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今日も

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キミのこと、ずっと犬だと思っていたけれど。
なんだ。猫だったのか。


「おはよう」

毎朝欠かさず行うそれを、今日も同じ手順同じ流れで行う。
ボクの寝室。ベッドのすぐ側に置かれたそれは昔田舎の親戚の家でみたことあるような大きくて立派なものではなく、小さくてシンプルな箱だ。天然木目がお気に入りのその扉を両手で開き、柔らかな肌触りのミニタオルで軽く中を拭く。ちょっとごめんよーと声がけながら毎日忘れずに繰り返すから、汚れなんて見当たらない。
けど。それはそれ。綺麗にしたがるボクの気持ちが大事だろうと、気持ちだけは目一杯込めてボクは自己満で箱の中を整える。
うん。今日もぴかぴか。
満足気にちいさくうなずき、箱の横にミニタオルを置くとボクはキッチンに向かう。

「あれ?」
キッチンと続きのダイニングは、今朝初めて足を踏み入れたはずなのになんでか日光が燦々だ。おかげで朝から無駄に暑い。
小さな間取りのメインの部屋らしく窓がデカくて日当たり良好すぎるので、ここだけ特別遮光カーテン。のはずなのに。はずなのに。
なんでか、窓の外の青空が丸見えだ。

(やっべ、昨日閉め忘れた。)

ちょこっと焦りながら青空を見上げれば、透き通るような快晴。
多分今日も今日とて日々是好日。
こんな朝、キミならば。


『カーテン開けっぱなしっ。眩しーね!』


キミのそんな声が聞こえてきそうで。ボクはちょっと笑った。



大して広くないキッチンにどどーんと存在感を放つ、こちらはさっきと打って変わって大きくて立派な緑の冷蔵庫。ボクの自慢の冷蔵庫だ。目立つのはその深い緑の色だけじゃない。なんと縦に長い取っ手がついてる。しかも木製、最高だよね。ブラウンの濃い色だ。キミの地毛の色に似てる。
そこには一つ、傷がついてる。
いつだったか、北海道に行ったキミが、現地から送ってくれた時鮭1尾まるまる。一切れずつカットされてる、なんてことはなく。頭から尻尾まで繋がった正真正銘のまるまる一尾。
ガチガチに凍った状態のそいつをどうしていいか途方に暮れて、そっと冷凍庫の底の方に隠したんだよね。後日帰ったキミにあっさり見つかって、おーい!って一気に底から引っ張るもんだから上に重ねといた冷凍物のあれこれが上に飛び出して、この綺麗な取っ手にぶつかってついた傷。その傷を見る度ちょっとその時の腹立たしさが甦り眉間に皺がよっちゃうのは仕方ない。だって、お気に入りなんだよこの冷蔵庫。電気屋さんに行った時、白とシルバーの箱が並んだ中で一つだけ緑色してて、びっくりした。緑の冷蔵庫とか予想外すぎた。そこだけ異世界。
もう買うしかないよね?他の白とシルバーなんで視界に入ってこないよね?ちょっとお高くてももうその子しか目に入らないよね!!
そのあと見る予定の洗濯機、ドラム式を希望したのとかもうどーでもよくて。縦型でいい。なんなら旧型型落ちでいい、いっそうのことコインランドリー通うから洗濯機の予算この子に回してくださいぃい!ってキミに頭下げた、思い出。
傷をちょっと撫でて、ボクは扉を開けた。


上から三段目。横にして並んだ水のペットボトルが真っ先に視界に入る。蓋に書かれた文字はてんでバラバラ。どこか行く度目についた水を買ってくるのが昔からのボクの癖だ。水って、結構いろんなのが売ってる。名水だけじゃなくって、例えばその土地のキャラが描いてあるやつとかちょっと変わった味のやつとか。お土産として買っていっても結構ご当地ものとして喜ばれたりするし、買うこっちにしてもお値段が、優しい。記念にもなったりするしで、なかなか良いのだ。

一つ、今日の気分で選んで抜く。明るい緑色の蓋のヤツ。
昨晩洗ってしまっといた、藍色が美しい切子のお猪口も取り出して、ペットボトルの水を注ぐ。この前ふらっと覗いた催事場で一目惚れしてしまったお猪口だ美しい。
「やっぱり買って正解だったなぁ」

ふんふんと1人ごちてにまっと、笑う。
お弟子さん作だというこの切子は、催事場の端っこにひっそり置かれてた。真ん中にどんっと置かれた師匠さんたちの立派なお値段の品々に比べて、んん?刻み込まれたカットの数が少ない?かも?な差云々よりも、なんでだか目も心も一瞬で持ってかれた、小さなお猪口。師匠さんたちの精巧な掘りの見事な作品たちも、それはそれは綺麗で煌びやかだったんだけど。ボクはこれが欲しくなってしまって迷わず買ってきたんだ。
水を入れた具合がまたよろしい。
ボクの直感はだいたい正しい。今日のこの水の選択だって最高に合ってる。


大して減ってないそれの、残りは蓋をして脇に挟んで。
空いた手の平にお猪口を乗せ、もう片っぽの手の指をそっと横から添えて、ボクは寝室に戻る。


箱の前まで戻ると、手にしていたお猪口をそっと差し入れる。丁寧な所作を心掛けていても、やっぱりちょっと、たゆんと水面が揺れて。
でもそれがなんだかキミからのありがとうの言葉に思えて。
ボクはふふッと笑って言った。

「おはよう、カナ」
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