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第四章

152『逃げたい……』

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「お嬢さん、お待たせしたね」

 部屋に入るのに頭を少し下げて、大男がそう言いながら入ってきた。

「改めて謝らせてもらうよ。
 勘違いして、余分な手間をかけさせて悪かった」

「いえ、あの……楽しかったですし」

「そうなのかい? 本当に?
 そう言ってもらうと気が楽になるんだが。
 ああ、自己紹介が遅れたね。
 私はこの大学院の学長、リーダロット・シャルメンタルだ。
 よろしく頼むよ。小さな薬師殿」

 青緑色の髪を首の後ろで束ねた、銀色の瞳をした大男。
 見るからに、戦士のような出で立ちをしているが、学長という事は魔法職なのだろうか。
 アンナリーナが知らず知らずのうちに首を傾げていると、リーダロットがクスクスと笑いだした。

「ごめん、ごめんね。リーナ嬢がとても可愛らしかったから。
 私は、基本的には魔法職なんだけど巨人族の血が濃く出たようでね。
 私の職種は【魔法剣士】なんだよ」

 そういう職種があるのは、聞いて知っていたが、実際には初めて見たのだ。
 物珍しそうにしていたアンナリーナは、ふと思い出してポーチを探った。

「あの、これは私の師匠からの紹介状です」

 アンナリーナが旅に出る前にユングクヴィストにもらったものを、リーダロットに手渡した。
 彼はブーツの踵のあたりから小さなナイフを取り出して、封筒を開ける。
 封蝋を見てもピンとこなかったが、中に入っていた証書のようなものを開いて、ゆっくりと目を通した。

「ユングクヴィスト様のお弟子か。
 道理でな、優秀すぎるほど優秀だ。
 ……リーナ嬢、ものは相談だが、あなたはここに留学する気はないかな?」

 アンナリーナは突然の申し入れにびっくりする。

「実は、先ほどの試験の結果を見させてもらった。
 これほどの逸材を逃すなんて、自分が許せないのだよ。
 どうだろう? 何なら客員としてもてなすし、出来れば教鞭をとって欲しいのだ」

 何やら話が大きくなっている。

「あの、私は今旅の途中なんです。
 素材の採取をしながら、出来れば隣の大陸まで行くつもりです。
 だから、申し訳ないですが……ごめんなさい」

「今回はいつまでここにいるんだい?」

「はっきりとは決めてなかったんです。でも、そろそろ王都にも行きたいと思ってるんです」

 この大学院に収蔵されている書物に興味はあるが、アンナリーナの危機察知能力にビンビン響いてくる。
 ここはなるべく早く、トンズラするべきだ。

「あの~ そろそろ連れが心配するので、宿に戻りたいのですが」

 時刻はそろそろ夕方になりつつある。

「そうだね。
 今日は長い時間を割いて頂き、ありがとう。できればこれからも、お付き合いいただきたい」

 アンナリーナとしては、あっという間に流されて、取り込まれてしまいそうで、怖い。

「では、では失礼させていただきます」

 走りだしたいのを必死で我慢して、アンナリーナは受付の女性の先導で部屋を出て行った。
 それから大学院の門を出るまでが、どれほど長く感じただろう。

「残念だけど、もうこの町から出た方がいいのかもしれない」

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