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昔の話

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無理だとわかっていても。
無くなれ体育祭!

「アオ、お風呂お先いただきました。」
部屋で布団の支度をしていると、お風呂に行ったカナが戻ってきた。
「湯加減大丈夫だった?」
「ちょうど良かったよー。お布団の支度ありがとう。」
濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、カナは敷いておいた布団の上に座った。
「…足でちゃうねぇ」
とりあえず1番裾の長いジャージ素材のパンツを探し出しては見たけども。
「寒い時期じゃないし平気だよ。」
やはりカナには短か過ぎた。
わかってたけどねぇ。なんかちょっと…複雑だよねぇ。

思わずジト目でカナを見るけど。
ボクの視線に気付くことなく、カナは上機嫌で貸したTシャツを触ってる。
「これすごい可愛い。肌触りもいいし、長さもいいねぇ。どこで買ったの?」
長さもいい、だと?!
ボクは反論!
「それロングなの!カナがきたらふつーになるけど!」
「えぇ?そうなの?」
カナはびっくりしてまた裾を触る。

ボクが着たらわりとロングなTシャツも、カナはにはフツーの長さ。
こんなとこまで身長差!!!


「ボクもお風呂!」
ボクは勢いよくすくっと立つと、お風呂場めがけて駆け出した。




すっかり帰宅の遅くなったカナは、これまた久しぶりにうちに泊まることになった。
1年の頃は、カナの試合のない週末や長期休みの時に良く泊まりに来てたけれど。2年に上がって部長になってからはその数も減って、長期休みに泊まることも少なくなった。
久しぶり過ぎて、置いといたカナの私服が無かったことにも気付いてなくて。そういえば前回泊まった時に一旦持ち帰ったんだったねぇなんていいながら、着られそうなボクの服を探したわけなんだけど。小さいですか!!
あれから仮装徒競走の話を蒸し返したり、掘り返されたり。その流れで去年のハロウィンイベントの話に飛んだりまた体育祭話に戻ったり。
心をごりごりに削られ、ボクはもうふらふらだ。今日カナを連れてくるんじゃなかった!って激しく後悔中。



「体育祭の話をするなんて。」
湯船に浸かりながら、ボクはボソリと呟く。
学校でその話をしていたから、かもしれない。
正に今日、仮装徒競走に選ばれてしまったから、かもしれない。
だからおばぁちゃんに、話したくなったのかもしれない。

俯いて、水面に浮かぶ自分の顔を見る。
(ちょっと疲れた顔してるなぁ。それも仕方ないけど)
湯船に両手を突っ込んで、ザバザバ顔を洗う。
カナが言っていたように、お湯の温度は適温で、程よい。
そのまま、両手で顔を覆った。

「…カナは知らないから、仕方ない。」



お風呂を出て、台所で水を1杯飲み。
おばぁちゃんにおやすみと声をかけてから部屋に戻った。


部屋に戻ると、カナは布団に寝転がりながら、スマホいじっていた。
「戻りましたー。」
声をかけながら部屋に入ると、
「おかえりー。」
と、笑って。カナはボクの方を見た。
ボクはがしがし。いつものように適当にタオルで髪を拭く。
「なんか連絡?」
「うん、クラスのグループのやつ。アオのも鳴ってたよ。」
「急ぎ?」
「んー。今のところ平気かなぁ。」
また視線はスマホの画面に。
急ぎじゃないならならいっかな。

ボクもカナの隣に敷いた布団にごろんと寝っ転がる。
ボクは布団派だ。いつも布団。
ベッドは、ほんのちいちゃい頃。家族3人で眠っていた時だけ。
この家に来てからは、ずっと布団。
畳の部屋で、布団生活。
ボクの今の住まいは和風でできている。
(ちなみに住まいは平屋家屋ときた。)


「もう寝る?」
寝転がって目を閉じたボクに気付いたからか、横からアオの声がする。
寝る、つもりではまだなかったけどそれもいいかもしれないし。
うーん、と唸って。
ボクは頷いた。
「寝る。カナが眠くなったら電気消してね。」
「じゃぁ先に電気消しとく。」
カナは勝手知ったる様子で、パチリと電気を消した。
真っ暗。
…でも、寝れる気はしない。
横から、だって、ひしひしと伝わってくる。
カナの気配。
こちらを伺ってるのが…わかる。

「ね、アオ。」
もぞり、と動いて。
カナが近づいてくるのがわかる。
「アオ、ごめん。だけど、教えて欲しい。」
音のない部屋の中で、カナの潜めた声。
「なんでさっきおばぁちゃん、体育祭行かないって言ったの?」
布団と布団の境目まで、近づいて。
カナは、小さく聞いてきた。
「…直球だね。」
ボクは目を閉じたままで呆れたような声を返すけど。
まぁ、聞かれるだろうなぁとはどこか諦めてた。
「アオの仮装徒競走だけじゃなくて、おばぁちゃん体育祭見たそうな雰囲気だった。でも、行かないって。行けない、じゃなくて行かないって。」

お茶を飲みながら蒸し返された仮装徒競走。
カナが楽しげに話し、ボクが嫌そうに返し、おばぁちゃんはうんうん頷きながら体育祭のこと、色々聞き出してた。
ボクが話さないから。


明日運動会だからって。体育祭だからって。
いつも、前日に告げてた。


それを聞いたおばぁちゃんは、毎回一瞬だけ驚いたように目を見開いてから、それから
『あら、そうなの。晴れるといいわねぇ。』
そう言って優しく笑ってた。
ボクは当日の朝早く起きて2つお弁当を作って、1つ、おばぁちゃんに渡す。
それが僕の当たり前。



ここにきてから参加した最初の運動会は、お弁当なんてちゃんとできるはずなかった。ただおむすびを見よう見まねで作って、おかずは一個もなかった。たまたまもたついたからかご飯はいい具合に冷めたけど、後からよく悪くならなかったなぁなんて、思ったものだ。
その時まだ生きてたおじぃちゃんはそんなボクの頭をよく撫でてくれた。


おばぁちゃんは1度も、見にきたことない。見に行きたいと言ったこともない。
ただ帰ってきたボクに、おかえりって。言って。
どうだったの?なんて聞いたことも、一度もないんだ。
あれ以来ただの1度も。



そのおばぁちゃんが、カナの話しを楽しそうに聞いてたから。
途中から、口だしできなくなってしまった。
カナがおばぁちゃんに、見にきませんか、って言った時も、ボクは何も言わず口を閉じたままだった。けれど。
おばぁちゃんはやっぱり優しい顔で、
『私はね、運動会には行かないの。ごめんなさいね。』
そうはっきりと言い切った。



その瞬間、ボクの心に湧き上がったのは安心感だった。
おばぁちゃんは来ない。
大丈夫、誰も来ない。
だから誰も… 死なないよ。


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