上 下
412 / 577
第四章

172『第一日目』

しおりを挟む
 その空き地は本当にこじんまりとしていた。

 注意していないと見過ごしてしまうような、そのちょっとした空き地は、しばらくの間立ち寄るものがいなかったのだろう。木立の枝が茂りただでさえ狭い空き地はさらに面積を狭め、ようやく馬車を留める事が出来るほどだった。

 エピオルスから降りたアンナリーナは、まず簡易魔導コンロを設置した。
 周りでは護衛たちが枝を払っている。
 手早く作業台や鍋を取り出し【ウォーター】と【加温】で鍋に湯を満たすと、乾燥野菜と刻んだベーコンを入れて火にかける。
 この場ではテーブルはおろか椅子すら出す事が出来ないため、昼食は立ったまま、もしくは馬車に腰掛けて摂る事になる。
 アンナリーナはスープを煮ながら、厚めの食パンでローストビーフや炒めた薄切り肉、スモークチキンをマヨネーズで和えたものに野菜を加えて挟み、半分に切った大ぶりのサンドイッチ(耳つき)を紙で包んだもの、を作業台の上にどんどん出していった。

【時短】で煮上げたスープはあっという間に野菜がトロトロになり、仕上げの味付けは塩のみ。
 それを、先日購入したホーローの大型マグカップに注ぎ、スプーンとともにひとりひとりに渡していく。

「スープもサンドイッチもたっぷりありますから、おかわり自由ですよ」

 てっきりいつもの硬いパンと干し肉だと思っていた男たちは、鍋から漂ってきた胃を疼かせる匂いに居ても立っても居られない。
 その上、おかわり自由と言われれば目の奥が熱くなってくる。

「美味い!!
 このスープ、普通と違う!」

 早速、マグカップに口をつけたサリトナーが叫ぶ。
 アンナリーナはふふんと微笑んだ。
 ……さもありなん、乾燥野菜にはオークの骨を煮出した出汁、いわゆる豚骨スープをフリーズドライにしてまぶしてある。
 これがベーコンから出る出汁と絡み合って、とても美味しく仕上がっているのだ。

「俺、朝食ってないから、腹ペコだったんだ」

 ダンという、見た目護衛の中で一番若く見える男がとても行儀がよいとは言えない様子でがっついている。

「かわいそうに、お腹が空いていたのねえ。
 冒険者は体が資本なんだからちゃんと朝から食べなきゃダメだよ」

 元々胃袋を掴まれていた、元隊商の護衛たちはアンナリーナに惚れそうである。


 興味津々だったマルセルに、エピオルスに乗ってみるか?と聞けば二つ返事で了承してきた。
 だからアンナリーナは今、馬車の中だ。
 一応雇い主であるバルトリとふたり、並んで座っている。

「リーナ殿には色々尋ねたい事が山盛りだな」

「何でしょうか?
 差し支えない事ならお答えしますよ」

「あの襲撃のときの、私の状態だが……」

「ぶっちゃけますと、相当ヤバかったですよ」

 アンナリーナの笑顔の、その目が笑っていない。

「私がポーションだけでなく、奥の手を使わなくてはならないほど重傷……いえ、重体でした。
 本当に、細糸一本で繋がった命、大切にして下さいね」

 バルトリは言葉にならなかった。
 この “ 奥の手 ”と言うのはひょっとしてアレではないのか?
 彼は喉元まで出かかった言葉を必死で飲み込んだ。
 これ以上は絶対に口にしてはいけない、そう言うことなのだ。
 これが表沙汰になれば彼女を手に入れようと各国の王族が暗躍するだろう。
 今でも貴重な【錬金薬師】なのだ。

「完全に治癒しているはずですが……大丈夫ですよね?」

 今さらな疑問なのだがバルトリは笑った。

「それがリーナ殿、長年悩まされていた腰痛が治ったのですよ」

「おお! それは良かったです!」

 ピリリと緊張した雰囲気が解けて、この後は楽しい旅の話へと移っていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を

紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※ 3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。 2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝) いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。 いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。 いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様 いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。 私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...