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25,5 only dream of you Ⅰ
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昔から、私はお姉ちゃんと一緒にいる。家にいるときはもちろん、学校でも、友達と出掛ける際にも一緒にいる。お姉ちゃんと関わりのない人だとしても、お姉ちゃんはいつも横にいた。みんなからはよく、「仲の良い双子の姉妹」と言われていたけれど、それを嬉しそうに受け入れていたのはお姉ちゃんだけ。
私が受け入れなかったのは、決してお姉ちゃんが嫌いというわけではない。もちろん、仲が良いことは事実。けれど、私にとってお姉ちゃんはそれ以上の価値を持っている。
それを一言で済ませるのなら、「恋」だと私は思っている。
…わかっている。お姉ちゃんと私は同性であり血縁関係上「姉」である。もし同性同士の恋愛が世間で何も言われなくなったとしても、血縁関係上の問題があり世間からの視線は痛いだろう。私の場合はいじめられていた頃もあり、それに似た視線で見られることにはいつの間にか慣れてしまっているが、お姉ちゃんは多分慣れたくても慣れないだろう。
だからもう、こんな想いを捨てようと私は高校に入学する前に決心していた。ちゃんとした双子の姉妹になろうと、私の気持ちを殺しお姉ちゃんに部活を勧め距離を置いた。
案の定、お姉ちゃんは何度も私に理由を問いかけてきた。今思えば、馬鹿正直に言ってしまった方が私自身、楽だったかもしれない。お姉ちゃんに抱いている私の想いを…なんて、言える勇気など、私にはなかった。
何がともあれ、お姉ちゃんを説得して半ば強引に入部させることができ、これでお姉ちゃんとは一定の距離を保てると思っていたが、距離を保てたのは僅か二ヶ月ほどだった。そう、琴美さんたちとハンバーグを食べたあの日までだった。
別にあの日過ごしたことが嫌だったというわけではない。むしろ感謝している。あの日のことがなければ、私は未だ、殻に籠っていただろう。だから、あの日のことは本当に感謝している。
だからこそ、今まで隠していたお姉ちゃんへの気持ちが、まるで砂時計のように徐々に徐々に漏れていた。鈍感なお姉ちゃんは気づいていないが、お姉ちゃんと話す度、言葉の選択に私の集中力は注がれている。どんな言葉を、どんな風にお姉ちゃんに伝えれば良いか、言葉一つ一つにいつも以上に慎重になっている。
そんな想いをしている私をお姉ちゃんは何も知らない。けれどそれが、私にとって嬉しい限りだ。
だけど、知られたくないこの気持ちを永遠に心に閉ざそうと決めた矢先、またお姉ちゃんに惹かれてしまい…。
もう、こんな気持ち、私自ら壊そうと考えてしまった。
******
似たもの同士のカップルは長続きしない、そんな言葉をネットニュースで見たことがある。気分で電源を入れたため検索するものなどなく、暇潰し程度で私は広告を開いた。そこに書かれてあった言葉は、最初の頃は意気投合するものの、次第に相手といても面白く感じない、というものであった。
その言葉の意味をあの時の私は深く考えなかったが、今になってはその意味がよくわかる気がした。
そして思う、私と香奈さんは恋人ではないが性格が似すぎている。あり得ないぐらいに無口なところが。
…どうしたらいいの、お姉ちゃん。
天気のよい昼下がり、私と香奈さんはステージにかなり近いベンチで並んで食事を摂っている…という設定にしてもらっている。
正直にもの申すと、午前中かなり歩き回ったため、私の体力が悲鳴をあげていた。そのため、お昼を摂るという名目で私は体力を回復していた。
…というのも設定です。すみません、謝ります。実際は、あと少しで始まる部活動発表を見たいだけです。
そんな他人にとってはあまり興味がないことのために座っていることを香奈さんに中々言い出せず、気付けば三十分ほど居座っていた。
ちなみにその三十分の間、私と香奈さんとの会話は座ってから僅か二分で終了している。それ以降、私と香奈さんの間に言葉はなく、食事を終えた香奈さんはストローをくわえたまま携帯をいじっている。かなり鋭い目付きで携帯を眺めているその姿に、周りの人々は不審者を見ているような目で香奈さんを見ていた。
香奈さん…。何をそんなに見ているのですか?
私は家にあるパソコンで調べものや連絡などしているため、携帯電話を所持していない。元々私はいじめられていたこともあり、土日は外出することはほとんどなく家に引きこもり気味。
しかし、高校に入学してからは琴美さんたちと外出することがあり、外によく出ている。そのため、外でも連絡出来たらと最近興味が出始めていた。
「…ねぇ舞ちゃん。じろじろ見るの止めてくれない?」
ストローを口から離した香奈さんの一言に、私は香奈さんの携帯をじっと見ていた事実を知った。気づいていなかった。
「あ、そ、その…。ご、ごめんなひゃい!」
動揺のあまり、「ひゃい」と言ってしまった私はますます動揺する。目には涙がたまっていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。別に泣く要素ないでしょ?」
香奈さんは香奈さんで、私の目に涙があることを知り、それはそれで動揺している。
泣き虫なのは昔から変わらない。人に怒られればすぐに涙目になり、問いただされてもすぐになる。それでも、何故か怪我をした時だけは涙目にならなかった。そのため、他人から暴力をふらても、私は泣くことはなかった。
むしろ、笑っていたかもしれない。
ハンカチで涙を拭くと、「すみません」とペコリと頭を下げる。「別に謝らなくても」と香奈さんは頭を上げるようお願いされたため、私は顔を上げる。
「…それで、やっと私に何か話す気になった?」
赤眼鏡を指で上げ片手に持ったままのストローを容器に刺すと、香奈さんはいじっていた携帯を閉じポケットにしまう。どちらかと言うと、携帯に興味がある、などと言う勇気は私にはなく、何となく、香奈さんに香奈さん自身を話してもらおうと話題をふろうとしたが、何を聞いたら良いか分からず、結局…
「その…。か、香奈さんは、何か…その…ご趣味とか、あ、あるのですか?」
と言おうと頭で考える前に口が先走った。
「私の趣味?そんなの聞いても、舞ちゃんには興味ないかもよ。」
仏頂面を少し緩め私に告げたが、「興味なく、ないです。」と途切れ途切れではない言葉を発した。
私は、香奈さんのことに興味があるものの、香奈さん自身は苦手である。例えるなら、魚の生態系に興味があるが魚が食べれない、みたいな感じだろうか。ともあれ、私がそう感じるのは、私と香奈さんにあまり接点がないからである。
私と香奈さんは基本、自ら他人に話しかけようとはせず、他人が声をかけ初めて口を開くような人間だ。そのため、私と香奈さんはほとんど話し合ったことはない。それでも、私は香奈さんに前々から興味があった。
私の真剣な目に少々困ったような顔で首に手を当てた香奈さんは小さくため息をつき、香奈さん自身についてぽつぽつと話してくれた。
冒頭は自己紹介と言っても良いような内容だった。生年月日、血液型、出身中学など。しかし、名前と性格と生年月日ぐらいしか詳しいことは知らない私にとって、それはかなり重要な内容だった。
そういった説明を二分ほどで終えると、軽く咳払いしてから再び口を開いた。
「私の趣味はね…。笑わない?」
一体どのような趣味なのか検討もつかない私は、「笑いません」と言いきった。もちろん、笑うつもりはない。
「…私ね、夜空を眺めるのが好きなの。幼い頃、両親と見た星空の影響でね。それが、両親との唯一の思い出でもあるんだけどね。」
香奈さんは懐かしげに話している視線の先には、子供連れの家族が仲良く歩いている姿があった。
「それは…。」
「…舞ちゃんとは気が合うから話してあげる。…私の両親はね、私が物心ついた頃に不慮の事故で亡くなったの。」
子供連れの家族を見る香奈さんの目は、遥か先を見ているような遠い目をしていた。
「あの頃の私はまだ幼く、死という言葉の意味がわかってなかった。今となってはわかるけど、それでも実感がないの。両親が消えてしまったことが。」
私の髪を連れ去るかのように冷たい風が一瞬だが強く吹く。その風のせいか、誰かが持っていた赤色の風船が空に上がっていく。
が、香奈さんはそれに動じることなく話し続けた。
「でも、それでいい。たとえ今両親がいなくても、私の記憶の欠片には両親が存在している。実感がなくても、夜空を見ていれば両親が側にいる。そう思えるから、それでいい。」
寂しそうに語る香奈さんだが、その表情は優しい顔をしており、そんな風に笑えるのだと思ったのと同時に、それが何処と無く、母親に似ていると感じた。
「…い、いいんですか?そ、そんなこと、わ、私何かに…。その、話しをして、い、いただいて?」
私の問いにいつも通りの顔に戻し考える香奈さん。その姿は、小坂先生のような出来る女性に見える。足りないとすれば、ピンヒールに黒タイツだろうか。
そんなことしなくても、ベストとボウタイとワイシャツの第一ボタンを外して腕を少しまくればいい、などと変な考えが脳を過る寸前で香奈さんの声が耳に入ってきた。
「私、人間観察も好き。それで、舞ちゃんが昔の私と似ていると感じたから話した。それだけよ。」
私と香奈さんの性格が似すぎていることは承知している。でもそれが、昔の香奈さんに似ていると香奈さん自身から言われれば、私は知りたい。
殺していた、今は思い出せない感覚を。
膝の上に置いていた手で拳を作ると、それが開始の合図であるかのようにダンス部の演技が始まった。そしてその数秒後、香奈さんは何かに気づいたように若干目を大きく開く。
私は目を大きく開いた理由を聞くことなく、ステージに視線をもっていく。そして、その目でお姉ちゃんを探し始めた。
ダンス部の一年生で唯一、先輩方と少人数精鋭で大会に出ているお姉ちゃん。それでも、今日は高学年を基盤にした演目らしく、お姉ちゃんは前から二列目の端の方にいた。そのキレの良い踊りは、横にいる人たちの遥か上である。
お姉ちゃんが踊っているところ、始めて見たな…。
お姉ちゃんが自宅で猛練習していることは知っているものの、その練習姿を私は一度も目にしたことはない。私が部屋で勉強している時も、私が晩御飯の支度をしている時も、お姉ちゃんの部屋からは一時期、床に穴が開くのではないかと思うほど、ドタドタと音が聞こえていた。
私は一度だけ、お姉ちゃんの練習風景を見ようとしたことがあり、夜中にコッソリ部屋を覗こうとしたところ、タイミングよくお姉ちゃんが部屋から出てき、「見るなよ」と怒ったような声で叱られた。それ以来、私は覗こうと考えたものの、それを実行には移せなかった。
あんな笑顔のお姉ちゃん、久しぶりだな。いつぶりだろう。きっと今、私のことなんて考えていないんだろうな…。
楽しそうなお姉ちゃんとは対称に、私の心は曇っていた。あれほど笑うお姉ちゃんを見たのは、多分中学生になったばかりの頃が最後だっただろう。理由はハッキリとわかっているが、話せば長くなる。
「ねぇ舞ちゃん。」
香奈さんに呼ばれ、私は「ひゃい!」と動揺が混ざった返事を香奈さんに送った。
「舞ちゃんは昔の私に似てる。紛れもなく、愛する人に愛されたいってところが。」
「…愛されたい、ですか?」
「そう。何となく、舞ちゃんに気になる人がいるってことはわかる。手を伸ばせば触れられそうだけど、実際は伸ばしても触れられないような近くて遠い存在。そんな相手に、多分舞ちゃんは愛されたいんだと思う。かつての私も、そんな感じだったから。」
香奈さんの力がこもっていないその言葉は、弱音を吐いているようで、いつもの香奈さんらしくない。そして、そんな香奈さんが言う「かつての香奈さん」について深く知りたかった。
香奈さんは立ち上がると体をうんと伸ばしすとポケットから小さめの財布を取り出した。
「難しく考えないほうが身のため。でないと、私や琴美ちゃんみたいに壊れるよ。」
よく分からない警告をした香奈さんは、「飲み物買ってくる。」とまるで逃げるように立ち去って行った。
そんな香奈さんを見送ると、私は再びお姉ちゃんの方へと顔を向ける。相変わらず、笑顔を絶やさないお姉ちゃんは昔のお姉ちゃんを思い出す。
私、お姉ちゃんに愛されたいのか…。分かんないな、愛されるって感覚が…。
私の感じるこの想いを一言で済ませるのなら、それは「恋」だと思っている。けれどそれは、少女漫画のようなハッピーエンドにはなることはない。どれだけ形が清くとも、渇望した私の恋は、いつか儚く砕け散る。それがいつ、どんな形で壊されるかはわからない。だから…。
「だから、壊れてください。こんな感情…。」
どれだけ私が涙を流しても、この感情が私から離れることはなく、お姉ちゃんと過ごした綺麗な過去だけが私の脳に蘇ってくるばかりであった。
私が受け入れなかったのは、決してお姉ちゃんが嫌いというわけではない。もちろん、仲が良いことは事実。けれど、私にとってお姉ちゃんはそれ以上の価値を持っている。
それを一言で済ませるのなら、「恋」だと私は思っている。
…わかっている。お姉ちゃんと私は同性であり血縁関係上「姉」である。もし同性同士の恋愛が世間で何も言われなくなったとしても、血縁関係上の問題があり世間からの視線は痛いだろう。私の場合はいじめられていた頃もあり、それに似た視線で見られることにはいつの間にか慣れてしまっているが、お姉ちゃんは多分慣れたくても慣れないだろう。
だからもう、こんな想いを捨てようと私は高校に入学する前に決心していた。ちゃんとした双子の姉妹になろうと、私の気持ちを殺しお姉ちゃんに部活を勧め距離を置いた。
案の定、お姉ちゃんは何度も私に理由を問いかけてきた。今思えば、馬鹿正直に言ってしまった方が私自身、楽だったかもしれない。お姉ちゃんに抱いている私の想いを…なんて、言える勇気など、私にはなかった。
何がともあれ、お姉ちゃんを説得して半ば強引に入部させることができ、これでお姉ちゃんとは一定の距離を保てると思っていたが、距離を保てたのは僅か二ヶ月ほどだった。そう、琴美さんたちとハンバーグを食べたあの日までだった。
別にあの日過ごしたことが嫌だったというわけではない。むしろ感謝している。あの日のことがなければ、私は未だ、殻に籠っていただろう。だから、あの日のことは本当に感謝している。
だからこそ、今まで隠していたお姉ちゃんへの気持ちが、まるで砂時計のように徐々に徐々に漏れていた。鈍感なお姉ちゃんは気づいていないが、お姉ちゃんと話す度、言葉の選択に私の集中力は注がれている。どんな言葉を、どんな風にお姉ちゃんに伝えれば良いか、言葉一つ一つにいつも以上に慎重になっている。
そんな想いをしている私をお姉ちゃんは何も知らない。けれどそれが、私にとって嬉しい限りだ。
だけど、知られたくないこの気持ちを永遠に心に閉ざそうと決めた矢先、またお姉ちゃんに惹かれてしまい…。
もう、こんな気持ち、私自ら壊そうと考えてしまった。
******
似たもの同士のカップルは長続きしない、そんな言葉をネットニュースで見たことがある。気分で電源を入れたため検索するものなどなく、暇潰し程度で私は広告を開いた。そこに書かれてあった言葉は、最初の頃は意気投合するものの、次第に相手といても面白く感じない、というものであった。
その言葉の意味をあの時の私は深く考えなかったが、今になってはその意味がよくわかる気がした。
そして思う、私と香奈さんは恋人ではないが性格が似すぎている。あり得ないぐらいに無口なところが。
…どうしたらいいの、お姉ちゃん。
天気のよい昼下がり、私と香奈さんはステージにかなり近いベンチで並んで食事を摂っている…という設定にしてもらっている。
正直にもの申すと、午前中かなり歩き回ったため、私の体力が悲鳴をあげていた。そのため、お昼を摂るという名目で私は体力を回復していた。
…というのも設定です。すみません、謝ります。実際は、あと少しで始まる部活動発表を見たいだけです。
そんな他人にとってはあまり興味がないことのために座っていることを香奈さんに中々言い出せず、気付けば三十分ほど居座っていた。
ちなみにその三十分の間、私と香奈さんとの会話は座ってから僅か二分で終了している。それ以降、私と香奈さんの間に言葉はなく、食事を終えた香奈さんはストローをくわえたまま携帯をいじっている。かなり鋭い目付きで携帯を眺めているその姿に、周りの人々は不審者を見ているような目で香奈さんを見ていた。
香奈さん…。何をそんなに見ているのですか?
私は家にあるパソコンで調べものや連絡などしているため、携帯電話を所持していない。元々私はいじめられていたこともあり、土日は外出することはほとんどなく家に引きこもり気味。
しかし、高校に入学してからは琴美さんたちと外出することがあり、外によく出ている。そのため、外でも連絡出来たらと最近興味が出始めていた。
「…ねぇ舞ちゃん。じろじろ見るの止めてくれない?」
ストローを口から離した香奈さんの一言に、私は香奈さんの携帯をじっと見ていた事実を知った。気づいていなかった。
「あ、そ、その…。ご、ごめんなひゃい!」
動揺のあまり、「ひゃい」と言ってしまった私はますます動揺する。目には涙がたまっていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。別に泣く要素ないでしょ?」
香奈さんは香奈さんで、私の目に涙があることを知り、それはそれで動揺している。
泣き虫なのは昔から変わらない。人に怒られればすぐに涙目になり、問いただされてもすぐになる。それでも、何故か怪我をした時だけは涙目にならなかった。そのため、他人から暴力をふらても、私は泣くことはなかった。
むしろ、笑っていたかもしれない。
ハンカチで涙を拭くと、「すみません」とペコリと頭を下げる。「別に謝らなくても」と香奈さんは頭を上げるようお願いされたため、私は顔を上げる。
「…それで、やっと私に何か話す気になった?」
赤眼鏡を指で上げ片手に持ったままのストローを容器に刺すと、香奈さんはいじっていた携帯を閉じポケットにしまう。どちらかと言うと、携帯に興味がある、などと言う勇気は私にはなく、何となく、香奈さんに香奈さん自身を話してもらおうと話題をふろうとしたが、何を聞いたら良いか分からず、結局…
「その…。か、香奈さんは、何か…その…ご趣味とか、あ、あるのですか?」
と言おうと頭で考える前に口が先走った。
「私の趣味?そんなの聞いても、舞ちゃんには興味ないかもよ。」
仏頂面を少し緩め私に告げたが、「興味なく、ないです。」と途切れ途切れではない言葉を発した。
私は、香奈さんのことに興味があるものの、香奈さん自身は苦手である。例えるなら、魚の生態系に興味があるが魚が食べれない、みたいな感じだろうか。ともあれ、私がそう感じるのは、私と香奈さんにあまり接点がないからである。
私と香奈さんは基本、自ら他人に話しかけようとはせず、他人が声をかけ初めて口を開くような人間だ。そのため、私と香奈さんはほとんど話し合ったことはない。それでも、私は香奈さんに前々から興味があった。
私の真剣な目に少々困ったような顔で首に手を当てた香奈さんは小さくため息をつき、香奈さん自身についてぽつぽつと話してくれた。
冒頭は自己紹介と言っても良いような内容だった。生年月日、血液型、出身中学など。しかし、名前と性格と生年月日ぐらいしか詳しいことは知らない私にとって、それはかなり重要な内容だった。
そういった説明を二分ほどで終えると、軽く咳払いしてから再び口を開いた。
「私の趣味はね…。笑わない?」
一体どのような趣味なのか検討もつかない私は、「笑いません」と言いきった。もちろん、笑うつもりはない。
「…私ね、夜空を眺めるのが好きなの。幼い頃、両親と見た星空の影響でね。それが、両親との唯一の思い出でもあるんだけどね。」
香奈さんは懐かしげに話している視線の先には、子供連れの家族が仲良く歩いている姿があった。
「それは…。」
「…舞ちゃんとは気が合うから話してあげる。…私の両親はね、私が物心ついた頃に不慮の事故で亡くなったの。」
子供連れの家族を見る香奈さんの目は、遥か先を見ているような遠い目をしていた。
「あの頃の私はまだ幼く、死という言葉の意味がわかってなかった。今となってはわかるけど、それでも実感がないの。両親が消えてしまったことが。」
私の髪を連れ去るかのように冷たい風が一瞬だが強く吹く。その風のせいか、誰かが持っていた赤色の風船が空に上がっていく。
が、香奈さんはそれに動じることなく話し続けた。
「でも、それでいい。たとえ今両親がいなくても、私の記憶の欠片には両親が存在している。実感がなくても、夜空を見ていれば両親が側にいる。そう思えるから、それでいい。」
寂しそうに語る香奈さんだが、その表情は優しい顔をしており、そんな風に笑えるのだと思ったのと同時に、それが何処と無く、母親に似ていると感じた。
「…い、いいんですか?そ、そんなこと、わ、私何かに…。その、話しをして、い、いただいて?」
私の問いにいつも通りの顔に戻し考える香奈さん。その姿は、小坂先生のような出来る女性に見える。足りないとすれば、ピンヒールに黒タイツだろうか。
そんなことしなくても、ベストとボウタイとワイシャツの第一ボタンを外して腕を少しまくればいい、などと変な考えが脳を過る寸前で香奈さんの声が耳に入ってきた。
「私、人間観察も好き。それで、舞ちゃんが昔の私と似ていると感じたから話した。それだけよ。」
私と香奈さんの性格が似すぎていることは承知している。でもそれが、昔の香奈さんに似ていると香奈さん自身から言われれば、私は知りたい。
殺していた、今は思い出せない感覚を。
膝の上に置いていた手で拳を作ると、それが開始の合図であるかのようにダンス部の演技が始まった。そしてその数秒後、香奈さんは何かに気づいたように若干目を大きく開く。
私は目を大きく開いた理由を聞くことなく、ステージに視線をもっていく。そして、その目でお姉ちゃんを探し始めた。
ダンス部の一年生で唯一、先輩方と少人数精鋭で大会に出ているお姉ちゃん。それでも、今日は高学年を基盤にした演目らしく、お姉ちゃんは前から二列目の端の方にいた。そのキレの良い踊りは、横にいる人たちの遥か上である。
お姉ちゃんが踊っているところ、始めて見たな…。
お姉ちゃんが自宅で猛練習していることは知っているものの、その練習姿を私は一度も目にしたことはない。私が部屋で勉強している時も、私が晩御飯の支度をしている時も、お姉ちゃんの部屋からは一時期、床に穴が開くのではないかと思うほど、ドタドタと音が聞こえていた。
私は一度だけ、お姉ちゃんの練習風景を見ようとしたことがあり、夜中にコッソリ部屋を覗こうとしたところ、タイミングよくお姉ちゃんが部屋から出てき、「見るなよ」と怒ったような声で叱られた。それ以来、私は覗こうと考えたものの、それを実行には移せなかった。
あんな笑顔のお姉ちゃん、久しぶりだな。いつぶりだろう。きっと今、私のことなんて考えていないんだろうな…。
楽しそうなお姉ちゃんとは対称に、私の心は曇っていた。あれほど笑うお姉ちゃんを見たのは、多分中学生になったばかりの頃が最後だっただろう。理由はハッキリとわかっているが、話せば長くなる。
「ねぇ舞ちゃん。」
香奈さんに呼ばれ、私は「ひゃい!」と動揺が混ざった返事を香奈さんに送った。
「舞ちゃんは昔の私に似てる。紛れもなく、愛する人に愛されたいってところが。」
「…愛されたい、ですか?」
「そう。何となく、舞ちゃんに気になる人がいるってことはわかる。手を伸ばせば触れられそうだけど、実際は伸ばしても触れられないような近くて遠い存在。そんな相手に、多分舞ちゃんは愛されたいんだと思う。かつての私も、そんな感じだったから。」
香奈さんの力がこもっていないその言葉は、弱音を吐いているようで、いつもの香奈さんらしくない。そして、そんな香奈さんが言う「かつての香奈さん」について深く知りたかった。
香奈さんは立ち上がると体をうんと伸ばしすとポケットから小さめの財布を取り出した。
「難しく考えないほうが身のため。でないと、私や琴美ちゃんみたいに壊れるよ。」
よく分からない警告をした香奈さんは、「飲み物買ってくる。」とまるで逃げるように立ち去って行った。
そんな香奈さんを見送ると、私は再びお姉ちゃんの方へと顔を向ける。相変わらず、笑顔を絶やさないお姉ちゃんは昔のお姉ちゃんを思い出す。
私、お姉ちゃんに愛されたいのか…。分かんないな、愛されるって感覚が…。
私の感じるこの想いを一言で済ませるのなら、それは「恋」だと思っている。けれどそれは、少女漫画のようなハッピーエンドにはなることはない。どれだけ形が清くとも、渇望した私の恋は、いつか儚く砕け散る。それがいつ、どんな形で壊されるかはわからない。だから…。
「だから、壊れてください。こんな感情…。」
どれだけ私が涙を流しても、この感情が私から離れることはなく、お姉ちゃんと過ごした綺麗な過去だけが私の脳に蘇ってくるばかりであった。
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