上 下
458 / 577
第四章

218『思わぬ人の死』

しおりを挟む
 航海は順調に進んでいた。
 例の海賊襲撃事件から数日は喧しかったが、基本商人は拝金主義である。
 自分の商品が戻ってきた事と、少なかったが海賊たちの持ち物を分け合った事で、すっかり今は落ち着いていた。

 アンナリーナの方はと言えば。
 彼女は今、テオドール、セト、イジの誰か1人を見張りに残し、日中は転移を使い、デラガルサのダンジョンに赴いたりしている。
 デラガルサと言えば、アンナリーナがしばらく寄り付かなかった間に大変な事が起きていた。
 ……マチルダが亡くなったのだ。
 アンナリーナがあちこち飛び回っていたので連絡が取れず、こんな事になってしまったと、ジャマーが項垂れた。
 とりあえず、ポーション類を卸すと慌ててツリーハウスに戻り、ネロを訪ねた。

「少し前に亡くなった人間を、アンデッドにしたいと思うのだけど……
 すでに埋葬されて日が経っているの。
 やはり傷んでいると思うけど、ある程度の修復は可能かしら?」

 アンナリーナも死霊魔法の使い手だが、それ自体のレベルは上げていない。
 この魔法に関しては、特に特化しているネロに任せた方が良い結果を得ることができる。

「完全に骸骨化していなければ、どうにかなるものですよ。
 リーナ様、どうなさいました?」

「私が【魔獣の森】から出て、初期の頃に知り合った人が亡くなったの。
 ……気の良い老婦人でね。
 このままお墓で眠らせてあげるのも良いけどもったいないわ。
 私は、出来たら彼女にはここで雑務を引き受けて欲しいの。
 今はアラーニェやアンソニーが何となく受け持ってくれているけど、マチルダさんがいたら彼女らも専門に熱中出来ると思うのよ」

「マチルダ、さんと仰るのですか?
 その方。
 ……ではリーナ様、今宵深夜に墓に行ってみましょう。
 掘り返さずともある程度の事は分かりますし。お付き合い、願いますよ?」

「ありがとう」


 草木も眠る丑三つ時、ここはデラガルサの町外れ……墓地だ。
 夜霧に霞む墓地は見るからに不気味で、フクロウの鳴き声ひとつ聴こえてこない……今にも死者が起き上がってきそうだ。
 そんななか、アンナリーナの歩みに迷いはない。
 昼間に来たばかりなのだ。
 迷うはずもない。

「ここよ」

 そこには地味だがきれいに掃除された2基の墓があった。
 新しい方がマチルダの、いくらか古いのかおそらくマチルダの夫のものだろう。

「どう?」

 すでに腰を落として土に触れていたネロが頷いた。

「問題ありません。
 さほど傷んでいないので補修可能です。こちらの男性は……申し訳ないがスケルトンですね」

 アンナリーナはマチルダしか考えていなかったが、たしかにマチルダの感情が図れない。

「では、まずマチルダさんからお願い」

 土魔法を使ってごっそりと土を除けていく。
 ネロの魔法で棺桶の蓋が開き、眠るように横たわっていたマチルダの身体が持ち上げられてきた。

「完全にアンデッドにする前に、一度話されますか?」

「そうね。お願い」



「マチルダさん、私が知らない間にこんな事になって……」

『リーナさん、もう寿命だったの。
 それだけよ』

 マチルダの微笑みは生前と変わらない。
 その頬が少し痩けていたけど。

「マチルダさんが安らかに眠っているところを起こしてごめんなさい。
 でもどうしても諦めきれなくて……
 マチルダさん、もしよければ私たちのお手伝いをして頂けないかしら」

『お手伝い? 一体、どのような事を?』

「マチルダさんには私の家で雑務一般の纏めをお願いしたいの。
 そのためにはアンデッドになっていただく訳ですけど」

『そうね。
 リーナさんのところで第2の人生?も良いかもしれないわね』

 チラリと隣の墓を見て、マチルダはその瞳を揺らした。

「ご主人もご一緒にいかがですか?
 ただ、スケルトンになりますけど」

『あの人ともう一度逢えるの?』

 これに関しては適当な返事はできない。
 アンナリーナはネロを振り返った。

「どうなの?」

「その男はいつ頃死亡したのです?」

『3年ほど前です』

「では問題ないですね。
 3年くらいなら記憶の損傷は軽微でしょう」

『では、夫婦共々よろしくお願いします』

 空中に浮いたまま、マチルダはきれいなカーテシーをして見せた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...