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昭儀
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「お招き頂きましたこと、誠に嬉しく存じますわ。」
昭儀は恭しく、榮氏に頭を垂れた。
圓稜鸞昭儀。十七。圓寳闐賢妃とは同い歳で、従姉妹にあたる。
それが、皆の知る昭儀のことだった。
「どうぞ、腰をかけて。楽にしてね。」
榮氏は侍女に、茶を運んで来るように言いつけていた。
(これが、榮莉鸞妃。)
昭儀から見た榮氏は、圓氏と全く逆の様だ。華やかで、朗らかで、とても良い娘だと思った。
(寳闐とも面識があるらしいけれど、俐のことは知ってるのかしら。)
圓氏が榮氏の宮で自害しかけたと噂で聞いたことがある。
昭儀は笑った。榮氏にカマをかけてみようと、策した。
「徳妃様?」
「えぇ、何?」
「榮徳妃様は、賢妃を知っておられますか?」
「勿論。圓寳闐殿ね。其方の従姉妹だったわね。で、確か、其方は圓稜鸞殿でしょう?違うかしら。」
いいえ、そうですわ、と稜鸞昭儀。
「でも、同族が、二人も同時に妃を輩出するとはね。後宮でも、よく言われるでしょう?何故、と。」
前々から、榮氏も不思議に思っていた。圓寳闐がいるのに、更に圓家は妃を、と。それでは、圓寳闐の面子を潰すのではないかと。
「仕方がないではありませんこと?」
昭儀は榮氏の思考を読んだらしい。それとも、経験からそう言ったのか。
「寳闐は妃としての役割を果たすつもりはなかったのですから。これも、圓家の為です。だから、このわたくしが参ったことに御座いましてよ?」
分かりきったことだったので、榮氏は気にせず茶を飲んでいた。
「そういえば、御存知でしょうか、徳妃様?」
「?」
「寳闐には、昔、想い人がいました。それを想っているらしいのです。毎夜毎夜、女官が気味悪がっています。鬼と戯れている、と。」
動揺しているのを見せぬ様、手に力を入れた。
「嫌な話ですわ。賢妃とあろう者が、そんなこと。ほほほ。」
稜鸞はとても上品だ。だが、その下にある物を、榮氏は見ていた。
「二心あるままに後宮に入るなぞ、不徳も甚だしいのではありませんこと?それなら、わたくし、寳闐の役割を譲って頂きたくて。」
そうね、と榮氏は茶を卓に置いた。
「稜鸞妃。」
そう呼ばれた昭儀は、ビクッと肩を震えさせた。如何してそう呼んだのか、分かったのか、分からないのか。
「其方とて妃の一人だろう。言いたいことばかり口にしていると、いつか身を滅ぼすわよ。」
「…………」
「妾は、賢妃………寳闐殿は潔いと思うわ。それに、あれは思慮深い人よ。だから、自分から言ったりしなかったわよね。」
「それは。」
「寳闐殿は分かっているの。自分の身分を。だからこそ、想い人を諦めて、この後宮に来たのよ。でなきゃ、こんな所に来ようと思わないわ。」
落ち着いた口調だったが、何処か逆らえない雰囲気だった。
「で、でも、死人と戯れているのは?如何?気持ちが悪いわ。徳妃様、貴女様もそう思われるでしょう?この噂を聞きまして。」
昭儀は幼い。妃なら、もう少し思慮深くても良いのに。悪知恵ばかりはたらくのだ。
「知らないわ。」
昭儀は吃驚、目を見開いた。
「寳闐がどう思っているか、分かりますでしょう?」
「知らないわ。」
その後、幾つも問い詰められたが、全てを「知らないわ」で徹した。
「寳闐殿も憐れなお人よ。」
昭儀はやはり驚いている。そんなに人を憐れむのは、おかしなことなのか。
「初恋というのは、特別で、ずっと心に残る物なのよ。それを心の奥深くに仕舞っておくのの、何が悪いのかしら。」
圓氏のことを、随分と誤解していたらしい。本当は、賢しい人だったのだ。
「徳妃様も、二心がおありで?」
「いいえ。」
即座に応えた。そんな筈はない、と。
「妾は、十になる頃には部屋に閉じ込められていたの。侍女以外、見たことは無かったわ。」
「…………それは、憐れな。」
「それに、寳闐殿を責めてはいけないわ。何かを手に入れるなら、何かを犠牲にしなければならない。それを、あのお人は十分に知っている。」
圓氏は、恋を手に入れる為に、自分の全てを捨てようとした。しかし、それは叶わなかった。妃の位を手にしたが、心を失ってしまった。
「自分の希望を叶えるなら、名も、手も、自ら穢さなくてはならないの。それを、其方は知らないでしょう?」
「貴女様は、何を?」
昭儀は遠慮せずに聞いてきた。本当は、応えたくないのだが、言ってしまった手前、黙れない。
「妾は、己の命を賭けました。自由を手にする為に、母親、その再婚相手、その娘を殺めました。そして、罪人として、殺されました。だから、妾のこの手は、血で染まって穢れている。」
榮氏は両手を見て、やれやれと首を振った。この後宮で、一番穢らわしいのは、己だ。下人でもない、榮氏なのだ。
「それくらいの気概が無いと、この世の中生きてゆけないのよ。」
目の端で、薄らと影が揺らいだ。
「そうで御座いましょう?」
影の主は、ビクリと肩を揺らした。こっそりと話を聞いていたのに、バレバレだったらしい。
「旲瑓様?」
昭儀は恭しく、榮氏に頭を垂れた。
圓稜鸞昭儀。十七。圓寳闐賢妃とは同い歳で、従姉妹にあたる。
それが、皆の知る昭儀のことだった。
「どうぞ、腰をかけて。楽にしてね。」
榮氏は侍女に、茶を運んで来るように言いつけていた。
(これが、榮莉鸞妃。)
昭儀から見た榮氏は、圓氏と全く逆の様だ。華やかで、朗らかで、とても良い娘だと思った。
(寳闐とも面識があるらしいけれど、俐のことは知ってるのかしら。)
圓氏が榮氏の宮で自害しかけたと噂で聞いたことがある。
昭儀は笑った。榮氏にカマをかけてみようと、策した。
「徳妃様?」
「えぇ、何?」
「榮徳妃様は、賢妃を知っておられますか?」
「勿論。圓寳闐殿ね。其方の従姉妹だったわね。で、確か、其方は圓稜鸞殿でしょう?違うかしら。」
いいえ、そうですわ、と稜鸞昭儀。
「でも、同族が、二人も同時に妃を輩出するとはね。後宮でも、よく言われるでしょう?何故、と。」
前々から、榮氏も不思議に思っていた。圓寳闐がいるのに、更に圓家は妃を、と。それでは、圓寳闐の面子を潰すのではないかと。
「仕方がないではありませんこと?」
昭儀は榮氏の思考を読んだらしい。それとも、経験からそう言ったのか。
「寳闐は妃としての役割を果たすつもりはなかったのですから。これも、圓家の為です。だから、このわたくしが参ったことに御座いましてよ?」
分かりきったことだったので、榮氏は気にせず茶を飲んでいた。
「そういえば、御存知でしょうか、徳妃様?」
「?」
「寳闐には、昔、想い人がいました。それを想っているらしいのです。毎夜毎夜、女官が気味悪がっています。鬼と戯れている、と。」
動揺しているのを見せぬ様、手に力を入れた。
「嫌な話ですわ。賢妃とあろう者が、そんなこと。ほほほ。」
稜鸞はとても上品だ。だが、その下にある物を、榮氏は見ていた。
「二心あるままに後宮に入るなぞ、不徳も甚だしいのではありませんこと?それなら、わたくし、寳闐の役割を譲って頂きたくて。」
そうね、と榮氏は茶を卓に置いた。
「稜鸞妃。」
そう呼ばれた昭儀は、ビクッと肩を震えさせた。如何してそう呼んだのか、分かったのか、分からないのか。
「其方とて妃の一人だろう。言いたいことばかり口にしていると、いつか身を滅ぼすわよ。」
「…………」
「妾は、賢妃………寳闐殿は潔いと思うわ。それに、あれは思慮深い人よ。だから、自分から言ったりしなかったわよね。」
「それは。」
「寳闐殿は分かっているの。自分の身分を。だからこそ、想い人を諦めて、この後宮に来たのよ。でなきゃ、こんな所に来ようと思わないわ。」
落ち着いた口調だったが、何処か逆らえない雰囲気だった。
「で、でも、死人と戯れているのは?如何?気持ちが悪いわ。徳妃様、貴女様もそう思われるでしょう?この噂を聞きまして。」
昭儀は幼い。妃なら、もう少し思慮深くても良いのに。悪知恵ばかりはたらくのだ。
「知らないわ。」
昭儀は吃驚、目を見開いた。
「寳闐がどう思っているか、分かりますでしょう?」
「知らないわ。」
その後、幾つも問い詰められたが、全てを「知らないわ」で徹した。
「寳闐殿も憐れなお人よ。」
昭儀はやはり驚いている。そんなに人を憐れむのは、おかしなことなのか。
「初恋というのは、特別で、ずっと心に残る物なのよ。それを心の奥深くに仕舞っておくのの、何が悪いのかしら。」
圓氏のことを、随分と誤解していたらしい。本当は、賢しい人だったのだ。
「徳妃様も、二心がおありで?」
「いいえ。」
即座に応えた。そんな筈はない、と。
「妾は、十になる頃には部屋に閉じ込められていたの。侍女以外、見たことは無かったわ。」
「…………それは、憐れな。」
「それに、寳闐殿を責めてはいけないわ。何かを手に入れるなら、何かを犠牲にしなければならない。それを、あのお人は十分に知っている。」
圓氏は、恋を手に入れる為に、自分の全てを捨てようとした。しかし、それは叶わなかった。妃の位を手にしたが、心を失ってしまった。
「自分の希望を叶えるなら、名も、手も、自ら穢さなくてはならないの。それを、其方は知らないでしょう?」
「貴女様は、何を?」
昭儀は遠慮せずに聞いてきた。本当は、応えたくないのだが、言ってしまった手前、黙れない。
「妾は、己の命を賭けました。自由を手にする為に、母親、その再婚相手、その娘を殺めました。そして、罪人として、殺されました。だから、妾のこの手は、血で染まって穢れている。」
榮氏は両手を見て、やれやれと首を振った。この後宮で、一番穢らわしいのは、己だ。下人でもない、榮氏なのだ。
「それくらいの気概が無いと、この世の中生きてゆけないのよ。」
目の端で、薄らと影が揺らいだ。
「そうで御座いましょう?」
影の主は、ビクリと肩を揺らした。こっそりと話を聞いていたのに、バレバレだったらしい。
「旲瑓様?」
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