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第四章

107『愚かな王女』

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 侍女が寮監から奪い取った鍵で扉を開ける。
 王女を先導する為に部屋へ入ろうとして、見えない壁にぶち当たった。

「きゃっ」

 もろに鼻をぶつけて悲鳴をあげている。
 王女の後ろで護衛をしていた女騎士が剣を抜いて周りを威圧し、その “ 見えない壁 ”に向かって手を伸ばした。

「殿下、これ以上先には結界があって、中には入れないようですね」

「どうにかならないの?」

 目の前に広がるのは、来客を迎えるための小さなホールである。
 そこはアンナリーナが【異世界買物】で収集したアンティークの花台に、有名ブランドのクリスタルの花瓶。
 そしてそこには【保存】の魔法がかけられたカサブランカが生けられていた。
 壁には小品の額が架けられ、それは有名イラストレーターの手による幻獣の絵だ。
 そしてホールの奥に垣間見える居間は、見たこともない複雑な織の絨毯と、女性が好む曲線を描いた応接セットで調えられている。

「まぁ! 素敵」

 古今東西、たとえそれが異世界でも、猫足家具は女子の心を捉えるもののようだ。
 色鮮やかなファブリック部分も、この世界の人間の目を惹く。
 例外なくこの王女も心奪われてしまった。

「なんて素敵なお部屋かしら。
 一刻も早くこの部屋を明け渡すように命令なさい!」

 この王女は、自分の部屋に家具類を持ち込んでいる事……それは、寮の家具は基本備品だが、個人の趣味で持ち込みが多い、という事を失念しているようだ。
 それともこの部屋のものを強奪するつもりでいるのだろうか。



 アンナリーナは例の一件で “ 家出 ”する前に、部屋からそれなりのものを持ち出していた。
 まずは調薬のための機材と素材。
 これは一切合切、すべてをツリーハウスに移している。
 それと本やノート類といったアンナリーナの研究の成果や結果、これも移した事によって、書斎兼調薬室にはチリ一つ残っていない。
 それとアラーニェが、クローゼットの衣装すべてと、チェストの下着類すらすべてツリーハウスに移動させている。
 あと、魔道具の類いやアラーニェの私室の荷物なども綺麗に片付けられてしまっている。
 あの居間の、目が飛び出るほどお高い大型絵画と寝具も移した。
 アンナリーナの結界が破られる事などあり得ないが、念には念を入れていた訳だ。


「面倒ね……
 もういいから、私物を全部引き揚げようかしら」

「リーナ様っ!」

 アラーニェが憤慨して追い縋る。

「この “ 塔 ”に一部屋頂ければ、別に実害はないわけで、むしろこちらの方が邪魔くさくないわ。
 ユングクヴィスト様の居住区に、小さくても良いので一部屋頂けませんか?」

「そなた、どうするつもりじゃ?」

「私の “ 本宅 ”と転移陣で繋ぎます。
 どうせこれからは学院に通学する事は少なくなるでしょうし、ユングクヴィスト様さえ黙って下されば……」

 アンナリーナが意味ありげな眼差しで見つめている。
 彼としては【アムリタ】を持ち出されてしまえば弱い。

「それと、金貨2000枚は返していただけるのかしら」

 これは学院としては頭の痛い問題だ。
 実は学院は、自国だけでなく他国の王族からも授業料+部屋の使用料を取っていない。
 それで騒ぎを起こされて、学院は丸損である。



「アラーニェ、なるべく早く国境を越えるわよ。
 それと……あの国には王女を留学させている余裕もない状況になってもらいましょう」

 アンナリーナがうっそりと嗤った。

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