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第四章
148『発熱』
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その父子は街道沿いの、小さな町の出身だった。
今年の初め、妻……子供の母を病で亡くし、今回は王都の郊外にある父の実家に子供を預けにいく旅の途中だった。
男の子は、本来ならやんちゃな年頃である8才。
だが、生来のものなのか馬車の中でも騒ぐことなく大人しくしていた。
アンナリーナも彼が木組みのおもちゃで一人遊びしていたり、黒板にろう石でひたすら絵を書いているのを見たことがある。
その子が発熱しているのを見て取ったアンナリーナは、すぐに父子の元に近寄った。
「あの、すみません」
アンナリーナはギルドカードを取り出し、父親に向かって差し出した。
「私は薬師です。
お見かけしたところ、その子は発熱していますよね?」
父親は妻が寝付いた時のことを思い出したようだ。
途端に顔色が真っ青になる。
「ああ、そんな!」
泣き出しそうに取り乱す父親を宥めるアンナリーナに、事態を察したテオドールが近づいてくる。
「大丈夫、まだ熱はそんなに高くない。そちらのお部屋で診ます。
案内してもらえますか?」
そうは言ったものの、アンナリーナの今世であるこの世界では、最初は大した熱ではなくとも、いとも簡単に命を奪ってしまうことが多いのだ。
力の入らない父親の代わりに、テオドールが子供を抱き上げて父親を急かした。
そのまま、なるべくあたりに気取られないよう、しかし急いで二階の部屋に向かった。
アンナリーナはその間に【解析】する。
幸いにもウィルス性の病気ではないようだ。発熱はしているが他に症状もない。
「お父さん。
どうやら疲れからの発熱のようですね。慣れない旅に身体が悲鳴をあげたのでしょう。
今、お薬を処方しますね」
アンナリーナはアイテムバッグを取り出し、いくつかの乾燥させた薬草を取り出し、乳鉢に入れていった。
【粉砕】をかけながら乳棒で混ぜ合わせていく。
そして簡易魔導ミニコンロを取り出すと、薬缶に魔力水を入れ沸かす。
テオドールがその横で、慣れた手つきで土瓶に茶漉しを置き、その上に目の細かいガーゼを敷いて粉砕した薬草を待つ。
「お子さんだから煮出さずに薬草茶にします。
朝には熱が引くと思いますが、念のため、私が一晩付き添いますね。
それと、できれば完全に体力が戻るまで、馬車旅はやめた方がいいです」
「わかりました。
すぐに駅に行ってきます」
乗り合い馬車の駅舎には、深夜にも係の者が在留している。
返金が絡むのでどうしても本人が行かねばならず、父親は後ろ髪を引かれる思いで出かけていった。
「さて、坊や」
「……アー、サー、です」
喉が腫れて痛むのだろう。
かすれがちな声で、自分の名を名乗った。
「アーサー、これからお薬を飲んでもらうわ。少し苦いけど、ちゃんと飲んだら甘いのをあげる。
……ちょっと起こすね」
背中を持ち上げ、枕を挟んで上体を起こす。そして土瓶に淹れた薬草茶を匙ですくい、一口ずつ飲ませていった。
「苦いのに偉いね。
もう少し頑張ってね」
アンナリーナが数えて10すくい。
それからアイテムバッグから小さな瓶を取り出し、蓋をあける。
「これは喉の痛みを取る薬。
とっても甘いのよ。だから一気に飲み込むのではなく、ゆっくりと口の中で回すようにして飲んでね。
少しずつ口に含んでね」
「はい、お姉ちゃんありがとう」
「アーサーはいい子だから、明日の朝起きた時にはつらくなくなっているよ。でも明日は1日、ベッドで寝ててね」
その後、明日の馬車をキャンセルして戻ってきた父親に説明し、アンナリーナは丸薬を調薬しながら経過を見守ることにする。
「熱は下がったようだね」
アーサーの額に手を当て、アンナリーナは【解析】していた。
発熱による衰弱はあるが、夜中も定期的に水を飲ませていたので、脱水症状には至っていない。
「お父さん、もし急ぐ旅でないのなら2~3日静養させてあげて下さい。
思ったより、弱ってるみたい」
「もちろん、もちろん出発は延期します!」
そうしてこの朝、乗り合い馬車に乗ったのは、アンナリーナに寄生しようとしていた少女と、この学研都市から新たに乗り込んできた10人の乗客たちだった。
今年の初め、妻……子供の母を病で亡くし、今回は王都の郊外にある父の実家に子供を預けにいく旅の途中だった。
男の子は、本来ならやんちゃな年頃である8才。
だが、生来のものなのか馬車の中でも騒ぐことなく大人しくしていた。
アンナリーナも彼が木組みのおもちゃで一人遊びしていたり、黒板にろう石でひたすら絵を書いているのを見たことがある。
その子が発熱しているのを見て取ったアンナリーナは、すぐに父子の元に近寄った。
「あの、すみません」
アンナリーナはギルドカードを取り出し、父親に向かって差し出した。
「私は薬師です。
お見かけしたところ、その子は発熱していますよね?」
父親は妻が寝付いた時のことを思い出したようだ。
途端に顔色が真っ青になる。
「ああ、そんな!」
泣き出しそうに取り乱す父親を宥めるアンナリーナに、事態を察したテオドールが近づいてくる。
「大丈夫、まだ熱はそんなに高くない。そちらのお部屋で診ます。
案内してもらえますか?」
そうは言ったものの、アンナリーナの今世であるこの世界では、最初は大した熱ではなくとも、いとも簡単に命を奪ってしまうことが多いのだ。
力の入らない父親の代わりに、テオドールが子供を抱き上げて父親を急かした。
そのまま、なるべくあたりに気取られないよう、しかし急いで二階の部屋に向かった。
アンナリーナはその間に【解析】する。
幸いにもウィルス性の病気ではないようだ。発熱はしているが他に症状もない。
「お父さん。
どうやら疲れからの発熱のようですね。慣れない旅に身体が悲鳴をあげたのでしょう。
今、お薬を処方しますね」
アンナリーナはアイテムバッグを取り出し、いくつかの乾燥させた薬草を取り出し、乳鉢に入れていった。
【粉砕】をかけながら乳棒で混ぜ合わせていく。
そして簡易魔導ミニコンロを取り出すと、薬缶に魔力水を入れ沸かす。
テオドールがその横で、慣れた手つきで土瓶に茶漉しを置き、その上に目の細かいガーゼを敷いて粉砕した薬草を待つ。
「お子さんだから煮出さずに薬草茶にします。
朝には熱が引くと思いますが、念のため、私が一晩付き添いますね。
それと、できれば完全に体力が戻るまで、馬車旅はやめた方がいいです」
「わかりました。
すぐに駅に行ってきます」
乗り合い馬車の駅舎には、深夜にも係の者が在留している。
返金が絡むのでどうしても本人が行かねばならず、父親は後ろ髪を引かれる思いで出かけていった。
「さて、坊や」
「……アー、サー、です」
喉が腫れて痛むのだろう。
かすれがちな声で、自分の名を名乗った。
「アーサー、これからお薬を飲んでもらうわ。少し苦いけど、ちゃんと飲んだら甘いのをあげる。
……ちょっと起こすね」
背中を持ち上げ、枕を挟んで上体を起こす。そして土瓶に淹れた薬草茶を匙ですくい、一口ずつ飲ませていった。
「苦いのに偉いね。
もう少し頑張ってね」
アンナリーナが数えて10すくい。
それからアイテムバッグから小さな瓶を取り出し、蓋をあける。
「これは喉の痛みを取る薬。
とっても甘いのよ。だから一気に飲み込むのではなく、ゆっくりと口の中で回すようにして飲んでね。
少しずつ口に含んでね」
「はい、お姉ちゃんありがとう」
「アーサーはいい子だから、明日の朝起きた時にはつらくなくなっているよ。でも明日は1日、ベッドで寝ててね」
その後、明日の馬車をキャンセルして戻ってきた父親に説明し、アンナリーナは丸薬を調薬しながら経過を見守ることにする。
「熱は下がったようだね」
アーサーの額に手を当て、アンナリーナは【解析】していた。
発熱による衰弱はあるが、夜中も定期的に水を飲ませていたので、脱水症状には至っていない。
「お父さん、もし急ぐ旅でないのなら2~3日静養させてあげて下さい。
思ったより、弱ってるみたい」
「もちろん、もちろん出発は延期します!」
そうしてこの朝、乗り合い馬車に乗ったのは、アンナリーナに寄生しようとしていた少女と、この学研都市から新たに乗り込んできた10人の乗客たちだった。
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