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春節
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春がやって来た。
後宮では、春の宴を毎年開いていた。春とは言えど、まだ少し寒かった。
「姉さん、何!?その恰好。」
永寧公主はその日、二十六になった。普段から落ち着いた色の衣裳しか召さないお人だったが、娘の様に髪をおろさず、全て後ろで結っていた。それが妙に似合っていた。
「もう、いつもの恰好するのは若過ぎるかもしれないと思って。」
永寧公主は絹団扇を手に、上品に笑って見せた。
「旲瑓。貴方も似合っているわよ。そのお衣裳。母君様が仕立てて下さったの?」
旲瑓は群青の衣裳を召した。宝冠を頭に抱く彼を久しぶりに見たが、相変わらずよく似合っていた。
旲瑓は笑った。今年十八になった彼の浮かべた笑は、まだ年相応にあどけなかった。
「二人のお妃殿に、春節の拝礼はさせたの?」
「いいや、まだだ。二人ともまだ入宮してまだ間もないからね。春の宴も初めてだ。慣れないと思うから、私が行こうと思うよ。」
優しい弟だと思った。そして、美しい弟だと思った。だが、それを弟と見るのは何だか複雑な心境になった。
最初に向かったのは、榮賢妃の元だった。相変わらず紅い衣裳の良く似合う女で、澄んだ碧眼は真っ直ぐ目の前を見ていた。
(よくここまで持ち直したな。)
永寧公主は感心してしまった。数月前に見た榮氏は、人間味を持っておらず、化け物に成り果てたからなのか、表情もそれなりに恐ろしかった。恐ろしい程に美しかったのだ。
旲瑓は榮氏に、徳妃の位を与えようとしていた。それを、永寧公主がとめていた。
四夫人には、名の通り、四つの位がある。上から、貴妃、淑妃、徳妃、賢妃だ。
大差は無いが、より前なから仕えていた圓氏を差し置いて榮氏を重んじれば、何かしらの弊害があるのではないかと諭した。
「榮氏により高い位を与えたいなら、もう少し様子を見てからになさいよ。」
旲瑓が王位を得るまで、もう妃は入内しないであろう。そもそも、二人に位を与えている時点で珍しいのだ。
父は旲瑓が十八になったら位を譲ると言った。きっと、近いうちに吉日を選んで正式な式を行うのだろう。
春の宴の翌吉日。旲瑓は父から位を譲られ、玉座に座った。
圓賢妃、榮賢妃は特別扱いのまま、多くの妃が入内した。やはり榮賢妃の寵愛は凄まじく、すぐに榮氏は格上の徳妃を与えられた。
それに伴い、永寧公主は長公主の位についた。それからは、永寧長公主と呼ばれるようになる。
「賢妃様を差し置いて、出しゃばって。さしがましいわ。」
格下の妃嬪は圓氏について、榮氏を酷く批判していた。それを、榮氏は気丈に受け止めていた。
「徳妃様は何を考えていらっしゃるのかしら。一人目立って、それを恥だと思わないのかしら。」
永寧長公主は、仙女の仮面を被った悍ましい女達を、侮蔑の目で見ていた。
それと………
「見て。永寧長公主様よ。」
「またいらっしゃったのね。」
「もう、二十六におなりですって。もうすぐ三十路よ。」
「まだ後宮にいらっしゃるのね。」
くすくすと笑っている妃嬪達。笑い方は上品だが、とても下品な女達だ。それを永寧長公主は見ていた。背を向けた。妃嬪達が言っていることは本当のことなので、聞きたくないと思った。
永寧長公主は彼女等を不敬罪で罰することが出来る立場にある。だが、それをしなかった。
旲瑓が位について、幾らか経った頃である。彼は永寧宮に足を運んだ。
「態々来られたのだもの。何かあるのね?そうでしょう?」
永寧長公主は長椅子に優雅に寛いでいた。
「姉さんは、やはり凄いね。」
「だてに姉をやっているわけではないもの。それくらい読めるわ。」
永寧長公主は永寧長公主だ。歳をとっても変わらない。
「折り入って、頼みがあってね。」
旲瑓は永寧長公主に耳打ちした。
(………………………)
この国では、女も王位の継承権を持つ。勿論直系の男子が優先されるが、跡継ぎがいない場合は、中継ぎの目的で女東宮を立てることも出来る。
最近、この国では、男子は一人ずつしかいない。そのため、よく女東宮を立てる。第一長公主の特権だった。
「成程ね、それを、私に?」
永寧長公主はにたりと笑った。
そのまた次の吉日。永寧長公主が東宮に立つ。あからさまな中継ぎ東宮だった。
永寧長公主は後宮を出ることは出来ない為、永寧宮を拡張し、そこに継続して住まうこととなった。
後宮では、春の宴を毎年開いていた。春とは言えど、まだ少し寒かった。
「姉さん、何!?その恰好。」
永寧公主はその日、二十六になった。普段から落ち着いた色の衣裳しか召さないお人だったが、娘の様に髪をおろさず、全て後ろで結っていた。それが妙に似合っていた。
「もう、いつもの恰好するのは若過ぎるかもしれないと思って。」
永寧公主は絹団扇を手に、上品に笑って見せた。
「旲瑓。貴方も似合っているわよ。そのお衣裳。母君様が仕立てて下さったの?」
旲瑓は群青の衣裳を召した。宝冠を頭に抱く彼を久しぶりに見たが、相変わらずよく似合っていた。
旲瑓は笑った。今年十八になった彼の浮かべた笑は、まだ年相応にあどけなかった。
「二人のお妃殿に、春節の拝礼はさせたの?」
「いいや、まだだ。二人ともまだ入宮してまだ間もないからね。春の宴も初めてだ。慣れないと思うから、私が行こうと思うよ。」
優しい弟だと思った。そして、美しい弟だと思った。だが、それを弟と見るのは何だか複雑な心境になった。
最初に向かったのは、榮賢妃の元だった。相変わらず紅い衣裳の良く似合う女で、澄んだ碧眼は真っ直ぐ目の前を見ていた。
(よくここまで持ち直したな。)
永寧公主は感心してしまった。数月前に見た榮氏は、人間味を持っておらず、化け物に成り果てたからなのか、表情もそれなりに恐ろしかった。恐ろしい程に美しかったのだ。
旲瑓は榮氏に、徳妃の位を与えようとしていた。それを、永寧公主がとめていた。
四夫人には、名の通り、四つの位がある。上から、貴妃、淑妃、徳妃、賢妃だ。
大差は無いが、より前なから仕えていた圓氏を差し置いて榮氏を重んじれば、何かしらの弊害があるのではないかと諭した。
「榮氏により高い位を与えたいなら、もう少し様子を見てからになさいよ。」
旲瑓が王位を得るまで、もう妃は入内しないであろう。そもそも、二人に位を与えている時点で珍しいのだ。
父は旲瑓が十八になったら位を譲ると言った。きっと、近いうちに吉日を選んで正式な式を行うのだろう。
春の宴の翌吉日。旲瑓は父から位を譲られ、玉座に座った。
圓賢妃、榮賢妃は特別扱いのまま、多くの妃が入内した。やはり榮賢妃の寵愛は凄まじく、すぐに榮氏は格上の徳妃を与えられた。
それに伴い、永寧公主は長公主の位についた。それからは、永寧長公主と呼ばれるようになる。
「賢妃様を差し置いて、出しゃばって。さしがましいわ。」
格下の妃嬪は圓氏について、榮氏を酷く批判していた。それを、榮氏は気丈に受け止めていた。
「徳妃様は何を考えていらっしゃるのかしら。一人目立って、それを恥だと思わないのかしら。」
永寧長公主は、仙女の仮面を被った悍ましい女達を、侮蔑の目で見ていた。
それと………
「見て。永寧長公主様よ。」
「またいらっしゃったのね。」
「もう、二十六におなりですって。もうすぐ三十路よ。」
「まだ後宮にいらっしゃるのね。」
くすくすと笑っている妃嬪達。笑い方は上品だが、とても下品な女達だ。それを永寧長公主は見ていた。背を向けた。妃嬪達が言っていることは本当のことなので、聞きたくないと思った。
永寧長公主は彼女等を不敬罪で罰することが出来る立場にある。だが、それをしなかった。
旲瑓が位について、幾らか経った頃である。彼は永寧宮に足を運んだ。
「態々来られたのだもの。何かあるのね?そうでしょう?」
永寧長公主は長椅子に優雅に寛いでいた。
「姉さんは、やはり凄いね。」
「だてに姉をやっているわけではないもの。それくらい読めるわ。」
永寧長公主は永寧長公主だ。歳をとっても変わらない。
「折り入って、頼みがあってね。」
旲瑓は永寧長公主に耳打ちした。
(………………………)
この国では、女も王位の継承権を持つ。勿論直系の男子が優先されるが、跡継ぎがいない場合は、中継ぎの目的で女東宮を立てることも出来る。
最近、この国では、男子は一人ずつしかいない。そのため、よく女東宮を立てる。第一長公主の特権だった。
「成程ね、それを、私に?」
永寧長公主はにたりと笑った。
そのまた次の吉日。永寧長公主が東宮に立つ。あからさまな中継ぎ東宮だった。
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