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第二章
16『納品書と鉄鉱石』
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「これは何だ?」
ミハイルが、薬の入った木箱を前にして、渡された紙を目にしていた。
「うんうん、それはね、今回持ってきた薬の種類、数、値段、合計金額が書いてあるの。
確かめて間違いがなかったら、こっちにサインをもらえる?」
そう言って、新たに差し出されたのは薄い本のようなものだ。
そちらにも同じ事が書かれている。
「あと、こっちは昨日取り引きした回復薬の分。
こちらもお願いします」
すべてが初めての事で、ミハイルは面食らっていたが、すぐにコツを掴んだのか、時々筆算などをしながら最後にサインをしてくれた。
「なあ、これは一体何なんだ?」
「え? こうしておいたら後々便利でしょ?あなたは在庫がすぐにわかるし、私はいつ、どこで、何を売ったかすぐにわかる。
今度来るときに準備する事も出来るでしょ?」
商品管理など見た事も考えた事もなかったのだろう。
ミハイルは目をパチクリしている。
それでもすぐに気を取り直し、金貨16枚と銀貨4枚を並べてみせた。
「確かに頂きました。
……それとねぇ、使用後に引き取った瓶とかないかしら。
もしあれば引き取りたいのだけれど?」
「瓶? 瓶ねえ……
薬瓶ならいくつかあるが、買い取ってくれるのか?」
「うん、大した金額は出せないけど、あ、洗浄はこっちでやるからそのままでいいよ」
この後話は、明日までにまとめておく事になり、アンナリーナは彼が薬を収めた木箱をしまうのを見計らって、アイテムバッグから茶器を取り出した。
「昨夜はあれから、またずいぶん飲んでたんでしょう?
このお茶、多少は飲み過ぎに効くから、どうぞ」
小ぶりの湯呑みに薄い緑の液体が注がれる。
アンナリーナ特製の【エスギナ茶】だ。
「これ、うまいな。
飲んだ事ない味だが……飲みやすい」
「それは良かったです。
お酒の飲み過ぎは身体に良くありませんからね」
にこにことしていたアンナリーナが「それから」と真顔になる。
「こちらでは、衣料品は取り扱ってますか?」
「衣料品? 服とかか?
この村では布を買って自分で作るなあ」
やはりこのへんの事情は、アンナリーナの生まれ育った村と変わりないようだ。
幸い、老薬師は裁縫がとても上手で、その技術をアンナリーナも受け継いでいる。
幸い、老薬師がたくさんの布を遺してくれたのでアンナリーナが困ったことはない。
「じゃあ、そろそろ嬢ちゃん、ハンスのところに行こうか」
アイテムバッグに茶器をしまい、アンナリーナは立ち上がった。
「結構歩くんだね」
ミハイルの雑貨屋を出て、家並みが途切れて久しい。
「ああ、仕事柄煙や臭いが酷いからな。どうしても鍛冶場は集落から離れたところになるな……
ほら、見えてきた」
指差された方向には、思ったよりも大きな建物が建っている。
「おーい、ハンス!
嬢ちゃんを連れてきたぞ!」
どうやら歓迎されているようだ。
まずは店内に案内されたアンナリーナは思わず “ パラダイス ”と呟いた。
様々な大きさの片手鍋、特大の寸胴鍋や浅目だが直径の大きな鍋……これは鍋ごとオーブンに入れる料理にぴったりだ。
半寸胴ももちろん欲しい。
だがキャセロールのような使い方の出来る手頃な鍋はいくつあっても良い。
「どうしてここには、こんなにたくさんの鍋が?」
興奮を抑えて聞いてみると、思わぬ答えが返って来た。
「嬢ちゃん、こいつも例の行商がやって来ない弊害だよ。
俺たちは外からの品が買えないが、ハンスはあいつらに売ることが出来なくなったんだ」
“ これ、全部買う ”!と叫びたいのを我慢して、周りを見回す。
アンナリーナが探しているものはまだ、見つからない。
「あの、お肉を焼いたり、炒めたりするフライパン?はないのですか?」
宿屋では専用の竃で火を熾し、上に鉄板を置いて、そこで肉類を焼いている。
「嬢ちゃんの言ってるものに近いのはある。これだ」
ハンスが目玉焼きが2つ焼ける程度の大きさのフライパンを出してきた。
「もっと大きなものはないのですか?」
「ここではこのくらいの大きさしか需要がないんだ。
他は作るしかないんだが……」
ハンスが言葉を濁す。
「行商が来ないから、鉄鉱石が底をついてしまったんだ。
だから新規では……作れない。
すまない、嬢ちゃん」
そう言えばここは鍛冶屋なのに、独特の熱や臭いが感じられない。
火を落してあることに初めて気づいたアンナリーナは、今の話に愕然とした。
「そんな……せっかく私の思い通りのフライパンに巡り逢えたのに。
鉄鉱石がないって……ん?鉄鉱石?」
記憶の片隅に何やらモヤモヤするものがチラつく。
そして。
「あ! そうか!」
商談用のテーブルの上にアイテムバッグを置いたアンナリーナが中に手を突っ込んだ。
「鉄鉱石って、これ?」
両手に握られた、無骨な石の塊。
ハンスはその石に飛びつき、叫ぶように言った。
「これをどこで!?」
「ん~ 森とか道端? 歩いてたら落ちてた」
嘘は言っていない。
貧乏性なアンナリーナが【探索】をかけて採取している時に、ピックアップしたものをすべて拾ってきた結果だ。
「でも、あまり質が良くないよ?」
鑑定したところ【普】や【劣】ばかりだ。
鉄鉱石の場合品質のランクは【秀】【高】【普】【劣】の4種類がある。
鍋釜や農機具を作るのには、【劣】で充分な事をアンナリーナは知らない。
「それにインゴットにもしてないし」
それも心配ない。
モロッタイヤ村は辺境なので、ハンスは製鉄の技術も持っているのだ。
「嬢ちゃん、言い値で買わせてもらう!だからどうか譲ってくれ!」
ミハイルが、薬の入った木箱を前にして、渡された紙を目にしていた。
「うんうん、それはね、今回持ってきた薬の種類、数、値段、合計金額が書いてあるの。
確かめて間違いがなかったら、こっちにサインをもらえる?」
そう言って、新たに差し出されたのは薄い本のようなものだ。
そちらにも同じ事が書かれている。
「あと、こっちは昨日取り引きした回復薬の分。
こちらもお願いします」
すべてが初めての事で、ミハイルは面食らっていたが、すぐにコツを掴んだのか、時々筆算などをしながら最後にサインをしてくれた。
「なあ、これは一体何なんだ?」
「え? こうしておいたら後々便利でしょ?あなたは在庫がすぐにわかるし、私はいつ、どこで、何を売ったかすぐにわかる。
今度来るときに準備する事も出来るでしょ?」
商品管理など見た事も考えた事もなかったのだろう。
ミハイルは目をパチクリしている。
それでもすぐに気を取り直し、金貨16枚と銀貨4枚を並べてみせた。
「確かに頂きました。
……それとねぇ、使用後に引き取った瓶とかないかしら。
もしあれば引き取りたいのだけれど?」
「瓶? 瓶ねえ……
薬瓶ならいくつかあるが、買い取ってくれるのか?」
「うん、大した金額は出せないけど、あ、洗浄はこっちでやるからそのままでいいよ」
この後話は、明日までにまとめておく事になり、アンナリーナは彼が薬を収めた木箱をしまうのを見計らって、アイテムバッグから茶器を取り出した。
「昨夜はあれから、またずいぶん飲んでたんでしょう?
このお茶、多少は飲み過ぎに効くから、どうぞ」
小ぶりの湯呑みに薄い緑の液体が注がれる。
アンナリーナ特製の【エスギナ茶】だ。
「これ、うまいな。
飲んだ事ない味だが……飲みやすい」
「それは良かったです。
お酒の飲み過ぎは身体に良くありませんからね」
にこにことしていたアンナリーナが「それから」と真顔になる。
「こちらでは、衣料品は取り扱ってますか?」
「衣料品? 服とかか?
この村では布を買って自分で作るなあ」
やはりこのへんの事情は、アンナリーナの生まれ育った村と変わりないようだ。
幸い、老薬師は裁縫がとても上手で、その技術をアンナリーナも受け継いでいる。
幸い、老薬師がたくさんの布を遺してくれたのでアンナリーナが困ったことはない。
「じゃあ、そろそろ嬢ちゃん、ハンスのところに行こうか」
アイテムバッグに茶器をしまい、アンナリーナは立ち上がった。
「結構歩くんだね」
ミハイルの雑貨屋を出て、家並みが途切れて久しい。
「ああ、仕事柄煙や臭いが酷いからな。どうしても鍛冶場は集落から離れたところになるな……
ほら、見えてきた」
指差された方向には、思ったよりも大きな建物が建っている。
「おーい、ハンス!
嬢ちゃんを連れてきたぞ!」
どうやら歓迎されているようだ。
まずは店内に案内されたアンナリーナは思わず “ パラダイス ”と呟いた。
様々な大きさの片手鍋、特大の寸胴鍋や浅目だが直径の大きな鍋……これは鍋ごとオーブンに入れる料理にぴったりだ。
半寸胴ももちろん欲しい。
だがキャセロールのような使い方の出来る手頃な鍋はいくつあっても良い。
「どうしてここには、こんなにたくさんの鍋が?」
興奮を抑えて聞いてみると、思わぬ答えが返って来た。
「嬢ちゃん、こいつも例の行商がやって来ない弊害だよ。
俺たちは外からの品が買えないが、ハンスはあいつらに売ることが出来なくなったんだ」
“ これ、全部買う ”!と叫びたいのを我慢して、周りを見回す。
アンナリーナが探しているものはまだ、見つからない。
「あの、お肉を焼いたり、炒めたりするフライパン?はないのですか?」
宿屋では専用の竃で火を熾し、上に鉄板を置いて、そこで肉類を焼いている。
「嬢ちゃんの言ってるものに近いのはある。これだ」
ハンスが目玉焼きが2つ焼ける程度の大きさのフライパンを出してきた。
「もっと大きなものはないのですか?」
「ここではこのくらいの大きさしか需要がないんだ。
他は作るしかないんだが……」
ハンスが言葉を濁す。
「行商が来ないから、鉄鉱石が底をついてしまったんだ。
だから新規では……作れない。
すまない、嬢ちゃん」
そう言えばここは鍛冶屋なのに、独特の熱や臭いが感じられない。
火を落してあることに初めて気づいたアンナリーナは、今の話に愕然とした。
「そんな……せっかく私の思い通りのフライパンに巡り逢えたのに。
鉄鉱石がないって……ん?鉄鉱石?」
記憶の片隅に何やらモヤモヤするものがチラつく。
そして。
「あ! そうか!」
商談用のテーブルの上にアイテムバッグを置いたアンナリーナが中に手を突っ込んだ。
「鉄鉱石って、これ?」
両手に握られた、無骨な石の塊。
ハンスはその石に飛びつき、叫ぶように言った。
「これをどこで!?」
「ん~ 森とか道端? 歩いてたら落ちてた」
嘘は言っていない。
貧乏性なアンナリーナが【探索】をかけて採取している時に、ピックアップしたものをすべて拾ってきた結果だ。
「でも、あまり質が良くないよ?」
鑑定したところ【普】や【劣】ばかりだ。
鉄鉱石の場合品質のランクは【秀】【高】【普】【劣】の4種類がある。
鍋釜や農機具を作るのには、【劣】で充分な事をアンナリーナは知らない。
「それにインゴットにもしてないし」
それも心配ない。
モロッタイヤ村は辺境なので、ハンスは製鉄の技術も持っているのだ。
「嬢ちゃん、言い値で買わせてもらう!だからどうか譲ってくれ!」
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