上 下
176 / 577
第三章

69『入学試験 ②』

しおりを挟む
 サムエルが今回の雇用主である、ビュハル伯爵家第2子カベルヴォの護衛として魔法学院にやってきたのは、本当に偶然でしかなかった。

 そこで偶然の再会を果たした、国内でも有名なクラン【疾風の凶刃】のパーティリーダー、テオドールは摩訶不思議な人物の護衛をしていた。
 見た目は10を幾らばかりか越しているか……だがローブを着けているところを見ると、準成人は越えているのだろう。
 テオドールが薬師だと言ったその少女は今、彼を引っ張って行ってびっくりするほど豪勢な昼食を摂っている。


「サムエル、こんなところにいたのか」

 木陰から2人を覗くサムエルの元に、主であるカベルヴォがやってきて声をかける。

「何だ? あの2人……?」

「以前、ハンネケイナに行った時の知り合いなんですがね、何か変わった子の護衛をしているみたいで」

 伯爵家のカベルヴォは男爵部屋で受験していたアンナリーナとは初めて会う。

「ローブを着ている、と言うことはすでに職種持ちなのか」

「薬師だそうですよ。
 ハンネケイナのクランがガッチリと咥えこんでいるようですがね」

 王都でさえも貴重な薬師。
 それも、ただの薬師ではあるまい。


 午後は魔力の測定と属性の検査、そして面接だ。
 今年の受験者数は近年になく少なくて、何組かのグループに分かれて行われたそれは、多少の待ち時間はあるが、行列が出来るほどではない。
 アンナリーナはグループの最後尾、4人目だった。


「リーナさん、お待たせしました。
 どうぞお入り下さい」

「失礼します」

 ちょこんと膝を折る、略式のカーテシーをしてアンナリーナは部屋に入る。
 そして勧められるまま面接官の座る机の前の椅子に腰掛けた。

「ずいぶんお待たせしてしまいました。でもそれはあなたと、通常の面接の質問とは違うお話をしたかった、と言う事でもあります」

「はい」

「ではまず、受験者全員に課している事……この水晶玉に触れてもらえますか?」

 先ほどから机の上で存在感を醸し出していた水晶玉。
 アンナリーナは自分の魔力を極々少量まで絞って手を伸ばす。

 ためらいがちに伸ばされた手が触れた、その瞬間。
 まばゆい光に目がくらみ、瞑っていた目をゆっくりと開けると、信じられない状況が飛び込んできた。

 この学院では今までにも、魔力の高い生徒がこの水晶にヒビを入れたり、割ったりしたものがいた。
 だが今回は、見るからに異常な、信じられない事になっている。

「これは……」

 机の上の水晶のあった場所には、石英の細粉が山になっている。
 アンナリーナは、ヒビを入れるわけでもなく、割るでもなく……砂つぶほどに砕いてしまった。

「ありゃ~ すみません、弁償します」

 慌てて立ち上がったアンナリーナに、穏やかな笑みを浮かべ、面接官は席に着くように諭す。

「破損する可能性は予想していましたので、お気遣いなく。
 それよりも、早速質問を開始しても?」

 アンナリーナは慌てて背筋を伸ばし、頷いた。

「リーナさん。一般入試とはいえ、あなたのケースはとても珍しい。
 現役の薬師殿が入学を希望するのは当校始まって以来です」

「受験申し込みの時の書類にも書かせていただきましたが、これからも薬学の研鑽を積みたいのです。
 私は深い森の中で、師匠と2人っきりで暮らしてきました。
 なので知識に偏りがあるのです」

「隠者の弟子、ですか」

 部屋の中がざわついた。
 隠者の弟子……賢者の弟子とも呼ばれる、偶に世に出てくる薬師。
 彼、彼女らは街中で営業していたり、代々家業として受け継がれている薬師とはまた違う、宝物のような存在だ。

「学院としては……一部にはあなたを無試験で受け入れても良い、という意見もありました。
 だが後々その事が露見して問題にならないように受験していただいたのですが、筆記試験の結果も問題なし。
 魔力は……予想はしていましたが、かなりの魔力値ですね」

 アンナリーナは大人しく面接官の話を聞いている。

「リーナさん、この後の説明を致します。
 ……今回の受験者は少数だったので、3日後に合格発表があります。
 その日のうちに学院の事務所で入学の手続きをして下さい」

 その時に持参するものを説明されて、アンナリーナは首を傾げた。

「私……自分の印章を持ってません。
 作った方がいいのでしょうか?
 確か、師匠のものがあったような気がしますが……それじゃあ、ダメですよね?」

「ちょっと待っておくれ!」

 そこに、今までいなかった第三者の声がした。

しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。

みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい! だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

偽神に反逆する者達

猫野 にくきゅう
ファンタジー
 ・渓谷の翼竜  竜に転生した。  最強種に生まれ変わった俺は、他を蹂躙して好きなように生きていく。    ・渡り鳥と竜使い  異世界転生した僕は、凡人だった。  膨大な魔力とか、チートスキルもない──  そんなモブキャラの僕が天才少女に懐かれて、ファンタジー世界を成り上がっていく。  ・一番最初の反逆者  悪徳貴族のおっさんに転生した俺は、スキルを駆使して死を回避する。  前世の記憶を思い出した。  どうやら俺は、異世界に転生していたらしい。  だが、なんということだ。  俺が転生していたのは、デリル・グレイゴールという名の悪徳貴族だった。  しかも年齢は、四十六歳──  才能に恵まれずに、努力もせず、人望もない。    俺には転生特典の、スキルポイント以外何もない。

異世界国盗り物語 ~野望に燃えるエーリカは第六天魔皇になりて天下に武を布く~

ももちく
ファンタジー
天帝と教皇をトップに据えるテクロ大陸本土には4つの王国とその王国を護る4人の偉大なる魔法使いが存在した 創造主:Y.O.N.Nはこの世界のシステムの再構築を行おうとした その過程において、テクロ大陸本土の西国にて冥皇が生まれる 冥皇の登場により、各国のパワーバランスが大きく崩れ、テクロ大陸は長い戦国時代へと入る テクロ大陸が戦国時代に突入してから190年の月日が流れる 7つの聖痕のひとつである【暴食】を宿す剣王が若き戦士との戦いを経て、新しき世代に聖痕を譲り渡す 若き戦士は剣王の名を引き継ぎ、未だに終わりをしらない戦国乱世真っ只中のテクロ大陸へと殴り込みをかける そこからさらに10年の月日が流れた ホバート王国という島国のさらに辺境にあるオダーニの村から、ひとりの少女が世界に殴り込みをかけにいく 少女は|血濡れの女王《ブラッディ・エーリカ》の団を結成し、自分たちが世の中へ打って出る日を待ち続けていたのだ その少女の名前はエーリカ=スミス とある刀鍛冶の一人娘である エーリカは分不相応と言われても仕方が無いほどのでっかい野望を抱いていた エーリカの野望は『1国の主』となることであった 誰もが笑って暮らせる平和で豊かな国、そんな国を自分の手で興したいと望んでいた エーリカは救国の士となるのか? それとも国すら盗む大盗賊と呼ばれるようになるのか? はたまた大帝国の祖となるのか? エーリカは野望を成し遂げるその日まで、決して歩みを止めようとはしなかった……

異世界最強の賢者~二度目の転移で辺境の開拓始めました~

夢・風魔
ファンタジー
江藤賢志は高校生の時に、四人の友人らと共に異世界へと召喚された。 「魔王を倒して欲しい」というお決まりの展開で、彼のポジションは賢者。8年後には友人らと共に無事に魔王を討伐。 だが魔王が作り出した時空の扉を閉じるため、単身時空の裂け目へと入っていく。 時空の裂け目から脱出した彼は、異世界によく似た別の異世界に転移することに。 そうして二度目の異世界転移の先で、彼は第三の人生を開拓民として過ごす道を選ぶ。 全ての魔法を網羅した彼は、規格外の早さで村を発展させ──やがて……。 *小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。

異世界ダイアリー~悪役令嬢国盗り物語~

宵川三澄
ファンタジー
どうやら、私はゲームの中に生まれ変わったらしい。 らしい、なのは個人情報が思い出せないから。でも、このゲームのストーリーはわかっている。 私は富豪の悪役令嬢、アイアンディーネ。 ナレ死で育ての親を亡くす、不遇の悪役令嬢。 「納得できるかあ!!」 今世の境遇改善、育ての親である乳母と医師を守るため奮闘します。 ※主人公は前世から個人情報開示許可をいただけてません。 「小説家になろう」様にも投稿しています。

大賢者の弟子ステファニー

楠ノ木雫
ファンタジー
 この世界に存在する〝錬金術〟を使いこなすことの出来る〝錬金術師〟の少女ステファニー。 その技を極めた者に与えられる[大賢者]の名を持つ者の弟子であり、それに最も近しい存在である[賢者]である。……彼女は気が付いていないが。  そんな彼女が、今まであまり接してこなかった[人]と関わり、成長していく、そんな話である。  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...