96 / 577
第二章
75『休息のとき』
しおりを挟む
こんな重要な事を即決できるわけでもなく、だんまりを決め込んだジャマーやザルバ、ゲルトを置いて、アンナリーナはフランクを従え部屋に戻ってきた。
奥の部屋に気配がする。
アンナリーナはバッグからマスクを出して掛け、部屋を覗いてみた。
「お疲れ様でした」
「リーナさん! もう起きていいの?」
いささか疲れを滲ませたマチルダがソファから立ち上がった。
だが、マスク姿という異様な姿にそこで立ち止まったまま、戸惑っている。
「これは予防のためにしているの。
大丈夫なんですよ」
相手の表情を窺えないということは戸惑いを覚えるだろう。
まして、この世界にはこのような習慣はないのだ。
「リーナさん、倒れたって聞いてびっくりしたのよ」
「心配かけてごめんなさい。
それと、急にマリアさんのお世話をお願いしてしまってごめんなさい」
マチルダとしてはそんなことはどうでもよかった。
倒れた時の詳細は、その時一緒にいたマリアから聞いている。
身体が弱いと聞いてはいたが、こうして実際に倒れたと聞いて身の縮む思いがした。
「本当に大丈夫?
私たちには心配いらないわよ。
マリアさんの容態は落ち着いているの。お熱も下がったのよ」
何事もなければ、2日分渡した薬を飲み終わってからもう一度診察する。
それから常備薬を作るつもりだ。
滋養のある薬草茶も調合しなければ。
「今夜はキャサリンさんが付き添って下さるのかしら」
アンナリーナがボソリと呟いた言葉にすぐに返事が返ってきた。
「あのお部屋に寝椅子を入れて下さって、仮眠出来るように寝床を調えて下さったの。
ちゃんとお食事もいただいていたわ」
マチルダは老齢なので、ちゃんと休息を取るよう部屋に戻されたそうだ。
アンナリーナはおやすみの挨拶をし、フランクとテントに入った。
「今夜は私、あっちの方でゆっくりするからフランクも自分の部屋でゆっくりしたら?」
「あっちって…… ツリーハウスか?」
「ん~ ゆっくりお風呂に入りたい。
それから上級以上のポーションの下調べをしなきゃ」
「おい、外は寒いぞ。今からあっちに行くって、リーナ!」
「ん……?」
アンナリーナが首を傾げてフランクを見た。
「言ってなかったっけ?
ここをほら……」
タペストリーのかかっている側面を指差し、そしてそれを捲りあげた。
そうするとそこにはドアが現れる。
テントにドア……ものすごく不自然だ。
「ここがツリーハウスと繋がっているの……ごめんね~ フランクは連れて行けないの。
ツリーハウスもアイテムバッグと一緒で、お師匠様が作ったものを譲られたから、どう言う魔法がかかってるのかわかんないのよ。
私以外は従魔は入れるんだけどね」
一瞬期待したフランクが見る見る萎れていく。
彼はあちらに行けば、もっと珍しくて美味しいものが食べられると思ったようだ。
「明日の朝食は用意しておくから。
……フランク、お部屋あるんだよね?」
「まあ……一応」
フランクは正直、暗くて寒い部屋に帰りたくなかった。
生活感のない、冷たい印象の部屋。
無理もない。
彼がここに帰って来たのは一年半ぶりなのだ。
フランクの気乗りのしない様子を見てとったのだろう、アンナリーナが言った。
「よかったらここにいる?
ちょっと小さいけどこの寝床で寝てもいいし、大したもの置いてないから気にしなくていいよ」
「いいのか?」
「うん、寝床とソファと、机と椅子しかないけどね。
あ、そうだ! お菓子とか置いておくよ」
菓子と聞いて、フランクがそわそわし始める。
アンナリーナ手作りの料理はすべて美味しいが、特に砂糖や蜂蜜をたっぷり使った菓子は絶品だ。
その、本来なら貴重な菓子を無造作にぽいぽいと出していく。
今まで出したことのないブラウンケーキやスィートポテトケーキも大盤振る舞いだ。
「じゃあ、おやすみ~」
境の扉を閉めてソファに座り込む。
「お疲れ様でした。
本当に大丈夫ですか? 主人様」
ナビが待ちかねたように声をかけてきた。
「うん、今夜はもうお風呂に入って寝るよ。
その前にちょっとひと休み……」
ナビはこういう時ほど、自分が実体を持たないことを悔やむ。
主人様がうたた寝しても、ベッドへ運ぶことも出来ない。
ブラックリザードに進化したセトが、どうにか毛布を引き剥がしてきて、これもまた苦労してアンナリーナに掛けてやる。
「アルジ、ダイジョウブカ……」
鮮やかな青色の舌が、アンナリーナの頬を舐めた。
睡魔に負けた、つかの間のうたた寝から覚ましたものは、冷たく滑らかな感触だった。
「アルジ、オキタカ?
コンナトコロデネテシマッタラ、カゼヲヒクト、ナビガイッテイル」
「わあぁ、ごめん!どのくらい寝てた?」
「小半刻くらいですよ。
でも、そろそろ起きないと本当に風邪を引いてしまいます」
ナビの声には若干の怒りがこもっている。
アンナリーナは素直に謝った。
入浴の準備をして、身体を洗うのもそこそこに湯に入る。
お気に入りの、薔薇の香りのバスオイルをたっぷり入れて顎までしっかりと浸かった。
オイルとシリーズのシャンプーで髪を洗い、トリートメントする。
丹念に濯いでまた、湯に浸かる。
浴室全体が薔薇の香りに包まれて、アンナリーナはうっとりとしていた。
「ごめんね、待たせて」
髪も身体も一瞬にして乾かしたアンナリーナは、あとは湯冷めしないようにしっかりと着込むだけだ。
下着の上にネル地のパジャマを着てフリースのガウンを羽織る。
寝室用のスリッパを履いてキッチンにやってきた。
「セト、ごはんが遅れてごめんね」
切り分けたローストビーフと水と桃のコンポート。
セトが食べ始めたのを見て、いつものステータス供与を始める。
「【体力値供与】【魔力値供与】
そして【鑑定】」
セト(ブラックリザード変異種、雄)
体力値 82000
魔力値 9000
「なんか、凄いことになってきたね。
でも、まだまだバージョンアップさせるよ!」
アンナリーナはにっこりと微笑んだ。
奥の部屋に気配がする。
アンナリーナはバッグからマスクを出して掛け、部屋を覗いてみた。
「お疲れ様でした」
「リーナさん! もう起きていいの?」
いささか疲れを滲ませたマチルダがソファから立ち上がった。
だが、マスク姿という異様な姿にそこで立ち止まったまま、戸惑っている。
「これは予防のためにしているの。
大丈夫なんですよ」
相手の表情を窺えないということは戸惑いを覚えるだろう。
まして、この世界にはこのような習慣はないのだ。
「リーナさん、倒れたって聞いてびっくりしたのよ」
「心配かけてごめんなさい。
それと、急にマリアさんのお世話をお願いしてしまってごめんなさい」
マチルダとしてはそんなことはどうでもよかった。
倒れた時の詳細は、その時一緒にいたマリアから聞いている。
身体が弱いと聞いてはいたが、こうして実際に倒れたと聞いて身の縮む思いがした。
「本当に大丈夫?
私たちには心配いらないわよ。
マリアさんの容態は落ち着いているの。お熱も下がったのよ」
何事もなければ、2日分渡した薬を飲み終わってからもう一度診察する。
それから常備薬を作るつもりだ。
滋養のある薬草茶も調合しなければ。
「今夜はキャサリンさんが付き添って下さるのかしら」
アンナリーナがボソリと呟いた言葉にすぐに返事が返ってきた。
「あのお部屋に寝椅子を入れて下さって、仮眠出来るように寝床を調えて下さったの。
ちゃんとお食事もいただいていたわ」
マチルダは老齢なので、ちゃんと休息を取るよう部屋に戻されたそうだ。
アンナリーナはおやすみの挨拶をし、フランクとテントに入った。
「今夜は私、あっちの方でゆっくりするからフランクも自分の部屋でゆっくりしたら?」
「あっちって…… ツリーハウスか?」
「ん~ ゆっくりお風呂に入りたい。
それから上級以上のポーションの下調べをしなきゃ」
「おい、外は寒いぞ。今からあっちに行くって、リーナ!」
「ん……?」
アンナリーナが首を傾げてフランクを見た。
「言ってなかったっけ?
ここをほら……」
タペストリーのかかっている側面を指差し、そしてそれを捲りあげた。
そうするとそこにはドアが現れる。
テントにドア……ものすごく不自然だ。
「ここがツリーハウスと繋がっているの……ごめんね~ フランクは連れて行けないの。
ツリーハウスもアイテムバッグと一緒で、お師匠様が作ったものを譲られたから、どう言う魔法がかかってるのかわかんないのよ。
私以外は従魔は入れるんだけどね」
一瞬期待したフランクが見る見る萎れていく。
彼はあちらに行けば、もっと珍しくて美味しいものが食べられると思ったようだ。
「明日の朝食は用意しておくから。
……フランク、お部屋あるんだよね?」
「まあ……一応」
フランクは正直、暗くて寒い部屋に帰りたくなかった。
生活感のない、冷たい印象の部屋。
無理もない。
彼がここに帰って来たのは一年半ぶりなのだ。
フランクの気乗りのしない様子を見てとったのだろう、アンナリーナが言った。
「よかったらここにいる?
ちょっと小さいけどこの寝床で寝てもいいし、大したもの置いてないから気にしなくていいよ」
「いいのか?」
「うん、寝床とソファと、机と椅子しかないけどね。
あ、そうだ! お菓子とか置いておくよ」
菓子と聞いて、フランクがそわそわし始める。
アンナリーナ手作りの料理はすべて美味しいが、特に砂糖や蜂蜜をたっぷり使った菓子は絶品だ。
その、本来なら貴重な菓子を無造作にぽいぽいと出していく。
今まで出したことのないブラウンケーキやスィートポテトケーキも大盤振る舞いだ。
「じゃあ、おやすみ~」
境の扉を閉めてソファに座り込む。
「お疲れ様でした。
本当に大丈夫ですか? 主人様」
ナビが待ちかねたように声をかけてきた。
「うん、今夜はもうお風呂に入って寝るよ。
その前にちょっとひと休み……」
ナビはこういう時ほど、自分が実体を持たないことを悔やむ。
主人様がうたた寝しても、ベッドへ運ぶことも出来ない。
ブラックリザードに進化したセトが、どうにか毛布を引き剥がしてきて、これもまた苦労してアンナリーナに掛けてやる。
「アルジ、ダイジョウブカ……」
鮮やかな青色の舌が、アンナリーナの頬を舐めた。
睡魔に負けた、つかの間のうたた寝から覚ましたものは、冷たく滑らかな感触だった。
「アルジ、オキタカ?
コンナトコロデネテシマッタラ、カゼヲヒクト、ナビガイッテイル」
「わあぁ、ごめん!どのくらい寝てた?」
「小半刻くらいですよ。
でも、そろそろ起きないと本当に風邪を引いてしまいます」
ナビの声には若干の怒りがこもっている。
アンナリーナは素直に謝った。
入浴の準備をして、身体を洗うのもそこそこに湯に入る。
お気に入りの、薔薇の香りのバスオイルをたっぷり入れて顎までしっかりと浸かった。
オイルとシリーズのシャンプーで髪を洗い、トリートメントする。
丹念に濯いでまた、湯に浸かる。
浴室全体が薔薇の香りに包まれて、アンナリーナはうっとりとしていた。
「ごめんね、待たせて」
髪も身体も一瞬にして乾かしたアンナリーナは、あとは湯冷めしないようにしっかりと着込むだけだ。
下着の上にネル地のパジャマを着てフリースのガウンを羽織る。
寝室用のスリッパを履いてキッチンにやってきた。
「セト、ごはんが遅れてごめんね」
切り分けたローストビーフと水と桃のコンポート。
セトが食べ始めたのを見て、いつものステータス供与を始める。
「【体力値供与】【魔力値供与】
そして【鑑定】」
セト(ブラックリザード変異種、雄)
体力値 82000
魔力値 9000
「なんか、凄いことになってきたね。
でも、まだまだバージョンアップさせるよ!」
アンナリーナはにっこりと微笑んだ。
0
お気に入りに追加
612
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる