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だいぶ昔の話

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「そもそも面白さ、いらなくない?」

ハロウィンイベント当日。
空恐ろしいほどの快晴で迎えたその日。
仮装を終えて、仕上がりを鏡で見たボクの最初の一言です。

あれ?って。自分の姿をまじまじと眺めてみて。
あれぇ?って、思ったんだ。
あれから怒涛の意見交換、採択。熱く語ったのはなんでかカナで。アキの煽ってるんだか鼓舞してるんだか紙一重の応援が、クラス中にあっという間に広がって。あれよあれよと流れは決まり、満場一致。ボクもその場の空気に完全に飲まれて、いいね!とか言っちゃってたし。

でもさ。
そもそもさ。
面白さ、必要でした?!

「アオ。お前今頃やっと気付いたの?」
鏡の前でボーゼンと立つボクの後ろで、アキが可笑しそうに目を細めてる。
「え?気付いたって?」
鏡越しにアキを見る。
アッシュなツーブロでやや長めの前髪が、今日は軽く横に流されてる。そのせいか、やや切れ長の目元がスッキリはっきり見えてるし、どんな表情してるのかもはっきりバッチリだ。

「カナはもともとワンコっぽいから、タダのワンコの仮装じゃ面白くないだろ?そんで口輪用意してみたわけ。」
口輪みたいに口元で片手を窄めてみせる。
「なのにお前ったら、クラス全体に面白さ求めるんだもんなー」
おかげでこれだよ。
アキはニヤリと笑って、口元の手を頭にやった。


アキの、高身長の体躯に纏うはロングテールコート。パンツは細身のブラック。首元には白いネクタイ。手には白手袋で、頭には犬の耳。
どこからどうみても執事!でもなぜかワンコ。
そしてそのアキの前に立つボクの格好といえば、
くるぶしまでの黒くて長いワンピースに、白いエプロン。肩にレースがついていて、腰についた紐は後ろで大きくリボン結び。
頭には…なんだっけ。白い大きなフリルとリボンのついたカチューシャ?が乗っかってる。
メイドだ。クラシカルな、ヴィクトリア朝?をイメージした、とは衣装提供者のミナミ談。
メイドだ。つまりは女装だ。
女装…!!!


犬の耳と尻尾じゃぁ面白くない。だから口輪。
それがアキの意見。
だったら別の方向に面白味見つけたらいいんじゃないかな。
ボクの意見。

別ベクトルで。


「…ベクトル間違えた?」
ぶほっとアキが盛大に吹いた。





クラスで決議されたのは、動物仮装が加算された中世ヨーロッパにおける貴族。または巷で流行りの異世界転生に於ける獣人貴族、の屋敷内での小さな騒動の再現。
(騒動の再現?)
配布された、概要と配分。そこに記載された設定の最後の一文に首を傾げた。明らかにフォントサイズの違う、小さな文字の一文。
(なんだそれ。騒動??)
ボクは配布物から目を離し、クラスを見渡してみたけど。不思議そうな顔はどこにもない。みんな紙を手に頷き合ったりふつうに楽しげだったので。
(?まぁ、いっか)
だからボクも、すぐにそのことを忘れてしまった。



そんなわけで。
アキは筆頭執事らしく、無駄にテールの長い執事服(自前らしい。なんでだ?)、他にもタキシードめいた黒の上下の執事やそれより簡素な服装の使用人。コック帽まで被ったお抱え料理人や剣を腰に差した騎士(鎧は流石に用意できなかったらしい)、苗木を手にした庭師。出入りの商人もいる。そしてみんなもれなく動物の耳付き。

家が服飾関係のミナミと、読書が趣味で情報豊富なシマくんを中心にさくさく決まっていくあれやこれや。着る服や小道具などは、使えそうなものを基本各自用意。足りないものをみんなで話し補って貸したり簡単なものなら作ったり。
昨今、100円ショップで色々揃いますしね!
そんななか。なんでかボクだけメイド。
もちろんメイド服なんてない。おばぁちゃんの着物でちょっとそれらしくしてみる?の意見は即却下。洋風で!!って真顔なシマ君にちょっと怒られつつ、じゃぁどうしたものか?
そこで、ミナミです。
俺に任せろ!の心強く有り難いお言葉に、丸投げしたらば。これですよ。


「いまさらいまさら。もう当日だし、みんな楽しそうだろ?問題ある?」
「問題…ないです、ねぇ。」
頷く他なしなボクに、アキはまた口角上げてニヤッと笑った。
「それにアオメイド、想像以上にイイよ。うさぎの垂れ耳も、さすがのミナミセンス」
そう。獣人だかなんだか設定で、ボクの頭に乗っかったフリフリの両端からは服同様に黒い色した長い耳が垂れ下がってる、
うさぎのお耳。
ボクの設定は、貴族のご子息付き黒うさメイド。
「そうは言うけど、この耳結構重たいんだよねぇ。」
クラシカルメイドにこだわったミナミは、ボクのケモミミにもこだわりを持った。動物の毛に似せたフェイクファーは触り心地も抜群だ。毛並みが長く、裏地もしっかり付いてる。それに手をやり下から持ち上げると、見た目より結構ずっしり。

「はずしたいなぁ」
「駄目だろ」
「だめだよー!」

呟いちゃったボクに、すかさずアキが否定。
ついでにカナの仮装の手伝いをしていたはずのミナミが、鏡の向こうから叫ぶ。

「えー。ボクだけ人間設定とか駄目?」
「だめ!アオ君の垂れ耳うさぎ!黒!最高だよ!?」
ミナミがひょこっと姿を現すと、めって顔する。
「カナ君のと対なんだからね。ぜったいだめ!」
ミナミの頭上には丸い耳。ちょっぴり丸っこいミナミはくまなデザイナー設定だ。
「カナもできたのか?」
アキがミナミの丸ミミ見ながら訊くと、
「できた!会心の出来よ!慄くよ!!」
ぱぁぁっと顔を綻ばせ、鏡の後ろから誰か(カナだね!)を引っ張りながら登場。
「かいきーん!!」






今回のハロウィンイベントは、各クラスで仮装して校舎を練り歩くパレード形式。最後体育館まで歩いて、そこで優勝クラスの発表があって終了だ。全校挙げてのイベントかと思いきや、受験を控えた3年生はさすがに仮装での参加は厳しかろうとのことで。1、2年生の仮装行列を3年は各自で観覧、審査。投票することに決まった。
残念がる人もいたみたいだけどまぁ無難かな。
審査が先生だけじゃ心許ないしね!
2学年のみとはいえ、そのタイムスケジュールと練り歩くルートを決めるのはめんどくせー!!アキがこっそり愚痴ってた。
お疲れ様。ありがとう!



「ねぇカナ、それ重くないの?」
メイドさんよろしく、ボクはカナの一歩後ろから着いて歩く。
カナの上着から飛び出て揺れる、それを踏まないように歩くのは正直ちょっと、大変だ。長いスカートの裾がたまに足にまとわりつくから、何度か躓きかけてるし。
「重い…でも絶対外すなってアキとミナミから命令されてる…」
ちょっと疲れたような声だ。
「ですよねぇ」
ただでさえ豪華絢爛な貴族子息の服装だ。
アキの服装みたいに、裾が長くて広がってるし肩にはじゃらじゃら紐が幾重もぶら下がってる。
「ジュストコールって言うらしいんだけど、この上着もすごい重いし暑いし。過酷だ…」
「白タイツは回避できてよかったねぇって思ったけど、半ズボンの方が涼しかったんじゃない?」
「…やめて、思い出したくない」
白タイツは絶対やだ!!それだけは無理!!
断固拒否されたってぼやいてたミナミを思い出す。
履くくらいなら登校拒否します!!ってカナが言ったらしく、細身のパンツと膝までのロングブーツに落ち着いたそうだ。
「でも暑そう。ブーツと上着とそれとどれが1番暑い?」
廊下スレスレの位置で右に左に揺れてるソレもなんかちょっと暑そうだよね。
「断然上着。尻尾はとにかく重くって。床引きずった方が楽なんだけどね、ミナミのこだわり。」
腰のベルトに装着する形で、上着の後ろの切り込み?から長く伸びる尻尾には鱗がびっしりだ。
「引きずっちゃうと鱗取れそうだしねぇ。会心の作なんでしょ。何徹だっけ?」
「2日。だって。」
ぴっと、2本たててみせてきた指には、長くて黒いつけ爪。
「情熱がすごい。でもねぇ、それ聞いたら、外したいとか引き摺りたいとか言えなくなったよー。」
カナの言葉に、そうだねぇと頷く。と。
「アオもでしょ?なんだっけその頭のやつ。耳もついて結構重そー。」
ゆっくり歩くスピードは落とさずに、カナは首だけ少し振り返る。
カナの頭についてる枝のような角も、伴って動く。
「ヘッドドレスだって、さっきミナミが言ってた。ねぇちゃんが作ったから、フリル多めでごめんだってさ。」
「へぇー」
しげしげと、カナはボクの頭のそれを見て。
それからふっ、て。おっきな目を細めて、大きな口にふっ、って。柔らかな笑を浮かべて、言ったんだ。
「可愛いね」
って。
なんでか目元をうっすら赤らめたりして。
ふって。ふっ、て!!

(わー…顔面偏差値高いって知ってだけど、これはすごい)

普段からカナの顔見慣れてるはずなのに、ちょっと今のはすごい。すごすぎる。
今日の豪華なお貴族様の格好だって、他のやつなら着せられてる感満載だろうに、カナには恐ろしいくらい似合ってる。頭の角と長い尻尾に、施された長い爪だって凄まじくしっくりきてる。
流された髪で惜しげもなくさらされた綺麗な顔も。
普段洋風なカナの竜人仮装の破壊力の凄さよ!!
いつもよりずっとずっと。

「カナはすごいかっこいい。」
えへへって、ちょっと照れながら返した。
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