5 / 126
下界
しおりを挟む
榮氏は血迷った目をして、歩いていた。舞衣裳はドロドロに汚れ、裸足は無残に傷をつけていた。
身内を殺め、幾日経ったのか、分からなかった。
あの後、すぐに捕まってしまった。しかし、今は自由の身だ。
(どうなっているのやら。)
体が軽くなった様な気がした。そして、気がついた。
(妾は、死んだ。)
押し込められた牢獄から抜け出したのではない。首を切られて、魂が出ていったのだ。
ひたすらに足を進めて、やっとたどり着いた先は、霧の中だった。
(何処よ。)
一度だけ、自分の死体を見た。腐りきっていた。そのまま、晒されていた。
それから逃げる様に去った。見苦しくて、たまらなかった。榮莉鸞という娘は、死んだ。この世から未練を残し、死んでしまった。
母も継父も、勿論雀斑女も、地獄に墜ちただろう。
(大好きな筍掘ってられるんだから、満足でしょ。)
雀斑女に対して、そんなことを考えながら笑っていた。
継父は、火の中を落ち続けているのだろうか。殺人罪まであるこれは、そうとうのものを課せられるだろう。まず、二千年かけて地に落ちる。そして、その先では舌を牛に踏みつけられるとかなんとか。
本来なら、己も地獄に、堕ちるはずだった。
堕ちなかった代わりに、人の魂を喰らう化け物に成り果てていた。
手当り次第、通りかかった人間を捕まえ、魂を吸い取って殺してしまった。
『人の不幸は蜜の味』
人はそう言う。だが、確かにそれは正しかった。人の魂は美味だった。
そんな日々がどれだけ続いたのだろうか。すっかり、理性は失せて、自分の腹を満たすことだけを考えるようになった。
「誰かある。」
若い人間の声がした。久しぶりに、美味しく頂けそうだと、榮氏は心が弾んだ。
「もし。」
提灯を手にした青年は、白い紗を被った若い女を見つけた。
「此処は何処なのか、そち、知っておるか。」
青年の口調から、身分の高さが伺えた。
「此処は、九泉 と現し世の境に御座いますわ。」
嘘の様な、本当の話である。
「迷い込まれたのですね。まだ、貴方が来るべき場所ではありませんのに。戻られるならば、御案内致しましょうか、若君。」
女は手を差し伸べる。青年は手を取った。
霧が深く、一寸先も見えない。
視界が悪いのを良しに、女は青年の後ろに回って、首に手をかけた。そして、魂を吸い取ろうとした。
(…………?)
榮氏は吃驚した。
青年は魂を吸われても、いっこうに倒れない。
(何故だ?)
榮氏は青年を突き飛ばした。青年はぐらりと姿勢をくずし、転びそうになった。
「何故なのだ?」
青年は笑った。それに、榮氏はほんの少し、恐怖を感じた。
「榮莉鸞という娘だね、其方は。」
榮氏は目を見開いた。後退りをしながら、何かを呟いている。
「如何して、如何して知って………」
「別に、知っていたわけではないんだよ。ピンときただけ。」
そんな。榮氏はガクリと項垂れた。
「一つ言っておこうか。榮氏。其方は沢山の人間の魂を吸ってきたようだ。だがしかし、それで死なぬ者も数少ないが、存在するのだ。私の様にな。」
涙を流す娘を、旲瑓は憐れに思った。
(この娘は、処刑されて死んだのだ。その原因となった親を恨んでおろう。九泉と現し世の境で彷徨って、化け物に化すなど、報われないな…………)
旲瑓は崩れ落ちた榮氏を見下ろした。確かに美しい娘だ。それに、気が強そうな顔をしている。何となく、そう思った。
「榮氏。」
旲瑓は榮氏に手を差し伸べた。
「此方に来ないか?」
榮氏はやはり驚いていた。だが、少し考えると、旲瑓に手を伸ばしていた。
身内を殺め、幾日経ったのか、分からなかった。
あの後、すぐに捕まってしまった。しかし、今は自由の身だ。
(どうなっているのやら。)
体が軽くなった様な気がした。そして、気がついた。
(妾は、死んだ。)
押し込められた牢獄から抜け出したのではない。首を切られて、魂が出ていったのだ。
ひたすらに足を進めて、やっとたどり着いた先は、霧の中だった。
(何処よ。)
一度だけ、自分の死体を見た。腐りきっていた。そのまま、晒されていた。
それから逃げる様に去った。見苦しくて、たまらなかった。榮莉鸞という娘は、死んだ。この世から未練を残し、死んでしまった。
母も継父も、勿論雀斑女も、地獄に墜ちただろう。
(大好きな筍掘ってられるんだから、満足でしょ。)
雀斑女に対して、そんなことを考えながら笑っていた。
継父は、火の中を落ち続けているのだろうか。殺人罪まであるこれは、そうとうのものを課せられるだろう。まず、二千年かけて地に落ちる。そして、その先では舌を牛に踏みつけられるとかなんとか。
本来なら、己も地獄に、堕ちるはずだった。
堕ちなかった代わりに、人の魂を喰らう化け物に成り果てていた。
手当り次第、通りかかった人間を捕まえ、魂を吸い取って殺してしまった。
『人の不幸は蜜の味』
人はそう言う。だが、確かにそれは正しかった。人の魂は美味だった。
そんな日々がどれだけ続いたのだろうか。すっかり、理性は失せて、自分の腹を満たすことだけを考えるようになった。
「誰かある。」
若い人間の声がした。久しぶりに、美味しく頂けそうだと、榮氏は心が弾んだ。
「もし。」
提灯を手にした青年は、白い紗を被った若い女を見つけた。
「此処は何処なのか、そち、知っておるか。」
青年の口調から、身分の高さが伺えた。
「此処は、九泉 と現し世の境に御座いますわ。」
嘘の様な、本当の話である。
「迷い込まれたのですね。まだ、貴方が来るべき場所ではありませんのに。戻られるならば、御案内致しましょうか、若君。」
女は手を差し伸べる。青年は手を取った。
霧が深く、一寸先も見えない。
視界が悪いのを良しに、女は青年の後ろに回って、首に手をかけた。そして、魂を吸い取ろうとした。
(…………?)
榮氏は吃驚した。
青年は魂を吸われても、いっこうに倒れない。
(何故だ?)
榮氏は青年を突き飛ばした。青年はぐらりと姿勢をくずし、転びそうになった。
「何故なのだ?」
青年は笑った。それに、榮氏はほんの少し、恐怖を感じた。
「榮莉鸞という娘だね、其方は。」
榮氏は目を見開いた。後退りをしながら、何かを呟いている。
「如何して、如何して知って………」
「別に、知っていたわけではないんだよ。ピンときただけ。」
そんな。榮氏はガクリと項垂れた。
「一つ言っておこうか。榮氏。其方は沢山の人間の魂を吸ってきたようだ。だがしかし、それで死なぬ者も数少ないが、存在するのだ。私の様にな。」
涙を流す娘を、旲瑓は憐れに思った。
(この娘は、処刑されて死んだのだ。その原因となった親を恨んでおろう。九泉と現し世の境で彷徨って、化け物に化すなど、報われないな…………)
旲瑓は崩れ落ちた榮氏を見下ろした。確かに美しい娘だ。それに、気が強そうな顔をしている。何となく、そう思った。
「榮氏。」
旲瑓は榮氏に手を差し伸べた。
「此方に来ないか?」
榮氏はやはり驚いていた。だが、少し考えると、旲瑓に手を伸ばしていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる