上 下
166 / 577
第三章

59『アンナリーナの怒り』

しおりを挟む
 たしかに、アンナリーナが前世で読んでいたファンタジー小説ではヒーロー、ヒロインはやたら子供に対して親切だった。
 だがここは現実の世界。
 第一、アンナリーナは子供が嫌いだ。
 彼女が魔法を使えない事が明らかになると、まず虐めにかかったのは子供たちだ。
 ナタリアとアントンによって行われた虐めは、アンナリーナの心に今も深く傷を残している。
 トラウマとなったそれは、憎しみとなって、現在も彼女は “ 子供 ”というものに向いている。

 だからアンナリーナの “ 親切心 ”が子供に向く事は絶対にない。
 販売を請われれば売る事を断る事はないだろうが、施しなどはあり得ないのだ。


 ミルシュカと子供を無視してギルドを出て行こうとするアンナリーナの前を子供が立ち塞がる。

「買うんじゃないなら退いてくれる?
 私は暇じゃないの」

 アンナリーナの言い方も問題あるかもしれないが、子供の方もしつこすぎる。

「待って! ポーションがないとお母さんが死んじゃうの!お願い!!」

「だから~ ポーションでは病気は治らないって言ってるでしょう?」

 この頃になると、騒ぎに気づいた冒険者が、野次馬として集まって来ていた。
 ドミニクスも飛び出してくる。

「一体、何事ですか?」

 アンナリーナが、お手上げだと言わんばかりに手を広げ、肩をすくめる。

「誰かに唆されたのかしら?」

 チラリとカウンターの中に視線を送る。

「私が個人的に薬類を販売しない事を知らないのかしらね。
 第一、元々この領都で営業している薬師の営業妨害するわけないでしょう?
 あまつさえポーションをくれって……」

 今度こそ、ギルドを出て行こうとするアンナリーナに縋り、少女がローブごと抱きつこうとしてきた。
 そこで、以前ミルシュカにも発揮された【防御】が発動し少女が吹き飛ばされる。
 これは対象がアンナリーナに対して害意があるかどうかで発動されるギフトなのだ。
 吹き飛ばされた衝撃で床に転がったままの少女の右手首をアンナリーナは踏みつける。と、その手には小振りなナイフが握られていた。

「だから子供は嫌いだって言うのよ」

 バキリと音を立てて少女の手首の骨が砕けた。

「ぎゃああぁっ」

 痛みにのたうつ少女の手から離れたナイフを手の届かないところに蹴り飛ばす。

「自分は、子供だから優遇されて当たり前だと思ってる。そして、それが叶わないとなると……何これ? 逆ギレ?
 私が、自分に何のメリットもないのにどうしてあなたにポーションやらなきゃなんないの?」

「だって、あの人が」

 そう言った少女はカウンターの方を見て、顔をしかめた。

「相変わらず、物事をややこしくする天才のようね。
 ドミニクスさん、あとはお任せします」


 後味の悪いギルド訪問を終え、アンナリーナはクランに駆け戻った。
 テオドールの部屋に駆け込み、テントに入ってツリーハウスへと向かう。

 むしゃくしゃした時は狩りに限る。
 セトを連れ、デラガルサダンジョンに飛んだアンナリーナは、ハンバーグ村への階段を駆け下りた。

【探索】して、他の冒険者の有無を確認し、村を結界で囲む。
 そして【サファケイト】で終わりだ。
 もはやルーティンになってしまったハンバーグ村の、倒れ臥す骸をひとつひとつ【血抜き】してインベントリに収めていく。
 これを繰り返し、何度目か。
【探索】したその瞬間、警報音が鳴り衝撃波が襲う。
 右頬に痛みを感じ、階段の上部に飛び退ったアンナリーナは、自分の頬に流れる血に触れて仰天する。

「なに……? これ」

『主人様っ、大丈夫ですか!?』

「主人様!!」


【回復】をかけながら目を凝らすと、ハンバーグ村の中央に仁王立ちしているミノタウロスはいつもより一回り大きく、金色している。

「【鑑定】」

 ミノタウロス・ツァーリ(王種)

「げ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

処理中です...