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後悔しました(雪が)3
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春風宮に言われた通りだ。
葉海以外とヤったのはあの録音の時だけじゃない。
相手だって、一人じゃ無い。もう随分前から。
随分前から、葉海以外と。
『雪、せんぱぁい。』
組み敷いた2つ下の男が甘ったるい声を吐く。
目元を赤く染め、大きな目を潤ませて。
自分を可愛く見せる表情を知り尽くし利用するのも上手い後輩。
お互い都合良くて、ヤりたい時にヤるだけの相手。
『せんぱぁい、大好き。好きぃ。』
いやらしい蕩けきった顔に感情が揺らいだりはしない。ただただ突っ込んだ先がきつくて熱くて気持ちが良い。
それだけ。
『…あぁ。きもちいー。』
腰を押し付ければ喉を晒し息を吐く。
その喉の白さは葉海に似ている。吸い付けば綺麗に赤く染まるところも。
だけど。寝室に煩いくらい響く、甘ったるくて愉しげな声はちっとも似てない。
(葉海ならもう少しだけアルトで、静かだ。)
葉海に、突っ込んだことはまだないけれど。
葉海ならきっともっとずっと声を抑えて。
(それでもっと、甘い息を吐くだろうなぁ。)
葉海に比べれば太い腕が首に回され、ぐっと顔を近づけられる。
『先輩は?ね、先輩は、きもちー?』
耳に注ぎ込まれる、愉しげに弾む声。
『…あぁ。』
促され、自分の口からこぼれ落ちた言葉は同意。
そこに乗る感情は別として。
(きもちいい。)
これが葉海ならもっとずっと。
ずっと気持ちいい。
「あ、雪。」
変わらない声が背中から投げかけられた時。
一瞬、思考が飛んだ。
は?って。
はぁ?って、心で盛大に声を上げてそれからばっと勢いよく振り返れば。
「おはよー。」
少し後ろに葉海が笑って立っていた。
「なん、で…。」
「え?朝だからおはよーだけど?」
それ以外に挨拶の言葉ある?
きょとりと。無邪気な目つきで言葉を続ける葉海の顔。
引っ掛けただけだったバッグがずるりと肩から腕に落ちるのも構わず、その呑気そうな顔を凝視してしまう。
(なんでこんな、普通の顔してんだ?)
浮気がバレて。
お見事。
正にそうとしか言いようの無いオレとの別れを。したよな?
お前。
オレとのお別れ展開したよな?したはずだよな?
知らず、掌をぎゅっと握り込む。
あの時のことを思い出して。みっともなくも手とか、震えてきそうなんだけど、オレは。
なんならちょっと足とかさ震えてんだけど。
なのに。
いつもと変わらない葉海。
別れ話をして以来初めて合わせた顔だというのに。
…隣に立つ図体のデカい無表情な存在からは不機嫌オーラが漂ってくる。だけど。
葉海は変わらない。
「は、葉海。」
震える声で名前を呼べば。
笑って。
「なーに?」
何もかも吹っ切った顔で。
何にもなかった様な顔で。
葉海が笑う。
ごとっ、とバッグが地面に落ちた。
…あぁ、そうか。
「宮君、ボク、お昼食堂のお蕎麦でいいんだけどなぁ。外出るのめんどくさく無い?」
「昨日も一昨日もそう言って食堂の蕎麦でしたけど?」
連れ立って歩き出した葉海と春風宮の声が届く。
動けず、突っ立ったままのオレの耳に。
「そうだった?お蕎麦、美味しいよね。」
「学食の蕎麦にしては美味しいですけどね。自分は今日肉が食べたいので外に行きましょう。」
「えーえーめんどくさく無い?」
「美味しい珈琲の出てくる肉の店があります。」
「ならばよし。」
明るい、葉海の声。
平坦な春風宮の声。
遠ざかっていくふたりの後ろ姿を、ただただ突っ立って。
「っ…!」
ふたりの、手が。
ふたりの手が。繋がれているのをただ見てるだけしかもう。
自分にはできないことを知る。
今度会ったらどんな顔して、どんな言葉を、
どんな声音で、声をかけよう。
どんな態度なら、話せるだろうか。
考えた。
実家に戻って、次々届く荷物に心を折られそうになりながら考えた。
電話はダメだった。
春風宮が邪魔して繋がらない。だから、直接。
家に行っても不在ばかりだから大学で。
直接あったらその時は。その時は。
ごめん、って。
バカなことしてごめんって。
初めに嫌がられて、そっから新しい関係が始まって。少しずつ触って近づいて。
挿れたい気持ちを我慢して、我慢して。少しずつ、慣らしていこうって。
その分、他で発散して。
葉海の身体、傷つけないようにって。
葉海のために、だから他でって。
…自分に最大の言い訳して、大義名分掲げてた。
バカだった。
バカだった、ごめん。ごめんな葉海。
他の奴等と浮気してごめんって謝ろうって。
(無いんだ。)
もう何も無いんだ。
葉海の中に、オレとのことは。
大学のカフェテラスは四方八方ガラス張りで、外からも中からも良く周りが見渡せる。
日光の降り注ぐ明るい空間から、今日も2人の並ぶ姿が腹立たしいことに良く見える。
相変わらずのうざったらしい前髪に眼鏡の長身が、小柄な葉海を見下ろしながら、一言二言。何か話し。それ以上の言葉を口にしながら、葉海が笑う。
その姿は誰から見ても、
「仲良さそー。」
向かいに座ってきた後輩が、2人を見ながら楽しげに言う。
「ほんっとすごいなあ。いつ見てもあの2人、無駄にくっついてるの知ってます?それでいちゃいちゃしてるんですって。」
顎に手を置いて、テーブルについた肘。
窓の外を眺める目は、声と同様楽しそうに細めらている。
「雪先輩、葉海先輩完璧に取られちゃいましたねぇ。」
くすくす笑う声は、ヤッてる時と同じで甘ったるい。
「…。」
何か返すのも面倒で、無言でコーヒーに口つける。
ずっ、ってわざとらしく音を立てたのは、後輩の話が不快だから。
「…宮先輩、やさしー顔してる。」
「…。」
「葉海先輩も、やさしー顔。」
「…っ。」
「…雪先輩だけだよー辛い顔、してんの。」
肘ついたまま。目線も、外に向けたまま。
後輩はぽつりと、最後。
甘さのない声で言葉を紡ぐから。
「…知ってる。」
ぽろりと言葉がこぼれ落ちた。
ーーその次は、季節と季節の間の服とバッグ。
それから、今すぐ必要のない服や自分で買ったカップその他雑多な物たち。
葉海の家に置いてあった私物だ。
必要無くなったものはその都度処分したり実家に置いていたつもりだった。
いらなくなったテキストや着なくなった服、必要のない雑多な物たちは。
それでも。
(…結構あったんだ。)
乱雑に荷物に突っ込んだ手を引き抜き、息を吐く。
多分、荷物はこれで終わり。
ナンバリングされた8分の8の文字。
だからこれで最後。多分。なのに。
沢山の荷物の中にゴムとローションが無い。
葉海の家の住所で注文したそれらはまだ残りがあった。
葉海と使うつもりで買い始めたゴムとローション。
最初は。だのに。
それなのに。
いつの間にか葉海とは使わずに、別のやつと使って。消費してまた買い足して。
見られていると思わなかった、気付かれるはずないって思い込んでた。
何故かずっと。
これ見よがしに、春風宮が詰め込むかと思っていた。オレのバカさ加減を嗤いながら1番目の箱にでも、目立つ様にワザと入れてくるかと。思ったのになのに。
8個目の、最後の箱にもそれらは無い。
破棄されたんだろう。使うはずない。送ってこないならきっともう。
葉海が、傷ついたから多分。
「そんな声出すくらいなら浮気なんてしなきゃいーのに。」
バカですね、ほんと。
後輩は、やっぱりこちらを見ずにそう、呟くから。
思ったより優しい声で呟くから。
「知ってる。」
ぼとりと。
涙と後悔を、落とした。
葉海以外とヤったのはあの録音の時だけじゃない。
相手だって、一人じゃ無い。もう随分前から。
随分前から、葉海以外と。
『雪、せんぱぁい。』
組み敷いた2つ下の男が甘ったるい声を吐く。
目元を赤く染め、大きな目を潤ませて。
自分を可愛く見せる表情を知り尽くし利用するのも上手い後輩。
お互い都合良くて、ヤりたい時にヤるだけの相手。
『せんぱぁい、大好き。好きぃ。』
いやらしい蕩けきった顔に感情が揺らいだりはしない。ただただ突っ込んだ先がきつくて熱くて気持ちが良い。
それだけ。
『…あぁ。きもちいー。』
腰を押し付ければ喉を晒し息を吐く。
その喉の白さは葉海に似ている。吸い付けば綺麗に赤く染まるところも。
だけど。寝室に煩いくらい響く、甘ったるくて愉しげな声はちっとも似てない。
(葉海ならもう少しだけアルトで、静かだ。)
葉海に、突っ込んだことはまだないけれど。
葉海ならきっともっとずっと声を抑えて。
(それでもっと、甘い息を吐くだろうなぁ。)
葉海に比べれば太い腕が首に回され、ぐっと顔を近づけられる。
『先輩は?ね、先輩は、きもちー?』
耳に注ぎ込まれる、愉しげに弾む声。
『…あぁ。』
促され、自分の口からこぼれ落ちた言葉は同意。
そこに乗る感情は別として。
(きもちいい。)
これが葉海ならもっとずっと。
ずっと気持ちいい。
「あ、雪。」
変わらない声が背中から投げかけられた時。
一瞬、思考が飛んだ。
は?って。
はぁ?って、心で盛大に声を上げてそれからばっと勢いよく振り返れば。
「おはよー。」
少し後ろに葉海が笑って立っていた。
「なん、で…。」
「え?朝だからおはよーだけど?」
それ以外に挨拶の言葉ある?
きょとりと。無邪気な目つきで言葉を続ける葉海の顔。
引っ掛けただけだったバッグがずるりと肩から腕に落ちるのも構わず、その呑気そうな顔を凝視してしまう。
(なんでこんな、普通の顔してんだ?)
浮気がバレて。
お見事。
正にそうとしか言いようの無いオレとの別れを。したよな?
お前。
オレとのお別れ展開したよな?したはずだよな?
知らず、掌をぎゅっと握り込む。
あの時のことを思い出して。みっともなくも手とか、震えてきそうなんだけど、オレは。
なんならちょっと足とかさ震えてんだけど。
なのに。
いつもと変わらない葉海。
別れ話をして以来初めて合わせた顔だというのに。
…隣に立つ図体のデカい無表情な存在からは不機嫌オーラが漂ってくる。だけど。
葉海は変わらない。
「は、葉海。」
震える声で名前を呼べば。
笑って。
「なーに?」
何もかも吹っ切った顔で。
何にもなかった様な顔で。
葉海が笑う。
ごとっ、とバッグが地面に落ちた。
…あぁ、そうか。
「宮君、ボク、お昼食堂のお蕎麦でいいんだけどなぁ。外出るのめんどくさく無い?」
「昨日も一昨日もそう言って食堂の蕎麦でしたけど?」
連れ立って歩き出した葉海と春風宮の声が届く。
動けず、突っ立ったままのオレの耳に。
「そうだった?お蕎麦、美味しいよね。」
「学食の蕎麦にしては美味しいですけどね。自分は今日肉が食べたいので外に行きましょう。」
「えーえーめんどくさく無い?」
「美味しい珈琲の出てくる肉の店があります。」
「ならばよし。」
明るい、葉海の声。
平坦な春風宮の声。
遠ざかっていくふたりの後ろ姿を、ただただ突っ立って。
「っ…!」
ふたりの、手が。
ふたりの手が。繋がれているのをただ見てるだけしかもう。
自分にはできないことを知る。
今度会ったらどんな顔して、どんな言葉を、
どんな声音で、声をかけよう。
どんな態度なら、話せるだろうか。
考えた。
実家に戻って、次々届く荷物に心を折られそうになりながら考えた。
電話はダメだった。
春風宮が邪魔して繋がらない。だから、直接。
家に行っても不在ばかりだから大学で。
直接あったらその時は。その時は。
ごめん、って。
バカなことしてごめんって。
初めに嫌がられて、そっから新しい関係が始まって。少しずつ触って近づいて。
挿れたい気持ちを我慢して、我慢して。少しずつ、慣らしていこうって。
その分、他で発散して。
葉海の身体、傷つけないようにって。
葉海のために、だから他でって。
…自分に最大の言い訳して、大義名分掲げてた。
バカだった。
バカだった、ごめん。ごめんな葉海。
他の奴等と浮気してごめんって謝ろうって。
(無いんだ。)
もう何も無いんだ。
葉海の中に、オレとのことは。
大学のカフェテラスは四方八方ガラス張りで、外からも中からも良く周りが見渡せる。
日光の降り注ぐ明るい空間から、今日も2人の並ぶ姿が腹立たしいことに良く見える。
相変わらずのうざったらしい前髪に眼鏡の長身が、小柄な葉海を見下ろしながら、一言二言。何か話し。それ以上の言葉を口にしながら、葉海が笑う。
その姿は誰から見ても、
「仲良さそー。」
向かいに座ってきた後輩が、2人を見ながら楽しげに言う。
「ほんっとすごいなあ。いつ見てもあの2人、無駄にくっついてるの知ってます?それでいちゃいちゃしてるんですって。」
顎に手を置いて、テーブルについた肘。
窓の外を眺める目は、声と同様楽しそうに細めらている。
「雪先輩、葉海先輩完璧に取られちゃいましたねぇ。」
くすくす笑う声は、ヤッてる時と同じで甘ったるい。
「…。」
何か返すのも面倒で、無言でコーヒーに口つける。
ずっ、ってわざとらしく音を立てたのは、後輩の話が不快だから。
「…宮先輩、やさしー顔してる。」
「…。」
「葉海先輩も、やさしー顔。」
「…っ。」
「…雪先輩だけだよー辛い顔、してんの。」
肘ついたまま。目線も、外に向けたまま。
後輩はぽつりと、最後。
甘さのない声で言葉を紡ぐから。
「…知ってる。」
ぽろりと言葉がこぼれ落ちた。
ーーその次は、季節と季節の間の服とバッグ。
それから、今すぐ必要のない服や自分で買ったカップその他雑多な物たち。
葉海の家に置いてあった私物だ。
必要無くなったものはその都度処分したり実家に置いていたつもりだった。
いらなくなったテキストや着なくなった服、必要のない雑多な物たちは。
それでも。
(…結構あったんだ。)
乱雑に荷物に突っ込んだ手を引き抜き、息を吐く。
多分、荷物はこれで終わり。
ナンバリングされた8分の8の文字。
だからこれで最後。多分。なのに。
沢山の荷物の中にゴムとローションが無い。
葉海の家の住所で注文したそれらはまだ残りがあった。
葉海と使うつもりで買い始めたゴムとローション。
最初は。だのに。
それなのに。
いつの間にか葉海とは使わずに、別のやつと使って。消費してまた買い足して。
見られていると思わなかった、気付かれるはずないって思い込んでた。
何故かずっと。
これ見よがしに、春風宮が詰め込むかと思っていた。オレのバカさ加減を嗤いながら1番目の箱にでも、目立つ様にワザと入れてくるかと。思ったのになのに。
8個目の、最後の箱にもそれらは無い。
破棄されたんだろう。使うはずない。送ってこないならきっともう。
葉海が、傷ついたから多分。
「そんな声出すくらいなら浮気なんてしなきゃいーのに。」
バカですね、ほんと。
後輩は、やっぱりこちらを見ずにそう、呟くから。
思ったより優しい声で呟くから。
「知ってる。」
ぼとりと。
涙と後悔を、落とした。
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