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琵琶
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微かに、美しい音色が耳に入った。どうやら、誰かが琵琶を奏でているらしい。
(琵琶の名手…………)
後宮の中には、楽器の得意な娘は多い。教養の一つでもあるからだ。
琵琶が得意なのは、黎貴人が有名だが、実は榮氏も得意だった。
「徳妃。」
やはり。琵琶を弾いていたのは、榮氏だった。
「あら。旲瑓様。ご機嫌麗しゅう。」
榮氏は微笑んで、主を歓迎した。
「お前は琵琶が得意なんだね。」
「そうです。妾の一部みたいなものですわ。」
「他に得意なことはあるのかい?お前のことは、あまりは知らないから。」
旲瑓は、後宮に入った人に早く慣れようとしている。それよりも先に入ってきた榮氏、圓氏さえ、あまり知らないらしい。
「妾は、楽器は得意です。ですが、琴だけは苦手です。それに、一番得意なことは、舞です。殆ど舞えますが、剣舞関係はどうも苦手ですわ。」
恥ずかしそうに言うと、何を思ったか、旲瑓が吹き出した。
「な、如何しましたの!?」
彼は腹を抱えて笑いだした。形の良い目尻には、涙が溜まっていた。
「いや、だっ、だって、永寧姉さんとまったく逆なんだもの。そりゃあ、笑ってしまう。」
「永寧長公主?」
「あはは。姉さんは、琴しか弾けないし、舞も剣舞関連しか舞えないんだ。あとは、ギリギリの及第点じゃないか?」
旲瑓の笑っているのを、久しぶりに見た。普段は、上辺だけの笑みを浮かべることも多かった。
「最近は賢妃とも諍いはないのだね。前は、あからさまに嫌っていた様だけど。」
旲瑓は嬉しそうだ。二人の夫人に争われるのも、辛いだろう。実際は圓氏は何も望んでいないが。
「賢妃殿も哀れだと思いましたわ。そんなお人を、いちいち怒鳴り散らすなぞ、あまりよろしゅうないでしょう?」
「感心した。良い心がけだな。」
「あ、ですが、俐才人と瑜才人が、舞に関して、調子に乗り、“わたくしが後宮一の舞姫よ!”なんてぼやくので、“お黙り、それは妾よ!”と言い返してやりました。」
旲瑓は頭を抱えた。どうやら、言い過ぎてしまったらしい。
「俐才人は、賢妃と仲が良いらしいな。賢妃はあまり人を寄せ付けたがらない性なのに。如何したのだろうか。」
旲瑓はうんうんと唸りながら、考えている。ロン、と琵琶を弾く音がした。
「此処は妾の宮です。あまり他のお妃のことは、聞きとうありませぬ。畏れ多きことなれ、申させて頂きますわ。」
(正論だ。)
旲瑓はすまないね、と謝って、長椅子に倒れ込んだ。お疲れの様だ。
「寝台を御用意なさい。」
隣に控えていた侍女を呼びつけた。
「くれぐれも、妾とこの御仁の気に入らぬことは、せぬようにな。」
榮氏は、御立腹だ。他のお妃が話に出たのを、あまりよろしく思っていないのだろう。
琵琶は、嫌いだ。
全てを思い出してしまうから。
白い衣裳の令嬢が言っていた。腰に、碧玉が結んであった。妃の体面を保てるか否か、わからない程地味な妃だ。
琵琶を聴くと懐かしく思う。
弾きたいが、弾けない。だから、記憶の中の音を辿るのだ。
下界の東方の国の衣装を召した姫君が言っていた。昔に比べると、随分と女々しくなってしまったらしい。娘時代、人の苦は、全て味わってしまったのかもしれない。
琵琶は、自分の一部みたいなものだ。
血染めの舞姫は言っていた。
珍しい碧眼はまっすぐと前を向いていたが、この舞姫も、哀れだと思った。
三人の“何処か欠けてしまった”女達。それを、どう扱えば良いのやら。
「大変になるなぁ。」
そっと溜め息をついた。
(琵琶の名手…………)
後宮の中には、楽器の得意な娘は多い。教養の一つでもあるからだ。
琵琶が得意なのは、黎貴人が有名だが、実は榮氏も得意だった。
「徳妃。」
やはり。琵琶を弾いていたのは、榮氏だった。
「あら。旲瑓様。ご機嫌麗しゅう。」
榮氏は微笑んで、主を歓迎した。
「お前は琵琶が得意なんだね。」
「そうです。妾の一部みたいなものですわ。」
「他に得意なことはあるのかい?お前のことは、あまりは知らないから。」
旲瑓は、後宮に入った人に早く慣れようとしている。それよりも先に入ってきた榮氏、圓氏さえ、あまり知らないらしい。
「妾は、楽器は得意です。ですが、琴だけは苦手です。それに、一番得意なことは、舞です。殆ど舞えますが、剣舞関係はどうも苦手ですわ。」
恥ずかしそうに言うと、何を思ったか、旲瑓が吹き出した。
「な、如何しましたの!?」
彼は腹を抱えて笑いだした。形の良い目尻には、涙が溜まっていた。
「いや、だっ、だって、永寧姉さんとまったく逆なんだもの。そりゃあ、笑ってしまう。」
「永寧長公主?」
「あはは。姉さんは、琴しか弾けないし、舞も剣舞関連しか舞えないんだ。あとは、ギリギリの及第点じゃないか?」
旲瑓の笑っているのを、久しぶりに見た。普段は、上辺だけの笑みを浮かべることも多かった。
「最近は賢妃とも諍いはないのだね。前は、あからさまに嫌っていた様だけど。」
旲瑓は嬉しそうだ。二人の夫人に争われるのも、辛いだろう。実際は圓氏は何も望んでいないが。
「賢妃殿も哀れだと思いましたわ。そんなお人を、いちいち怒鳴り散らすなぞ、あまりよろしゅうないでしょう?」
「感心した。良い心がけだな。」
「あ、ですが、俐才人と瑜才人が、舞に関して、調子に乗り、“わたくしが後宮一の舞姫よ!”なんてぼやくので、“お黙り、それは妾よ!”と言い返してやりました。」
旲瑓は頭を抱えた。どうやら、言い過ぎてしまったらしい。
「俐才人は、賢妃と仲が良いらしいな。賢妃はあまり人を寄せ付けたがらない性なのに。如何したのだろうか。」
旲瑓はうんうんと唸りながら、考えている。ロン、と琵琶を弾く音がした。
「此処は妾の宮です。あまり他のお妃のことは、聞きとうありませぬ。畏れ多きことなれ、申させて頂きますわ。」
(正論だ。)
旲瑓はすまないね、と謝って、長椅子に倒れ込んだ。お疲れの様だ。
「寝台を御用意なさい。」
隣に控えていた侍女を呼びつけた。
「くれぐれも、妾とこの御仁の気に入らぬことは、せぬようにな。」
榮氏は、御立腹だ。他のお妃が話に出たのを、あまりよろしく思っていないのだろう。
琵琶は、嫌いだ。
全てを思い出してしまうから。
白い衣裳の令嬢が言っていた。腰に、碧玉が結んであった。妃の体面を保てるか否か、わからない程地味な妃だ。
琵琶を聴くと懐かしく思う。
弾きたいが、弾けない。だから、記憶の中の音を辿るのだ。
下界の東方の国の衣装を召した姫君が言っていた。昔に比べると、随分と女々しくなってしまったらしい。娘時代、人の苦は、全て味わってしまったのかもしれない。
琵琶は、自分の一部みたいなものだ。
血染めの舞姫は言っていた。
珍しい碧眼はまっすぐと前を向いていたが、この舞姫も、哀れだと思った。
三人の“何処か欠けてしまった”女達。それを、どう扱えば良いのやら。
「大変になるなぁ。」
そっと溜め息をついた。
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