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18、貴女の顔が見れなくて、私はかなり寂しいですⅢ。
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「ところでさ、琴美。」
私が告白してから五分が経った頃、私と鈴ちゃんはテーブルで向かい合わせになってカスタードプリンを口にしていた。スーパーで何個か入っているようなプリンとは格が違うが、値段の割にはあまり美味しくはない。私が作る方が何倍も美味しい、何てことを言うと鈴ちゃんが怒ってはいけないので、美味しそうな顔をしながら鈴ちゃんの顔を見る。
「恋人同士って実際、何するの?」
急な質問に、私は思わず口にしたプリンを飲み込んでしまう。喉を通る感覚が気持ち悪く、私は咳き込んだ。
「だ、大丈夫?」
鈴ちゃんがおろおろとした様子でこちらに寄り添おうとするが、私は大丈夫というように、鈴ちゃんに手のひらを突き出して止める。心配そうにしているが、そこまでのことではない。むしろ、私そこまで心配することに私は心配している。
私は鞄の中に入れてあった白のマグボトルを手にし、中に入ってある水を一気に飲み干す。喉に残る僅かなプリンの破片と共に、私の胃の中に入っていく。
「大丈夫だから心配しな…。」
咳が一瞬止まった間に早口気味で言ったが、あと残り僅かというところでまた咳き込む。鈴ちゃんも最初はホッとしたような顔でこちらを見ていたが、私が再び咳き込み始めると、鈴ちゃんもまた心配そうにこちらを見る。
私は心臓辺りを軽く叩き息を整える。大分落ち着いてきたので、私は小さく息をつく。
「急に咳き込むからビックリしたよ。」
誰のせいでこんなことになったと思ってるの、と鈴ちゃんにツッコミたくなるがここはグッと堪えようと我慢した。
私はマグボトルをテーブルの上に置き、再びプリンのカップを手にする。
「それでさ、琴美。実際何すれば、恋人と認定されるの。」
まだ言うかこの小娘は
私は口にする寸前のスプーンを戻し、カップと共にテーブルの上に置く。そして一つ、咳払いをしてから鈴ちゃんを見つめる。少し照れている様子だが、今の私は鈴ちゃんにキュンとはしない。むしろ、少々イラッとしてる。
「まさかだと思うけど、少女漫画とか恋愛ドラマとかって見たことある?」
私は鈴ちゃんと同じ家に暮らし始めて、まだ一度も鈴ちゃんがドラマ見ているところを見たことがない。先程部屋を見渡した際も、本棚はあるものの漫画らしきものは一切見当たらない。
鈴ちゃんは目を閉じて考えているが、そうでもしないと思い出せないほど見たことがないのだろう。精々、書店に並んである試し読み程度だろう。
「んーー…。書店にある漫画雑誌でパラパラッと立ち読みした程度かな?ドラマは…サスペンス物しか見ないかな。」
目を開いてへへっと頭をかきながら苦笑いする鈴ちゃん。予想していたものの、いざ実際聞くとやはり驚いてしまうのが現実である。
「…それ、本当に言ってる?」
「本当だけど?」
何か変?というようなキョトンとした顔で鈴ちゃんは私を見つめているが、対する私は唖然としていた。
「あのね鈴ちゃん。世間一般の女の子達は、少女漫画も恋愛ドラマも見ているんだよ。それで学んでいることだってあるの。」
「学ぶって、何を学ぶの?」
「…恋愛について…。」
私は頭を抱え、ため息をつく。
「ならどこで恋人って言葉を知ったの?」
私は鈴ちゃんをチラリと見る。するとやはり、鈴ちゃんはまた目を閉じて考え始める。もう結構ですと言いたいが、鈴ちゃんの考え姿が可愛らしく、私は口にすることはできなかった。
しばらくそうしているうちに、何かを思い出したように目を見開いた。瞳は宝石を散りばめたみたいに輝いている。
「私がここに戻ってくる前のところでさ、隣に住んでいた友達が言ってた。どういうことって聞いたら、お互いがお互いを好きになることって。」
「…間違っては、ない。」
「でしょぉ!」
テーブルに乗り上がるような勢いで鈴ちゃんは立ち上がろうとするが、それを阻止するかのように私は口を開く。
「それで、恋人は何をするかまでは聞かなかったと。」
私の言葉に固まった鈴ちゃんは、弱々しく返事をし口を尖らせながら座り込む。口を尖らせている姿も可愛いという気持ちと何で聞かなかったのという呆れた気持ちが混ざり合い、私を複雑な気分にさせる。
「なら、鈴ちゃんは恋人同士は何をすると思ってるの?」
私は鈴ちゃんに問いかけ、プリンを口にする。考える素振りをしている鈴ちゃんなのだが、たまにプリンに視線がいっている。鈴ちゃんのプリンを見てみると、中身が入っていた容器は空っぽであった。ついさっきまであったはずなのだが、いつの間に間食したのだろうと私は疑問に思う。
けど…。
私は鈴ちゃんと目を合わせないよう、鈴ちゃんのプリンの容器全体を見渡す。プリンを作った生産会社には嬉しいだろうが、プリンの欠片一つ残らず食していることに、私は不満だった。
「意地汚い…。」
そう私は小さく呟き、手にしていたプリン容器を鈴ちゃんの目の前に差し出す。いいの?という顔をしているが、欲しそうな眼差しを送ってきて何を言うかと思いつつ、私は「食べていいよ。」と言い窓辺に視線を移した。まぁ、甘ったるくなってきたので丁度良かったのだが…。
「それで、恋人同士は何をするの?そろそろお昼にしたいから手短に説明してよね。」
呆れ気味でそう伝えると、鈴ちゃんは野犬のようにプリンを食べる。どうすればそんな食べ方が身に付くのか、私は多田家の教育方針を知りたい。
そういえば、入学してから鈴ちゃんの両親には会ってないな。色々聞きたいことは山積みなのに…。
私の記憶では鈴ちゃんの母親がファッションデザイナーであることは覚えてある。しかし、父親の職種については覚えていない。鈴ちゃんの母親とはよく面識があったが、鈴ちゃんの父親とはあまり面識がないせいかもしれない。ただ、タバコ臭かったのは覚えてある。当時はタバコなど知らなかったため、変な香りと認識していた。鈴ちゃんの父親の記憶はそのぐらいだ。
一方、鈴ちゃんの母親の記憶は未だに残ってある。鈴ちゃんと昔の話をしたことで思い出したこともあるが、私の中では鈴ちゃんの母親は優しいイメージが強い。離ればなれになる前は、よくお菓子を作っていただいたり、私の母親が仕事で遅くなる日は、私と琴葉を泊めて世話をしてくださった。私にとって、鈴ちゃんの母親は第二の母親とでも言う存在だった。
あんなに優しい人なのに、何で鈴ちゃんだけをここに戻したんだろ…。
鈴ちゃんの母親に聞きたいこと、それは鈴ちゃんが何故戻ってきたかということだ。結局、母親からも鈴ちゃん本人からも話を聞いていない。私が何故?と尋ねても、二人はいつも曖昧に返事をして何も話さない。琴葉も何らかの事情は知っているようで、現在私一人が何も知らない状況になっている。話すことの出来ない内容だということは何となくわかる。しかし、私は何となくとではなくすべてを知りたい。
だからこそ、鈴ちゃんの母親に一度会い、隠していることを全てを吐き出してほしい。何故、鈴ちゃんだけをここに戻したのか、障害についての詳細、それと…。
「こーとーみぃー?聞いてるのぉ?」
いつの間にか完食したプリン容器を私の前に丁寧に置いて、鈴ちゃんが不思議そうにこちらを見ていた。私は「あっ、ごめん…。」と小さく返事をし、目線を戻した。
「ちゃんと聞いてよね。こんなこと、一度しか言いたくないのに…。」
鈴ちゃんは視線を私が見ていた窓辺に移す。うっすらと頬が赤く染まっているのが見えるものの、このときの私は照れているだけだと思っていた。
「ごめん。今度はちゃんと聞くから。」
私は両手を合わせて謝ると、鈴ちゃんはこちらをチラリと見てから、またすぐに視線を窓辺に移した。
怒っているのかな…。
私は鈴ちゃんの顔を見る。鈴ちゃんは怒ったような表情をしていたが、口元が緩んでいることに私は気づいた。
「だからね…、その…キス、とか?」
照れくさそうにそう言うが、それを耳にする私の身にもなってほしいものだ。
私は硬直したが、エアコンから吹く冷たい風で現実に戻る。
「…鈴ちゃん、キス以外にもあるでしょ…。」
「例えば?」
「例えばぁ…一緒にご飯食べたり?」
「いつもしてるじゃん。」
「…じゃぁ、二人で出掛けたり?」
「それもあるじゃん。」
「…一緒のお布団で…。」
「それもある。」
一緒に寝ようしているのは鈴ちゃんだが、それはそうとして、鈴ちゃんの言うとおりだ。これまで、私と鈴ちゃんの生活における行動は、考えると全て恋人らしいものだ。二人で出掛けたりすることもあるし、ましてや食事などほぼ毎日している。恋人らしい行動を一つずつ言っても構わないのだが、そのほとんどは鈴ちゃんと一度はやったことがある。もちろん、その中にはキスも含まれている。
「そんなこと言ったら、キスもしてるじゃん。なら私の恋人になんかならなくても…。」
「キスは……その……特別、だから。」
視線を戻すことなくモジモジとしながらそう私に告げる鈴ちゃんの姿に、私は見とれてしまうがすぐに意識を戻す。
…それって、ただ私とキスしたいだけじゃ…。
私がそんなことを考えていると、鈴ちゃんが私の横に寄り添ってきた。まだ寝ぼけているようなとろんとした目付きで、私に顔を近づけてくる。
「え!?ちょ、ちょっと鈴ちゃん?ま、待ってよ。」
私は鈴ちゃんの両肩を掴みキスを拒むものの、じわりじわりと鈴ちゃんが近づいてくる。私の今の力では、ただ時間を稼いでるだけであり、もう結果は見えている。
「…待つわけないじゃん。」
鈴ちゃんはそう言うと、私との間合いを一気に詰めた。しかし勢いのあまり、私は床に押し付けられ、私の身体の上に鈴ちゃんが乗っかる形となった。鈴ちゃんの唇が、頬を指先で触れような感触を私に与えるが、その感触に驚いた私は「ひゃ!?」と裏声でそう言い、鈴ちゃんの唇から離れるようにして顔を逸らす。心臓の鼓動が聞こえるのではないか、そのぐらい今の私はドキドキしている。
「あ、あのね鈴ちゃん。少しは話を…。」
「聞かないよ。」
私の言い分を聞くことなく、鈴ちゃんは私の顔に回り込む。私は鈴ちゃんが唇を近づける動作を始める前に、咄嗟に口に手で隠し視線を逸らす。鈴ちゃんは覆い被さるような体制になっているため、両手は使用できない。もし片方でバランスを取りもう一方で私の手を除けたとしても、私にはまだ片手がある。
さぁ鈴ちゃん、どのような手で私の唇を奪うのかしら?
私には勝利の二文字しか頭にないため、勝ち誇ったかのように鈴ちゃんにどや顔を見せつける。
鈴ちゃんは頬を膨らませるとハッとした顔で私を見るなり、ニヤリと表情を変える。何かしらの打開策を考えついたの…。
「えい!」
そう言って鈴ちゃんは、鈴ちゃんの額を思いっきり私の額にぶつけた。ゴンっとかなり短めの鐘の音が私の脳に響く。
「ったぁ!ちょっと鈴ちゃん、痛いじゃな…。」
この時、私は後悔した。痛さのあまり、私の意識は額に移ったことにより、私は両手を額に当てたことに。私はまんまと鈴ちゃんの策に溺れたのだ。
鈴ちゃんは私が口を閉じた一瞬を逃すことなく、一気に私の唇との間合いを詰めた。その観察力をもっと他のものに使ってほしいものだ。
私は目を見開くが、打つ手を無し何もできない私は諦め、目を閉じようとしたときだった。
いつもならば強引にでも舌を絡めようとする鈴ちゃんなのだが、それ以前に僅か二秒ほどで私から離れたのだ。予想外の出来事に、私は再び目を見開き呆然とする。理由を聞きたい私だが、驚きのあまり声が出ない。
鈴ちゃんは私から離れると、私の鼻にコツンと鈴ちゃんの柔らかくて小さな鼻を当てる。その時、私の頭の中では変なことが浮かび上がり、それを全力で削除した。
「さっきのキスは、友達としての終止符。それで…。」
鈴ちゃんは両手をゆっくりと床から離し、私の身体の上に身体を重ねる。鈴ちゃんが今どう感じているかは分からないが、そのゆっくりとした鈴ちゃんの動作は、私を弄んでいるかのように感じる。
鈴ちゃんの両手はやがて私の両頬を包み込み、私に安堵を与えると共に少しばかりの不安もついでに与える。
「そして、これが恋人としての証。」
そしてまた、鈴ちゃんは私の唇にそっと触れると、再び私からゆっくり離れた。
「口元、残ってるよ。」
「…いつから知ってたの?」
「押し倒したとき。」
「…除けるから、鈴ちゃんど…。」
「取ってあげる。」
然り気無くそう言った鈴ちゃんは、今度は舌を出して私に寄り添ってくる。何となくだが、鈴ちゃんが何をしれかそうとしているのか理解できる。まぁもし、本当にそれをしれかそうというのであれば、私は全力で阻止するのだが…。
私が一瞬よそ見をした隙に、鈴ちゃんは私の口元のプリンを舌先で掬い上げる。舌先から垂れた唾液が、私の口元からゆっくりと口のなかに入っていく。生暖かくてほんのり甘い。ただほんの少し、鉄錆のような味のする液体が唾液とは別に喉をすぅと通る。けれどすぐに、プリンの甘さが鉄錆のような味を掻き消し、残ったのは喉から感じる例え難い違和感だった。
…くうー…。
鈴ちゃんのお腹から可愛らしい音が鳴る。私が帰って来た時間から考えると、鈴ちゃんが昼食を摂ったとは考えづらい。
「…お昼にしようか。」
私はそう言い口に手を当ててクスリと笑う。 鈴ちゃんは私の言葉を聞くなりさらに顔を赤く染める。私の頬を触れている手やキスをした唇が痙攣しているように震えている。
私は鈴ちゃんが力を加えていないと考え、私自身が出せる精一杯の力を使い起き上がる。「うわぁ!」と声をあげながら、床に倒れこむ。
「鈴ちゃん、お腹すいたんでしょ。何か適当に作るから着替えて降りておいで。」
私は鈴ちゃんの身体から無理矢理脚を除ける。何故か、デニムのハーフパンツに濡れた染みみたいなものがあったが、どこで濡らしたかは覚えていない。
私は不思議に思いつつも特に何もないため、私はゆっくりと立ち上がる。部屋を出ようと一歩脚を踏み出すと、もう片方の脚を鈴ちゃんががっしりと掴む。
「鈴ちゃんが餓死したら私が困るからさ、ご飯作らせてよ。」
私はしゃがみこみ、鈴ちゃんの手を無理矢理離そうと試みるが、がっしりと掴んである。握っている手の僅かな隙間から指を入れようかと考えたが、木の枝のように指が折れそうなほどの力だったので私はすぐにその考えを脳から消す。
「ねぇ鈴ちゃんたら…。」
私は脚から視線をあげると、鈴ちゃんが急に唇を突きだしてきた。キスをしようとしたのだろうが、位置が少し高く鼻に唇が触れた。
私がハッとした顔で鈴ちゃんを見る。
「…オムライスがいい。」
照れた顔で昼食のメニューを言われると何処と無く変な気持ちになるが、これはこれで鈴ちゃんらしいと思いつつ「すぐ作るからね。」と告げてから、私から鈴ちゃんの頬にソッとキスをすると、鈴ちゃんの唇の感触と喉の違和感を残したまま、私は部屋を後にした。
もし私が、飲まず食わずでも大丈夫な身体の持ち主ならばあのまま永遠に鈴ちゃんに触れたい、そう思った私自身が馬鹿らしく、私は胸に手を当ててにこりと笑った。
私が告白してから五分が経った頃、私と鈴ちゃんはテーブルで向かい合わせになってカスタードプリンを口にしていた。スーパーで何個か入っているようなプリンとは格が違うが、値段の割にはあまり美味しくはない。私が作る方が何倍も美味しい、何てことを言うと鈴ちゃんが怒ってはいけないので、美味しそうな顔をしながら鈴ちゃんの顔を見る。
「恋人同士って実際、何するの?」
急な質問に、私は思わず口にしたプリンを飲み込んでしまう。喉を通る感覚が気持ち悪く、私は咳き込んだ。
「だ、大丈夫?」
鈴ちゃんがおろおろとした様子でこちらに寄り添おうとするが、私は大丈夫というように、鈴ちゃんに手のひらを突き出して止める。心配そうにしているが、そこまでのことではない。むしろ、私そこまで心配することに私は心配している。
私は鞄の中に入れてあった白のマグボトルを手にし、中に入ってある水を一気に飲み干す。喉に残る僅かなプリンの破片と共に、私の胃の中に入っていく。
「大丈夫だから心配しな…。」
咳が一瞬止まった間に早口気味で言ったが、あと残り僅かというところでまた咳き込む。鈴ちゃんも最初はホッとしたような顔でこちらを見ていたが、私が再び咳き込み始めると、鈴ちゃんもまた心配そうにこちらを見る。
私は心臓辺りを軽く叩き息を整える。大分落ち着いてきたので、私は小さく息をつく。
「急に咳き込むからビックリしたよ。」
誰のせいでこんなことになったと思ってるの、と鈴ちゃんにツッコミたくなるがここはグッと堪えようと我慢した。
私はマグボトルをテーブルの上に置き、再びプリンのカップを手にする。
「それでさ、琴美。実際何すれば、恋人と認定されるの。」
まだ言うかこの小娘は
私は口にする寸前のスプーンを戻し、カップと共にテーブルの上に置く。そして一つ、咳払いをしてから鈴ちゃんを見つめる。少し照れている様子だが、今の私は鈴ちゃんにキュンとはしない。むしろ、少々イラッとしてる。
「まさかだと思うけど、少女漫画とか恋愛ドラマとかって見たことある?」
私は鈴ちゃんと同じ家に暮らし始めて、まだ一度も鈴ちゃんがドラマ見ているところを見たことがない。先程部屋を見渡した際も、本棚はあるものの漫画らしきものは一切見当たらない。
鈴ちゃんは目を閉じて考えているが、そうでもしないと思い出せないほど見たことがないのだろう。精々、書店に並んである試し読み程度だろう。
「んーー…。書店にある漫画雑誌でパラパラッと立ち読みした程度かな?ドラマは…サスペンス物しか見ないかな。」
目を開いてへへっと頭をかきながら苦笑いする鈴ちゃん。予想していたものの、いざ実際聞くとやはり驚いてしまうのが現実である。
「…それ、本当に言ってる?」
「本当だけど?」
何か変?というようなキョトンとした顔で鈴ちゃんは私を見つめているが、対する私は唖然としていた。
「あのね鈴ちゃん。世間一般の女の子達は、少女漫画も恋愛ドラマも見ているんだよ。それで学んでいることだってあるの。」
「学ぶって、何を学ぶの?」
「…恋愛について…。」
私は頭を抱え、ため息をつく。
「ならどこで恋人って言葉を知ったの?」
私は鈴ちゃんをチラリと見る。するとやはり、鈴ちゃんはまた目を閉じて考え始める。もう結構ですと言いたいが、鈴ちゃんの考え姿が可愛らしく、私は口にすることはできなかった。
しばらくそうしているうちに、何かを思い出したように目を見開いた。瞳は宝石を散りばめたみたいに輝いている。
「私がここに戻ってくる前のところでさ、隣に住んでいた友達が言ってた。どういうことって聞いたら、お互いがお互いを好きになることって。」
「…間違っては、ない。」
「でしょぉ!」
テーブルに乗り上がるような勢いで鈴ちゃんは立ち上がろうとするが、それを阻止するかのように私は口を開く。
「それで、恋人は何をするかまでは聞かなかったと。」
私の言葉に固まった鈴ちゃんは、弱々しく返事をし口を尖らせながら座り込む。口を尖らせている姿も可愛いという気持ちと何で聞かなかったのという呆れた気持ちが混ざり合い、私を複雑な気分にさせる。
「なら、鈴ちゃんは恋人同士は何をすると思ってるの?」
私は鈴ちゃんに問いかけ、プリンを口にする。考える素振りをしている鈴ちゃんなのだが、たまにプリンに視線がいっている。鈴ちゃんのプリンを見てみると、中身が入っていた容器は空っぽであった。ついさっきまであったはずなのだが、いつの間に間食したのだろうと私は疑問に思う。
けど…。
私は鈴ちゃんと目を合わせないよう、鈴ちゃんのプリンの容器全体を見渡す。プリンを作った生産会社には嬉しいだろうが、プリンの欠片一つ残らず食していることに、私は不満だった。
「意地汚い…。」
そう私は小さく呟き、手にしていたプリン容器を鈴ちゃんの目の前に差し出す。いいの?という顔をしているが、欲しそうな眼差しを送ってきて何を言うかと思いつつ、私は「食べていいよ。」と言い窓辺に視線を移した。まぁ、甘ったるくなってきたので丁度良かったのだが…。
「それで、恋人同士は何をするの?そろそろお昼にしたいから手短に説明してよね。」
呆れ気味でそう伝えると、鈴ちゃんは野犬のようにプリンを食べる。どうすればそんな食べ方が身に付くのか、私は多田家の教育方針を知りたい。
そういえば、入学してから鈴ちゃんの両親には会ってないな。色々聞きたいことは山積みなのに…。
私の記憶では鈴ちゃんの母親がファッションデザイナーであることは覚えてある。しかし、父親の職種については覚えていない。鈴ちゃんの母親とはよく面識があったが、鈴ちゃんの父親とはあまり面識がないせいかもしれない。ただ、タバコ臭かったのは覚えてある。当時はタバコなど知らなかったため、変な香りと認識していた。鈴ちゃんの父親の記憶はそのぐらいだ。
一方、鈴ちゃんの母親の記憶は未だに残ってある。鈴ちゃんと昔の話をしたことで思い出したこともあるが、私の中では鈴ちゃんの母親は優しいイメージが強い。離ればなれになる前は、よくお菓子を作っていただいたり、私の母親が仕事で遅くなる日は、私と琴葉を泊めて世話をしてくださった。私にとって、鈴ちゃんの母親は第二の母親とでも言う存在だった。
あんなに優しい人なのに、何で鈴ちゃんだけをここに戻したんだろ…。
鈴ちゃんの母親に聞きたいこと、それは鈴ちゃんが何故戻ってきたかということだ。結局、母親からも鈴ちゃん本人からも話を聞いていない。私が何故?と尋ねても、二人はいつも曖昧に返事をして何も話さない。琴葉も何らかの事情は知っているようで、現在私一人が何も知らない状況になっている。話すことの出来ない内容だということは何となくわかる。しかし、私は何となくとではなくすべてを知りたい。
だからこそ、鈴ちゃんの母親に一度会い、隠していることを全てを吐き出してほしい。何故、鈴ちゃんだけをここに戻したのか、障害についての詳細、それと…。
「こーとーみぃー?聞いてるのぉ?」
いつの間にか完食したプリン容器を私の前に丁寧に置いて、鈴ちゃんが不思議そうにこちらを見ていた。私は「あっ、ごめん…。」と小さく返事をし、目線を戻した。
「ちゃんと聞いてよね。こんなこと、一度しか言いたくないのに…。」
鈴ちゃんは視線を私が見ていた窓辺に移す。うっすらと頬が赤く染まっているのが見えるものの、このときの私は照れているだけだと思っていた。
「ごめん。今度はちゃんと聞くから。」
私は両手を合わせて謝ると、鈴ちゃんはこちらをチラリと見てから、またすぐに視線を窓辺に移した。
怒っているのかな…。
私は鈴ちゃんの顔を見る。鈴ちゃんは怒ったような表情をしていたが、口元が緩んでいることに私は気づいた。
「だからね…、その…キス、とか?」
照れくさそうにそう言うが、それを耳にする私の身にもなってほしいものだ。
私は硬直したが、エアコンから吹く冷たい風で現実に戻る。
「…鈴ちゃん、キス以外にもあるでしょ…。」
「例えば?」
「例えばぁ…一緒にご飯食べたり?」
「いつもしてるじゃん。」
「…じゃぁ、二人で出掛けたり?」
「それもあるじゃん。」
「…一緒のお布団で…。」
「それもある。」
一緒に寝ようしているのは鈴ちゃんだが、それはそうとして、鈴ちゃんの言うとおりだ。これまで、私と鈴ちゃんの生活における行動は、考えると全て恋人らしいものだ。二人で出掛けたりすることもあるし、ましてや食事などほぼ毎日している。恋人らしい行動を一つずつ言っても構わないのだが、そのほとんどは鈴ちゃんと一度はやったことがある。もちろん、その中にはキスも含まれている。
「そんなこと言ったら、キスもしてるじゃん。なら私の恋人になんかならなくても…。」
「キスは……その……特別、だから。」
視線を戻すことなくモジモジとしながらそう私に告げる鈴ちゃんの姿に、私は見とれてしまうがすぐに意識を戻す。
…それって、ただ私とキスしたいだけじゃ…。
私がそんなことを考えていると、鈴ちゃんが私の横に寄り添ってきた。まだ寝ぼけているようなとろんとした目付きで、私に顔を近づけてくる。
「え!?ちょ、ちょっと鈴ちゃん?ま、待ってよ。」
私は鈴ちゃんの両肩を掴みキスを拒むものの、じわりじわりと鈴ちゃんが近づいてくる。私の今の力では、ただ時間を稼いでるだけであり、もう結果は見えている。
「…待つわけないじゃん。」
鈴ちゃんはそう言うと、私との間合いを一気に詰めた。しかし勢いのあまり、私は床に押し付けられ、私の身体の上に鈴ちゃんが乗っかる形となった。鈴ちゃんの唇が、頬を指先で触れような感触を私に与えるが、その感触に驚いた私は「ひゃ!?」と裏声でそう言い、鈴ちゃんの唇から離れるようにして顔を逸らす。心臓の鼓動が聞こえるのではないか、そのぐらい今の私はドキドキしている。
「あ、あのね鈴ちゃん。少しは話を…。」
「聞かないよ。」
私の言い分を聞くことなく、鈴ちゃんは私の顔に回り込む。私は鈴ちゃんが唇を近づける動作を始める前に、咄嗟に口に手で隠し視線を逸らす。鈴ちゃんは覆い被さるような体制になっているため、両手は使用できない。もし片方でバランスを取りもう一方で私の手を除けたとしても、私にはまだ片手がある。
さぁ鈴ちゃん、どのような手で私の唇を奪うのかしら?
私には勝利の二文字しか頭にないため、勝ち誇ったかのように鈴ちゃんにどや顔を見せつける。
鈴ちゃんは頬を膨らませるとハッとした顔で私を見るなり、ニヤリと表情を変える。何かしらの打開策を考えついたの…。
「えい!」
そう言って鈴ちゃんは、鈴ちゃんの額を思いっきり私の額にぶつけた。ゴンっとかなり短めの鐘の音が私の脳に響く。
「ったぁ!ちょっと鈴ちゃん、痛いじゃな…。」
この時、私は後悔した。痛さのあまり、私の意識は額に移ったことにより、私は両手を額に当てたことに。私はまんまと鈴ちゃんの策に溺れたのだ。
鈴ちゃんは私が口を閉じた一瞬を逃すことなく、一気に私の唇との間合いを詰めた。その観察力をもっと他のものに使ってほしいものだ。
私は目を見開くが、打つ手を無し何もできない私は諦め、目を閉じようとしたときだった。
いつもならば強引にでも舌を絡めようとする鈴ちゃんなのだが、それ以前に僅か二秒ほどで私から離れたのだ。予想外の出来事に、私は再び目を見開き呆然とする。理由を聞きたい私だが、驚きのあまり声が出ない。
鈴ちゃんは私から離れると、私の鼻にコツンと鈴ちゃんの柔らかくて小さな鼻を当てる。その時、私の頭の中では変なことが浮かび上がり、それを全力で削除した。
「さっきのキスは、友達としての終止符。それで…。」
鈴ちゃんは両手をゆっくりと床から離し、私の身体の上に身体を重ねる。鈴ちゃんが今どう感じているかは分からないが、そのゆっくりとした鈴ちゃんの動作は、私を弄んでいるかのように感じる。
鈴ちゃんの両手はやがて私の両頬を包み込み、私に安堵を与えると共に少しばかりの不安もついでに与える。
「そして、これが恋人としての証。」
そしてまた、鈴ちゃんは私の唇にそっと触れると、再び私からゆっくり離れた。
「口元、残ってるよ。」
「…いつから知ってたの?」
「押し倒したとき。」
「…除けるから、鈴ちゃんど…。」
「取ってあげる。」
然り気無くそう言った鈴ちゃんは、今度は舌を出して私に寄り添ってくる。何となくだが、鈴ちゃんが何をしれかそうとしているのか理解できる。まぁもし、本当にそれをしれかそうというのであれば、私は全力で阻止するのだが…。
私が一瞬よそ見をした隙に、鈴ちゃんは私の口元のプリンを舌先で掬い上げる。舌先から垂れた唾液が、私の口元からゆっくりと口のなかに入っていく。生暖かくてほんのり甘い。ただほんの少し、鉄錆のような味のする液体が唾液とは別に喉をすぅと通る。けれどすぐに、プリンの甘さが鉄錆のような味を掻き消し、残ったのは喉から感じる例え難い違和感だった。
…くうー…。
鈴ちゃんのお腹から可愛らしい音が鳴る。私が帰って来た時間から考えると、鈴ちゃんが昼食を摂ったとは考えづらい。
「…お昼にしようか。」
私はそう言い口に手を当ててクスリと笑う。 鈴ちゃんは私の言葉を聞くなりさらに顔を赤く染める。私の頬を触れている手やキスをした唇が痙攣しているように震えている。
私は鈴ちゃんが力を加えていないと考え、私自身が出せる精一杯の力を使い起き上がる。「うわぁ!」と声をあげながら、床に倒れこむ。
「鈴ちゃん、お腹すいたんでしょ。何か適当に作るから着替えて降りておいで。」
私は鈴ちゃんの身体から無理矢理脚を除ける。何故か、デニムのハーフパンツに濡れた染みみたいなものがあったが、どこで濡らしたかは覚えていない。
私は不思議に思いつつも特に何もないため、私はゆっくりと立ち上がる。部屋を出ようと一歩脚を踏み出すと、もう片方の脚を鈴ちゃんががっしりと掴む。
「鈴ちゃんが餓死したら私が困るからさ、ご飯作らせてよ。」
私はしゃがみこみ、鈴ちゃんの手を無理矢理離そうと試みるが、がっしりと掴んである。握っている手の僅かな隙間から指を入れようかと考えたが、木の枝のように指が折れそうなほどの力だったので私はすぐにその考えを脳から消す。
「ねぇ鈴ちゃんたら…。」
私は脚から視線をあげると、鈴ちゃんが急に唇を突きだしてきた。キスをしようとしたのだろうが、位置が少し高く鼻に唇が触れた。
私がハッとした顔で鈴ちゃんを見る。
「…オムライスがいい。」
照れた顔で昼食のメニューを言われると何処と無く変な気持ちになるが、これはこれで鈴ちゃんらしいと思いつつ「すぐ作るからね。」と告げてから、私から鈴ちゃんの頬にソッとキスをすると、鈴ちゃんの唇の感触と喉の違和感を残したまま、私は部屋を後にした。
もし私が、飲まず食わずでも大丈夫な身体の持ち主ならばあのまま永遠に鈴ちゃんに触れたい、そう思った私自身が馬鹿らしく、私は胸に手を当ててにこりと笑った。
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