それでは明るくさようなら

金糸雀

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後悔しました(雪が)2

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『で、宮君がね。』

葉海が2人分用意した鍋も食べ尽くし、酒も程よく回って来た頃。
葉海はその名前を口にした。
途端。
ほろ酔いの楽しい気分は急降下した。


『またそいつか。』
『また、って?ん?宮君?』
葉海は、きょとりとした目で。
カルアミルク片手に不思議そうにテーブルの向こうからこっちを見る。
『無意識かよ。』
思わず舌打ちし、葉海の顔を眉根を寄せて見返す。
『雪?』
心底不思議そうに首を傾げる様が。無意識なのがまた、無性に腹立たしくて。
残り少なくなっていた缶ビールを一気に煽る。


宮 宮 宮


やたらと最近聞かされる名前。


宮君とご飯に行った
宮君の家に行った
宮君と講義を受けた


一度意識すれば、葉海からでてくるのはその名前ばかり。
一つ下の、サークルの後輩。




雪とご飯行った
雪の実家に行った
雪と遊びに行った


雪と弓を引いた


少し前までは、何もかもが自分とだったのに。
葉海の視界にいたのはほぼ、自分だけだったのに。

空になった缶を苛立つまま床に放り投げれば、
『ちょっと!床に垂れる!』
葉海が抗議の声を上げる。


(…オレのだったのに。)


葉海のイチバンはずっとオレだったのに。
湧き上がるイライラが、腹の底に溜まって来る。
葉海の時間は何もかも全部、オレのだったのに。
イライラと、それから何か。仄暗くどろどろしたものが。
『飲み残してたら垂れちゃうの!拭かないと。』
飲み干したつもりの缶からわずかに流れでた液体が、じわりと床にシミを作る。



その液体のような。
何かがどろりと。
流れでそうで。



ティッシュを取りに腰を上げた葉海の腕を掴む。



『雪?』


訝しげに見下ろしてくる葉海に不機嫌さを隠しもせず言葉を投げかける。
『宮じゃねーだろう。春風宮だろーが。』
どうでもいい。
どうでもいい内容、だけど。宮呼ばわりがどうにも2人の距離の近さみたいなものをちらつかせてくるから。
葉海にとって春風宮がまるで特別なように思えてしまうから気に入らない。
気に入らなくって。
一度そう思えば、そういえばずっと気に入らなかったことに気づく。
そのことをとうとう言い放てば。


やっぱり首を傾げて葉海が。それから。
それから。
ぱぁって顔、綻ばせて笑ったんだ。


『いいんだよー。宮君は宮君。はる君だと、ボクとどっちかわかんなくなっちゃうからさ。』


はるみや
はる
その響きがやけに癇に障って。
わからなくなるはずないだろう!!お前を、オレが!
だってお前は。
葉海は!

オレのだからと叫びそうになって。










気づいた時には襲ってたんだ。
















次に届いたのは下着と、季節にあった服と靴。
その中には、葉海との関係が一転したあの日の服が。あって。
思わず服の中から引っ張り上げる。
気に入って、何度も着てるシンプルなシャツ。
…葉海と買い物に行ったんだ。大学入る前に。
それで。
『似合うって絶対。ほらちょっとあててみなって。』
ぐいぐい押し付けながら、葉海が真顔で勧めてきた。
『あー?』
戸惑いながらもそれを受け取り、しぶしぶ鏡に向かってあててみる。
『似合うかぁ?』
シンプル過ぎて、正直似合うも似合わないもないだろう。
思わず鏡越しに隣に立つ葉海の顔を見れば。
さっきの真顔が嘘のように笑っていた。
満足そうに。嬉しそうに。
『よいね!』
襟の形がどうの、裾のラインがどうのこうの言いながら、それらの最後に似合う似合うと連呼するから。
葉海が似合うから買うべきだってあんまりにも力説するから、じゃぁ買うかーって。




『うん、やっぱり雪に似合う。』




それから何度も着た。
シンプルで着やすくて、なにより葉海が褒めたシャツ。




オレとだけご飯を食べ、オレとだけ遊びに行き、オレとだけ一緒にいればいい。
オレとだけ。もっとずっと、春風宮よりずっとずっと。
ずっと。





葉海への独占欲に気づいたから襲ったし、春風宮へのドス黒い感情が嫉妬だと気づいたから葉海を。手に入れなきゃと、躍起になって。
…手に、入れたのに、




シャツを広げて。
もうそれを見ても葉海が、似合うねと笑ってこないんだとわかっているから。
広げて。
それから思い切り。床に叩きつけた。



『…着てた服覚えてるとか、こっわ。』





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