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27、待ちに待った文化祭、私は貴女と過ごしますⅥ。

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 時間が経つのはあっという間だ。人は刺激や楽しみを感じることで時間の経過が早くなる、と言うのは以前にも話しただろう。いつ話したかは覚えてないけれど、それほど遠い記憶ではない。
 夕日が段々落ちていくと共に、校舎内は徐々に暗くなる。それでも電気を付けようとしないのは、まだ文化祭が名残惜しい証拠であろう。
 校舎の窓から見えるのは、出し物を片付ける人たちで群がっていた。けれどほとんど片付けており、水鉄砲ではしゃぐ者、残った食材で創作料理する者がちらほらといる。綺麗なお姉さん的な先輩方のイメージが一瞬にして崩壊する。
 イメージが崩壊したのは、先輩方に限ったことではない。

「鈴ちゃん、お腹大丈夫なの?」

 夕暮れ時の教室には、私と鈴ちゃんの二人のみしかいない。放課後の教室に二人っきりというシチュエーションは、もはや少女漫画の鉄板だ。
 けれど、少女漫画をほとんど読まない鈴ちゃんの脳にはそんな考えはなく、あるとすればお腹が痛いという考えであろう。
 鈴ちゃんは大丈夫大丈夫と笑顔で言うが、三十分前からお腹を手で擦りながらずっと席に座りっぱなしだ。大丈夫のわけがない。
 それでも、お腹が痛くなってからすぐに飲ませた薬のおかげだろうか、笑顔も大分いつものように戻っている。お腹に痛みを感じてすぐの鈴ちゃんの顔は死人同然であった。

「だから大食いはダメだって言ったでしょ。その直後に激しい運動なんて論外。」

 私は躊躇なく鈴ちゃんにお説教を始める。内容は違うものの、本日のお説教はこれで四回目である。
 鈴ちゃんがお腹が痛くなった理由。それは私と徹君が話していた時からだと、聞いた話から推測している。
 私が徹君と話していた頃、私を心配した鈴ちゃんは私の好物が売られてある店を探していたらしい。しかし、ちょうどお昼時だったために、鈴ちゃんはお昼を一人摂ったと聞いた。焼そば、サーターアンダーギー、焼きとうもろこしなど。小坂先生もなのだが、彼女たちの体事情を本気で知りたいと思ってしまった。
 大食いまでなら、まだ私は許せていた。けれど、鈴ちゃんはその後、付け加えるようにして次のように述べた。

「ステージの上で告白するっていう出し物があってね、ラスト一人って聞いて全力でステージに走っててさ。それで、何とかしてステージの上に立てたの。で、大声で琴美に告白みたいなのしたんだけど…。」

 …。ごめんなさい、聞いてませんでした、なんて言えるわけもなく、私は適当に返答した。照れながら笑う鈴ちゃんの姿に、私は罪悪感しかなかった。
 
「…まぁそれはともかく、お腹治まっているうちに帰ろ。まだ日は落ちないだろうから明るいうちに、ね。」 

 そうは言うものの、窓から見る限り太陽の四分の一は沈んでいる。もうほとんど明るい時間は残っていない。
 私は鈴ちゃんからの返答を待つことなく、机にかけてある鈴ちゃんの鞄を持つ。荷物がない方が、少しは楽であろう。
 
「…やだ。まだ痛いから帰りたくない…。」

 頬を机にピタリと引っ付けながら、少し疲れ気味に弱音を吐く。らしくない鈴ちゃんに、私はよけい心配になる。
 鞄を隣の机に置くと、そこにある椅子を鈴ちゃんの側に寄せて座る。

「そんなこと言ってたら、いつまで経っても帰れないよ。学校の前までタクシー呼んであげるから、正門までは頑張ってよ。」

 鈴ちゃんの背中を擦りつつ、ポケットから携帯を取りだしタクシー会社に電話をかける。文化祭の準備等で忙しかったために、私の発信履歴は鈴ちゃんとタクシー会社で埋め尽くされている。
 電話をかけ終えると、それに気づいたかのように鈴ちゃんがお腹に手を当てたまま起き上がる。けれど、相変わらずのようすだ。

「数分もすればタクシー着くから帰るよ。ゆっくり歩いて降りれば待たずに乗れるはずだから。」

 私は鈴ちゃんの手を握ろうとすると、その小さな体が私の膝の上に力無く倒れ込んでくる。水鉄砲で散々びしょ濡れになった制服が若干乾いているのが膝の肌から感じる。

「鈴ちゃん、大丈夫?歩けそう?」

 私は鈴ちゃんの背中を軽く叩くが、あまりよい反応はない。

「鈴ちゃん?先生呼んで運んでもらう?」

 いくら私が呼び掛けても、鈴ちゃんからはいっこうに返事がなく、返答が来たのは私が立ち上がったときだった。
 私が立ち上がるとき、鈴ちゃんはスカートの端をギュッと握りしめた。幼い頃の鈴ちゃんが頭に浮かぶ一方、あの人との思い出も浮かび上がっていた。そしていつの間にか、鈴ちゃんとあの人を照らし合わせていた。
 外見や性格はどうしようもないことだが、仕草や話し方など、似ているところが多々ある。勿論、似ていないところも少なからずあるのだが、似ているところのほうが圧倒的に多い。スカートの端を握りしめる動作も、その一つだ。

 本当、嫌なぐらい似ている。

 立ち上がるのをやめた私は小さくため息をつくと、再び席に腰かける。それに反応した鈴ちゃんは、くるりと私に顔を向けにこりと笑った。その不意の笑顔に私の心はつい奪われてしまい、一瞬最低なことを考えてしまい、思わずフッと笑ってしまう。

「ねぇ琴美、何で今笑ったの?」

 私のことなの?とムスッとした顔つきになる鈴ちゃん。とりあえず、私は理由を話す前に謝っておいた。

「私自身、何でこんなこと考えちゃったんだろうな、最低だな私はって思ったら、何か馬鹿らしくなっちゃって。」

 鈴ちゃんの口元に付いてあるポテトの塩を指ですくい、それをペロリと口にする。わかっていたことなのだが、味を一切感じない。
 私の言葉に興味津々の様子を見せる鈴ちゃんは、話してよと言わんばかりの目で私をじっと見つめてくる。その目にまた心を惹かれるも、口にしてはいけないような内容だったため、私は鈴ちゃんから視線を逸らした。
 それでもじっと見つめてくる鈴ちゃんに、数秒経った私は鈴ちゃんに白旗を挙げた。

「わかったから、そんな仔犬みたいな目で見つめないで。」

 今の鈴ちゃんを例えるならば、ご主人に構ってほしい仔犬である。尻尾をフリフリとする鈴ちゃんの姿を妄想してしまった私は、今すぐ鈴ちゃんに謝りたい所存だ。
 
「私がさっき考えたこと、それはね…。」

 罪の意識を抱えつつ、鈴ちゃんの前髪をはらい、その額に触れる程度に唇を当てる。我ながら、無防備の人間にこんなことするなど最低だとつくづく思う。
 鈴ちゃんから離れると、今何が起こったのか理解できていない様子の鈴ちゃんが口をポカンと開けているのが目にはいる。

「こういうこと。」

 そう悪戯っぽく言ったのだが、鈴ちゃんからは何の反応もなく、ただただ私が恥をかいただけであった。

「…ほ、ほら。タクシーもそろそろだと思うから、早く教室出ようね。」

 私自身、まだタクシーが着かないことは知っていたが、あまりの恥ずかしさに思考が変になっており、何を言い出しているのかわからなかった。
 半乾きの制服から離れた膝の寒さに耐えながら、私は鈴ちゃんの顔を見ること無く立ち上がる。湿っている膝の感覚は気持ち悪く、早く帰宅し乾かしたい。
  けれど人間は、人の本心を読み取ることなど出来ない。勿論、鈴ちゃんもだ。
 鈴ちゃんは再び私のスカートの端を握りしめ、「まだ」と目で訴えてきた。仔犬のような目に抵抗が付いた私だが、捨て犬のような目には抵抗はなく、私は小さく息を吐きまた同じ席につく。

「どうして帰りたくないの?家の方がきっと楽だよ?ベットもあるし、お薬もいいのがあるよ。」

 鈴ちゃんの頭を軽く撫でながら私は帰りたい意思を主張する。けれど、鈴ちゃんは決して首をたてに振ることは無かった。何故ここまで帰りたくないのか疑問に思う。
 気がつけば外は大分暗くなっており、さすがに他校舎や運動場からは光が放たれている。夕日がほとんど隠れた空には水彩絵の具を使用したような、綺麗なグラデーションが描かれている。けれどそれが、よりいっそうあの日の情景が脳を過る。
 鈴ちゃんは私の言葉に不満を持ったのか、膝を指で強くつねった。相変わらず、力加減というものを知らないらしい。

「痛い痛い痛い痛い!ちょっと鈴ちゃん離して!」

 私が地団駄を踏むと、さすがの鈴ちゃんも手を離してくれる。つねられた所は綺麗に赤く染まっている。

「ねぇ鈴ちゃん、何でそんなに強くつねるの?私何も悪いことして…。」

 私は鈴ちゃんの頬をつねようとした時、急に鈴ちゃんが飛び付くように抱きついてきた。締め付けがきつく、お腹から何か出てきそうになった。

「鈴ちゃん、吐くから力弱めて。ここで私が倒れたら、教室(ここ)で暮らさないといけなくなるよ。」
「大袈裟だよ…。」
「けど痛いから弱めて!」

 はいはいと生返事をする鈴ちゃんは、締め付けを緩くしてくれる。先程の力であと数秒経っていれば、きっと私はもどしていただろう。
けれど、依然として鈴ちゃんは不満そうに私を睨み付ける。上目遣いに心惹かれるが、目付きをどうにかしてほしい。

「…琴美、私が帰りたくない理由、教えてほしい?」

 鈴ちゃんの問いかけに私はこくりと頷くと、「何で覚えてないのさ」と独り言を呟いた。その言葉に疑問を持った私だが、鈴ちゃんの一言で何故不満かを理解した。

「今日、デートじゃん。帰ったら、デート終わっちゃうよ。だから、帰りたくないなって…。べ、別に琴美が帰りたいって言うなら…帰っても…いいよ?」

 睨み付けるような目付きをから、決まりの悪そうな顔で上目遣いのままこちらをじっと見つめ始める。その表情に私の心臓は良い意味で潰れそうになる。
 これ以上直視していれば私は私を保てなくと感じ、視線を窓に移した。外は完全に夜となっており、運動場から光るライトが教室を明るく照らす。笑い声もいつの間にか消えている。

 鈴ちゃん、まだ見てる…。

 私が何度も視線を戻そうとしても、こちらをじっと見つめる鈴ちゃんに振り返ることができなかった。
 鈴ちゃんの言うとおり、デートだということは忘れてはいない。手を繋いで歩いたり、食べ物を共有しあったり、額に口づけしたり…。
 けれどそれが、半年も同じ空間で過ごしてきたために、いつも通りの生活とほとんど変わらず(口づけを除く)、これがデートだと感じていなかった。それは、鈍感な鈴ちゃんですら薄々は気づいているだろう。

 実際、デートってどんなことしてるんだろ…。

 私の頭の中は疑問でいっぱいになっていたが、別に今考えることでもなく、私はそっと鈴ちゃんの頭に手を置くと「…あと五分だけ」と視線を逸らしたまま独り言のように呟く。それが嬉しかったのだろう、鈴ちゃんの抱き締める力がまた元に戻り始めているのを感じ、私は「やめて」と頬をつねる。
 この時、鈴ちゃんの顔は嬉しそうに笑っていたのだが、その目元には何故か涙が溜まっており、再び私に不安を感じさせた。
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