何故永寧長公主を殺そうとしたのか」と。
太后は言った。「宗室にいるべき人間じゃないの」と。
長公主を殺そうとするのは、決まって太后だった。貴方の為よと旲瑓に言っているが、違う。だったら、何故何度も命を救ってくれた姉を殺すのかずっと疑問に思っていた。
ああ、そうか。一つ分かった。何故永寧長公主が武芸の手練にまでなったのか。簡単だ。守ってくれる人がいなかったからだ。
自分の身を自分で守るしかない。大怪我をしようと、死にかけようと、気に掛けてくれる者はいない。だから、強くならなくてはならなかったのだ。
初めて見上げた姉は、賢く、強く、美しい姉だった。だが、それが、自分の生命を守るための手段だったことを、今では知っている。
永寧長公主は降嫁出来なかった。太后が根回ししていたらしい。だから、永寧長公主を嫌っている、当時の櫖家の当主に嫁がせたのだ。それにより、永寧長公主が自害しようとしたのを、太后はほくそ笑みながら聞いていたのだろう。熟々、憐れな公主だ。
「ん?」
髪をわしゃわしゃと乱された。昔、何度もやられていた。三人の姉公主では嫌だったが、永寧長公主ではちっとも嫌ではなかった。
ぎゅっと永寧長公主に抱きつかれた。
「大きくなったわねぇ…………」
まるで、息子の成長を喜ぶ母親の様だった。
「もう、私は守ってやれない…………」
しみじみと、長公主は言った。
昔は、旲瑓が永寧にすっぽりと抱かれていた。まだ背も低く、小柄だった。
今となっては、それが逆転していた。疾うに永寧を超してしまった。永寧は旲瑓の胸に顔を埋めていた。
「自分の生命が守れるくらい、強くなって欲しかった。」
旲瑓は永寧長公主を守れない。旲瑓が弱く、また永寧長公主が強すぎるのだ。
本人は言っていなかったが、知っていた。衣の下、白い柔肌には、傷が多くあると。
「私がいつまでも生きいるわけじゃないの。」
まるで、今にも消えてしまいそうだった。気丈な娘だが、旲瑓の前では、ふと、儚げで憂いのある顔をすることもある。
抱きつかれて、抱き返した。随分と細かった。そして、思ったよりも小さかった。昔、大きく見えていた人は、こんなにも小さかったのだと、改めて実感してしまった。
「どうしたの?」
旲瑓は永寧長公主の肩に、顔を擦った。昔、甘えていた時によくやっていた。
「甘えてるの?」
分かっていた様だ。口調も、母性に溢れていた。自分もこの姉を、母の様に感じていた。
「もう、そんな歳じゃあないでしょう?」
永寧長公主はまた旲瑓をそっと撫でた。
婚期を逃してしまった。降嫁出来なかった。だから、年の離れた異母弟を、吾我子と思い、息子の様に可愛がり、守った。弟兼息子が、愛する人になり変わったのは、いつだったか。
気がついてしまった。
気が付かなくても、良いのに。知らない方が、幸せなのに。
榮氏や圓氏を見て、やはり、感じるのは、永寧長公主の面影だった。
言ってはならない。勘づかれてはならない。
それに、言ってしまったら、妃達には恨まれてしまうのだろう。
『総ての妃は、永寧長公主の、身代わりだ』と。
そろそろ起きようかと身体を動かした。数日前に怪我をした腕に、痛みが走り、唸った。傷が疼いたのか、心配になる。
気を使っているのか、誰も起こしに来なかった。それと腕の痛みを理由に、また夢の中へと落ちていった。
「旲瑓!怪我は平気なの?」
永寧長公主が忙しさの合間を縫って、見舞いに来てくれた。
「あぁ………だが、まだ腕が痛むんだ。」
旲瑓は腕を摩って見せた。細い腕に包帯が巻かれていた。血が滲んでいた。
「痛いでしょうね。」
永寧は包帯を解き、薬を塗ってやった。包帯を巻く際、きつく締めすぎたのか、旲瑓に痛い、と言われてしまった。
「姉さんは平気なのかい、私を助けてくれたのに。」
「平気よ。この通り、無傷だわ。」
嘘である。湯浴みする際に、過擦り傷を見つけてしまった。腕を切られた彼と比べれば何でもなかったので、言わないでいた。
永寧は旲瑓の髪を撫でた。
「可哀想な旲瑓。」
頭の少し下で乱雑に切られていた。それを紙紐で結っていた。
「別に平気だよ。これくらい。」
髪が短いせいだろうか。それとも、彼が怪我を負っているせいなのか、分からない。ただ、彼がいつもよりずっと幼く見えた。
永寧は旲瑓の紙紐を解いた。
「私が合図するまで、目を瞑っていてね。瞼を開けちゃ駄目よ。」
旲瑓は素直に目を閉じた。
永寧は髪を解いて、懐の短刀で少し、裾を切った。そして、それを紙紐で結び、頭の頂で結い、簪を挿してやった。自分の髪を髢にしたのだ。
「目を開けて。」
目を開いて見たが、特に変化はなかった。だが、頭の天辺で髪が結えられているのに気がついた。そう言えば、永寧の髪が少しだけ短くなっている気がする。
「姉さん!まさか!」
「良いの良いの。どうせ切るつもりだったし。長すぎて、歩くの大変なのよね。」
頭を掻きながら、永寧長公主は笑った。
月見の宴の前夜、永寧長公主が太后の宮の前で倒れているのを発見した。
身包み剥がされて、衣一枚、また、髪も乱れて簪も抜かれていた。金物は総て奪われて、息も絶え絶えに。
すぐに自分の宮に運んで、医官に診させた。毒を盛られていたらしい。幸いなのは、長公主自身が気がついて、直ぐに吐き出したことだった。
流石に怒って、太后に言った。「何故永寧長公主を殺そうとしたのか」と。
太后は言った。「宗室にいるべき人間じゃないの」と。
長公主を殺そうとするのは、決まって太后だった。貴方の為よと旲瑓に言っているが、違う。だったら、何故何度も命を救ってくれた姉を殺すのかずっと疑問に思っていた。
ああ、そうか。一つ分かった。何故永寧長公主が武芸の手練にまでなったのか。簡単だ。守ってくれる人がいなかったからだ。
自分の身を自分で守るしかない。大怪我をしようと、死にかけようと、気に掛けてくれる者はいない。だから、強くならなくてはならなかったのだ。
初めて見上げた姉は、賢く、強く、美しい姉だった。だが、それが、自分の生命を守るための手段だったことを、今では知っている。
永寧長公主は降嫁出来なかった。太后が根回ししていたらしい。だから、永寧長公主を嫌っている、当時の櫖家の当主に嫁がせたのだ。それにより、永寧長公主が自害しようとしたのを、太后はほくそ笑みながら聞いていたのだろう。熟々、憐れな公主だ。
「ん?」
髪をわしゃわしゃと乱された。昔、何度もやられていた。三人の姉公主では嫌だったが、永寧長公主ではちっとも嫌ではなかった。
ぎゅっと永寧長公主に抱きつかれた。
「大きくなったわねぇ…………」
まるで、息子の成長を喜ぶ母親の様だった。
「もう、私は守ってやれない…………」
しみじみと、長公主は言った。
昔は、旲瑓が永寧にすっぽりと抱かれていた。まだ背も低く、小柄だった。
今となっては、それが逆転していた。疾うに永寧を超してしまった。永寧は旲瑓の胸に顔を埋めていた。
「自分の生命が守れるくらい、強くなって欲しかった。」
旲瑓は永寧長公主を守れない。旲瑓が弱く、また永寧長公主が強すぎるのだ。
本人は言っていなかったが、知っていた。衣の下、白い柔肌には、傷が多くあると。
「私がいつまでも生きいるわけじゃないの。」
まるで、今にも消えてしまいそうだった。気丈な娘だが、旲瑓の前では、ふと、儚げで憂いのある顔をすることもある。
抱きつかれて、抱き返した。随分と細かった。そして、思ったよりも小さかった。昔、大きく見えていた人は、こんなにも小さかったのだと、改めて実感してしまった。
「どうしたの?」
旲瑓は永寧長公主の肩に、顔を擦った。昔、甘えていた時によくやっていた。
「甘えてるの?」
分かっていた様だ。口調も、母性に溢れていた。自分もこの姉を、母の様に感じていた。
「もう、そんな歳じゃあないでしょう?」
永寧長公主はまた旲瑓をそっと撫でた。
婚期を逃してしまった。降嫁出来なかった。だから、年の離れた異母弟を、吾我子と思い、息子の様に可愛がり、守った。弟兼息子が、愛する人になり変わったのは、いつだったか。
気がついてしまった。
気が付かなくても、良いのに。知らない方が、幸せなのに。
榮氏や圓氏を見て、やはり、感じるのは、永寧長公主の面影だった。
言ってはならない。勘づかれてはならない。
それに、言ってしまったら、妃達には恨まれてしまうのだろう。
『総ての妃は、永寧長公主の、身代わりだ』と。
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