それでは明るくさようなら

金糸雀

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後悔しました(雪が)1

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『それではさようなら』
「まっ…。」


待ってくれ。


その一言すら言わせてくれず、相手の言葉の終わりと共に通話はぷつりと切れた。
「切ってんじゃねーよ!」
叫んで、もう一度掛けようとするのに。
「あ?なんでだよ。」
震える。
怒りなのか別のもっと違う感情なのかわからない。わからない。
ただ手が震えて。
「あ?はぁ?」
単純なはずの動作が、できない。
何度も操作ミスを繰り返しどうにかもう一度掛け直してみたが、とっくに電源は落とされていて。相手が春風宮だったとしても繋がらない。
「くそっ。」


それから何度も何度も掛け直してももう、繋がりはしなかった。





悪かったのは自分だ。






「2個口ですねー。お名前にお間違いなければ、こちらにハンコをお願いします。」

次々と送られてくる荷物。
今日は次のシーズンの服と皿、ポータブル充電器、化粧水…諸々の雑貨、らしい。
「はい。」
内容をちらっと確認し、言われた通りに判を押して。両手で荷物を受け取り部屋に運ぶ。

ドアの側に積まれた箱は6個。
今日届いた分で、
「…8個目か。」


葉海の家に置いてきた荷物たちは種類別に箱詰めされ、送付状にはその内容が事細かに記載されている。一目で何が入っているかわかる様にご丁寧にも。
その筆跡は見慣れない、けれどここ数日で何度も目にした、太くて筆圧の強い、葉海以外のもので。
(…春風宮。)
あの、無表情で何考えてるかわかんねーやつの字。多分。それまで見たことないけれど、他に思い当たらないからおそらくあいつの字。
それで書かれた送付状。
記載された内容は殊更丁寧なくせに、殴り書きの様な、クソみてぇな字。
「…勝手に住所教えてんじゃねーよ。」
小さく文句を口にしながら、ガムテープを剥がした。





最初は教材だった。
大学のノート、テキスト。それと本。
パソコンはあの喫茶店で渡された荷物に、財布やキーケス。よく着ている上下ワンセット、スマホの充電器らと一緒に入っていた。次の授業に必要なテキストも。
用意周到。
葉海を追いかけたくて、慌てて財布を探しにバッグを開けてそこに入っていたそれらを見て。


(あ、これ。計画的行動だ。)


頭、殴られた気分だった。










葉海とはずっと、友達だった。
あの日まで。



『おー今日は早い!』
適当に遊んで、いつものように葉海の家に行けば、驚いた様な感心した様な、そんな声がする。
『つまんなかったら長いはしねーの。』
リビングからひょこっと顔だけ出した葉海は、そうかーと軽く応える。
『ご飯は?ボク今から一人鍋するけど、雪も摘む?』
『あー、だな。鍋ちょっと食わせろ。』
『はいよー。今日はちなみに豆乳鍋です。』
靴を脱ぎながら、腹具合を見る。
たいしたのは食ってない、適当に酒だけ飲んできた。
でもまだ飲み足りないし、飲むなら何か摘みたい。
『あ!お酒ないや。』
覗かせた顔が引っ込んで、冷蔵庫を開ける音。
それから葉海の声。
飲まない選択はない。
『買ってくるかー。』
また靴に足先を突っ込んで独り言の様に呟く。
頭の中でいくつかの酒の銘柄を思い描いて、今入ってきたばかりのドアを開ければ、
『あ!じゃぁボクも行くー!』
葉海が、飛び出して来た。



2人で近くのスーパーまでぶらぶらと並んで歩く。
少しだけ肌寒い夜風。他愛無い会話。
よくある光景だった。
いつもの、何回も繰り返した、光景。
大学で一緒にいることが減った分、以前より葉海の家に押しかけることが増えた。
葉海は笑って、またかー!とわざとらしく声を上げながらも、いつも断ったりはしなかった。買い出しに連れ出されるだけ。


笑って。
いつも受け入れてくれたから。
葉海の隣は心地良くて。酷く、楽で。
他の誰とも違っていた。


酒売り場で適当に選んでカゴに入れ、葉海もこれが美味しいだのあれが欲しかっただの、楽しげに話しながら何点かカゴに入れて。
『あとで計算なー』の、いつもの葉海の言葉と共に支払いを済ませ、また葉海の家へと戻る。
荷物は2人で手分けして。それもいつものこと。
『重っ!お酒買いすぎじゃない?!』
文句を言いつつも、葉海は均等に荷物をわけて。
男にしては小さな手で袋を握る。

葉海はオレより小さい。
小さくて身体も細い。ついでに顔も小さい。
どこにでもいそうな平凡な顔、『人からの印象薄くてさー』などと、葉海はよく自分のことをそう言って笑うけど。
そんなことはない。
ふわふわの天然で色素の薄い髪は柔らかそうで、日焼けしにくい肌は白くて肌理細かい。たまにふざけて摘む鼻は小さいがすっとしていて、人の顔をまっすぐ見てくる目はいつもきらきらしていて。
長い睫毛をばさばさ言わせながらいつも、楽しそうで。


好きだった。
その時はまだ、純粋に。
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